君と見た夏

泡沫りら

出会いの春

 君と過ごした季節は、春と夏の短い季節だった。

 高校三年生に上がり、俺は何気なく日々を過ごしていた。三年の春になっても一向に進路が決まらない俺は、周りの奴らに置き去りにされているような気がしながらも、呑気に淡々と日々を過ごしていた。親や先生は進路に気合が入り「就職?公務員?それとも大学?専門?」や「後回しにしてみんなに先を越されても知らんぞ」なんてしつこく煽る言い方にも飽き飽きしていた。俺はやりたいことなんて決まっていない。まだ三年に上がったばかりなんだ。少しくらい遊んでいいだろ。そう思っていた。


 春も終盤に差し掛かり、桜が散ってきたころ。進路に忙しい友人たちとは遊ばなくなった。いや、遊べなくなった。といったほうがいい。慌ただしくなってきた三学年はすでに、総合学習やLHRなどで選択ごとに分かれて活動していた。俺は決まらないまま、専門学校への進学を選択し、授業を聞くだけでやり過ごしてきた。やりたいことなんて決まるはずもなく、授業が過ぎていく。この授業は週に一回、六限目にあり、教室が別で講義室での授業になるため荷物を持ち移動する。六限を終えて自分の教室に戻りSHRを終え、帰ろうとした時だった。


「あっ……まじかぁ、忘れてきた」


 ポケットに入っていないスマホ。どうやら講義室に忘れたらしく取りに行かなければならない。幸いなことに、教室がある階の講義室なためにすぐ取りに行ける。掃除があるため机と椅子は教室の後ろに下げ、リュックを背負い講義室まで向かう。ガラッとドアを開けて入ろうとするとそこには、一人窓際の席に座り本を読んでいる女の姿があった。放課後ってここに人いるのかよ。なんて思いながらも室内に入り、先ほど使っていた机からスマホを取り出す。ふと読んでいる彼女のほうを見るとこちらをじっと見ているために、苦笑いを浮かべ俺は話しかけた。


「……えっと、何か用でもあんの?」


 その問いかけに女は首を横に振った。ますます意味がわからねぇな…。と考えながら何か言いたげな彼女のほうに行き、前の席に座りリュックを下す。


「言いたいことあるなら、はっきり言ってくれないとわかんないんだけど」

「えっ……あ、その……襟、立ってる」

「襟?……あっ!そういうことな!ブレザーの襟!よかった……恥ずかしい思いして外出るところだった。ありがとな」

「いえ、別に大したことしてないですし」


 慌てて襟を直し、お礼を言う俺に彼女は笑っていた。三年のリボンだけど、あんまり見ない顔だな……ってか初めて見る顔だ。中学の頃から人付き合いはある程度こなしてきた俺は、友好関係が広かったためにほかのクラスに行くことも多く、だいたいは学年の男女は名前はわからないものの、顔は覚えている状態だった。それでも見覚えのない顔に首をかしげた。


「初めてで聞くことじゃないんだけど、あんま見ないから、休みがちなの?あんた」

「えっと……だいたい、そんなところかな」

「ふーん……。理由は聞かないけどさ。あ、そういえばあんたは進路決まってるの?」

「急だね。……一応は決まってるけど、目指せるかはまた別なの」

「そうなんだな。俺、なんも決まってないから羨ましい」

「決まってないの?」

「おう、決まってない。何もな」

「じゃ、じゃあさ!私と一緒に、なりたいもの!決めよう!」


 彼女の突然の大きな声に驚きながらも、輝いた瞳と楽しそうな笑顔に惹かれて俺は、彼女と俺の「なりたいもの」を探す、短い日々が始まった。




 そうこれが、俺と彼女との初めての出会いだった。

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