第2話 約束の日

「カナタ、よく聞きなさい。」

 夕暮れの中、父親は男の子の隣に座るとゆっくりと、しかし力強い口調で話しはじめた。

「もう十歳だな。お前はこれからある人と旅に出ねばならない。父さんも母さんも、今までお前には真実のみを話してきたつもりだ。ただ1つの事柄を除いては。」

 この十年間の思い出を噛みしめるように、父親は言葉を詰まらせた。いつもとは違う緊張感が漂っている。

「お前は私たちの実の子ではない。さらに父さんと母さんも本当の夫婦ではない。」

「知っていました。」

 男の子は丘の上から遠くの夕日を見つめながらキッパリと言った。

「草や木が教えてくれました。」

「そうか。」

 父親は安心したように微笑んだ。

「お前には、あの方と同じように植物の声を聞く力があるようだ。お前は十年前、その人から預かった。私たちはお前の生まれについて何も聞かされていない。少しでも真実を知りたければ、これからやってくるその人に聞くがいい。わたしと母さんは仮初の親として一緒に暮らしながらお前を育ててきた。しかし、それも今夜限りだ。」

 男はうっすらと目に涙を浮かべていた。そしてそれがこぼれないように顔を上げて沈み行く赤い太陽を見つめていた。

「これから、父さんと母さんはどうするのですか。」

 男の子も同じ夕日を眺めながら尋ねた。

「ここで二人で暮らすよ。お前がいつでも帰ってこられるように。もっともこんな俺たちでもお前が親と思ってくれるならだが。」

「僕にとっての親は父さんと母さんしかいません。そしてここが唯一、僕の家です。」

 男の子は父親の顔を見ながら毅然と答えた。

「父さんと母さんはある戦争から逃げてきた。そしてあの方に会った。3人で方々旅をした。そしてカナタ、お前に出会った。あの方は『この地で3人で暮らせ』と言って去った。これが私たちの知る限りの真実だ。さあ、もう戻ろう。母さんがうまい夕飯を作って待っているぞ。」


 夜更けに、あわただしく老人が訪ねてきた。

「やつらが感づいた。すぐにあの子を連れて行く。お前たちはここで時間稼ぎをしておくれ。死ぬなよ。あの子が憎しみの淵に囚われぬために。」

 そういい残すと、老人は眠っているカナタを抱えて、裏口から消え去った。

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