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「あなたはお肉を食べるとき、骨まできれいに食べるかしら?」


 風のような速さで走る魔術馬車の中で、アルカは髪をいじりながら聞いた。その仕草は彼女の癖であるらしい。


「いえ……骨は、残しますが」

「そう。ほとんどの動物はそうなのよ。骨まできれいに食べる生き物なんて極一部。獣も鳥も、土でさえ、骨は食べ残してしまう」

「……だけど、ボーンイーターは違う」

「その通り。その特異な習性が注目されて名前になった魔物よ」


 アルカの横顔と窓の向こうの世界が同時に見えていた。馬車は今まで乗ったどの乗り物よりもずっとずっと速かった。見える世界が全部まとまり、一本の筋模様が通った布のようだ。


「ただ骨ごと食べるだけなら、そういう変わった生き物でしかない。ボーンイーターが魔物と呼ばれるには、ちゃんと理由がある。それは、骨を狩りの際の道具にすることよ。弾丸にして飛ばすの。貴方たち人間が骨を使って弓矢を作るようにね。弓矢と違うのは、食べた獲物の分残量は増えるけどそもそも生まれつき大量の骨の素を持っているから、弾切れが望めないこと。だいたいの場合は人間じゃ勝てないわね」


 あの日、エリックたちを攻撃したものすごいスピードで放出された『なにか』。その正体は、高速で射出された骨だったのだ。

 自分のフンを飛ばして威嚇をするイノシシはいるし、石を投げつけるサルだって彼女は見たことがある。

 だけど、骨を武器にして飛ばすなんて……。 


「……なんで、そんな……怪物が、この世に生まれてしまうんでしょう」

「リンちゃん。世の中ね、理由が用意されていることの方が珍しいのよ」

「魔物や魔法使いが生まれる理由ってのはずーっと前から研究されているんだけどね。困ったことに殆ど進展がない。条件自体は一部判明してる。魂のエネルギーが巨大化し、『裏返った』ときに変貌するんだ。ま、全員が全員じゃなくて、より詳しい条件は結局わからないんだけどさ。それ以上の情報なんて、魔法使いと一緒に長い期間生活をすれば影響を受けて魔法使いになれるかもっていう例があるくらいかな」


 黙々と銃のメンテナンスをしていたハルトスが言った。


「もっとも、だいたいは【それっぽい存在】で終わるけどね。だから僕もほら。こういうのに頼ってる」


 メンテナンスが終わったらしいピカピカの銃を掲げながら、ハルトスは自嘲的な笑みを浮かべた。

 自分と同じ年頃の少年が、なぜ魔法使いの弟子になったんだろう。リンはふと考えたが、聞いても答えが返ってこないことを察していた。


「……理由なんか、ないってことですか」

「ま、そうだね。雨が降ることに理由がないようにね。ただのハエが病気を巻き散らす悪魔になることもある。ただの猫が爪の一振りで人間をバラバラにすることもある。ただの人間が魔法使いになることだって、そりゃあるさ」


 そうなのか。奇跡を起こせる魔法使いという存在が、その人自身が望んだ姿であるとは限らないということなのか。

 先ほど、アルカは『貴方たち人間』と言った。『私たち』ではない。

 頬杖をついて外を見つめるアルカの横顔を、黙って見つめていた。浮かんでいるのは、驕りや哀れみではなかった。どこか寂し気な、そんな顔だった。




 一週間ぶりに訪れる生まれ故郷の姿に、リンは全身の血が凍り付くような思いがした。

 ほんの一週間ほどしか経ってはいない。だから、荒れ果てているわけではなく、輪郭に大きな変化はなかった。

 だけど、耕していた畑からは強靭な雑草が芽吹きつつあり、ドアが開けっぱなしの家や放り捨てられた農具がうすら寒い感覚を抱かせている。

 死んだ村。人に見捨てられた村。このままただ朽ちていくだけの村。

 枯れ果てた樹木に感じるような哀しみが何十倍にも濃縮されて、村の空気に混じり漂っている。


 たった一匹の化物のせいで。

 ボーンイーターという、化物のせいで。


「生き物の気配は感じないわね。村までは出てきていないみたい」

「ボーンイーターは縄張り意識が強いですからね。外へ出るといった大規模な移動を行うことはしばらくはないかと。まだ引きこもっているはずです。ただ、魔物が複数湧くといった異常現象が起こらない限り、ライバルのいないこの森全体を我が物顔で根城にしていると思われます。リンさんが襲われた場所にまだいる保証はありません」


 二人が同時に目で追うのは、マディルの木々に挟まれた一本のか細い道だった。森で狩りを行うときの通路。あの日、リンもここを通ってエリックたちに会いに行き、エリックの生首を持ち帰った。


「縄張り意識……ですか」

「うん。普通、食べ残しの骨などがあれば動物は警戒するけど、ボーンイーターは骨ごと食ってしまうからね」

「そういうこと。こっちが狩る分にもわかりにくい一石二鳥ってわけね。魔物のくせによくできてるもんだわ。じゃあリンちゃん、悪いんだけどちょっと」

「わかりました。案内するのでついてきて、ください」


 アルカが「ちょっと案内してくれる?」と聞くよりも早く、リンが提案した。ビックリしたような顔の二人に、優越感に似た感情を彼女は抱いた。

 二人に背を向け、森を見据える。そのままゆっくり、だが確実に大地を踏みしめて森への道を歩んでいった。


「気張っちゃってまぁ」


 二人もすぐに後を追った。




 そのまま、どれほど歩いただろうか。道らしきものはすっかりなくなり、露出した木の根や岩が通る者の足を阻んでいる。魔法使い二人は足元の障害物を軽々と避けて歩んでいた。リンも二人に負けじと滑らかに進んでいる。


「……このあたり、です」


 リンがふと立ち止まった。目印らしいものはないが、森に寄り添って生きるうえでの技なのかもしれない。そこは確かに、あの日ボーンイーターに襲われた場所であった。

 マディルの木々に、白いものが突き刺さっている。骨の弾丸だった。菱形に形成されたそれは高密度に圧縮され、同じ大きさの岩よりも重く硬いことだろう。堅牢なマディルの幹にずぶりと食らいついている。細いものなどは一撃でへし折れていた。


「ふん……位置を変えたわね」

「やはり樹上で生活するタイプのようですね。マディルは丈夫だからそのように発現したのでしょうか。狙撃で戦うコイツにこれは、なかなか悪条件だ」

「高いところから重い物を落っことすだけでも馬鹿にならないエネルギーだからねぇ」


 どうやらボーンイーターには生態の差異があるようだ。あるいは、魔物自体がそういう側面を持っているのか。


「仕方ない、虱潰しに探しましょう。お疲れ様、リン。ここからは私が先導するわ」


 その一声に、安堵の息を吐きそうになる。それを堪えて、リンは静かにうなずいた。




 うっそうとした葉に囲まれた薄暗い森の中を、かれこれ二時間ほど彷徨っている。先導していたアルカが、ふと立ち止まった。何事かとリンが近づいていく。


「待ちなさいリン。それ以上先に進んではいけないわ」


 ピシりと張りつめた声に歩みが止まった。傍らのハルトスを見ると、すでに察知したようで頭上の一点を凝視している。アルカも同じだった。

 アルカは何も持っていない両手をだらりと下げながらも強圧な殺気を発散している。ハルトスも腰のホルスターから銃を抜き、カバンからモノクルになった青いゴーグルを取り出し装着した。戦闘態勢だ。


「この先にいる。ハルトスのそばについて離れないようにしなさい」

「は、はい」


 素直に従い、体を半分だけハルトスの陰に隠した。全く気付くことができなかった自分を情けなく思いながら。

 彼女らが見上げているのに倣って視線の先を追うと、葉に埋め尽くされた天然のカーテンの中、光がわずかに透けている空間の一つ、そこに、爬虫類の形をした黒いシルエットが確かにあった。

 マディルの背は高く、樹冠までは優に50メートルはある。それを考えると、ボーンイーターはどれほどの大きさだというのか。ピクリとも動かず、そこにいる。眠っているのか、あるいは狙っているのか。影は黙して語ることはない。


「高いわね。ハルトス、視える?」

「やってみます」


 ハルトスがモノクルに手を添えると、青い色彩が淡く光った。レンズの表面に彫られた複雑な文様がはがれるように浮き出し、レンズの前すぐの場所で固定される。彼の目には、あの化け物の姿が今どう見えているのだろう。


「はっきりとは見えませんが、殺気が出てますね。こちらを狙っているようです。命中精度の問題なのか、あるいは仕留めた獲物を食うのに多少でも歩くのを不精しているのか。俺たちが接近するのを待ってますね。急所はありますが分厚い骨でコーティングされてて、この銃で高所のそれを撃ち抜く自信は正直ありません」

「オーケー」


 報告を聞いたアルカは、髪を撫でながらしばし考えた。残った右手の中に、白い光が収束していく。砂を固めて形にするように凝集していった光が長い棒のように固まっていった。やがて光は金属の光沢のようなものへと変化していき、最終的に彼女の手に握られたのは、身長ほどの高さの金属の柄の先に大量の針金がおびただしいほどの数はりついた、箒に似た凶器だった。

 アルカ思考時間は十秒にも満たなかった。彼女が導き出した答えは、シンプルな性格に合致する単純なもの。


「直接叩くわ。それで駄目でも地上に叩き落す。こっちのフィールドに落としこむ!」


 そう叫ぶが早いか、アルカは地面を蹴った。

 すさまじい爆音が、耳元で破裂する。巻き起こった風が地面の枯れ葉を巻き上げていた。リンの動体視力では、一瞬ブレて姿を消したように見えただけだった。彼女が目を擦ったそのときに、アルカはすでに地上10メートルの地点を飛んでいたのだ。魔力を全身の筋肉に作用させて獲得した強力なジャンプ力による単純な跳躍。マディルの木を蹴り別の木へ、加速しながら上へ上へと登っていく。


「来るっ!」


 ハルトスがリンを完全に庇うように立ち、銃を影へと向けた。

 バシュン。という音は、だが彼の銃ではなく木々の上から聞こえていた。続いて、硬く巨大なものを弾くような轟音。遅れて地上の二人近くに着弾したそれは、先程に見た菱形の骨だった。ボーンイーターの弾丸。高速で射出されたそれを空中で弾き飛ばしてしまうアルカの身体能力はどれほどのものなのか。

 ズガァン! と射撃音とともにハルトスの銃が火を噴いた。いつの間にか撃たれていた骨弾の二発目。それはアルカの迎撃範囲を逸れてハルトスを狙っていた。だが、彼もアルカのように、空中の骨を銃で撃ち消していた。バラバラに砕けた破片がこちらへ雨のように降り注ぐ。だが、砕くことはできてもエネルギーそのものは向こうが上らしい。殺到した破片が皮膚へ食い込み血を滲ませてもなお構えを解かず射撃を続けていく。直撃すれば確実に死ぬ攻撃を己の得物の射程まで引き付けて迎撃するその技量。リンはただ陰から眺めることしかできずにいる。次元の違う戦いが自分の近くで繰り広げられていた。

 相手の攻撃に対応しながらも着実に距離を詰め、ボーンイーターの陰まで8メートルといった地点までアルカはたどり着いていた。あと一度の跳躍で攻撃可能範囲に届くだろう。しかし射出される弾幕はより激化し、捌くことで精いっぱいになっている。木を掴んだままで振る箒は見えないくらいに速かった。骨を弾く音と銃声が途切れることなく続いている。


「アルカさんが大変! なんとかしなくちゃ!」


 リンの怯えた声がハルトスを叩いた。だが彼は意に介さず、遠距離からの援護と迎撃に徹している。相変わらず青く光るモノクルの先で、アルカは猛烈な勢いで攻撃をただ捌いていた。


「師匠を信じるんだ。魔法使いは簡単には死なない」

「でもっ……!」


 リンはハルトスの陰に隠れながら、震えていた。それは、己の無力さに対するものだった。自分がついてこなければ、もっと安心して戦うことができたんじゃないのか。握りしめたシャツから、彼女の震えが伝わっている。ハルトスはその真意を察していた。


「大丈夫だって」


 彼がそう呟くと同時に、雨あられと続いた攻撃がほんの一瞬緩んだ。その隙を逃さずアルカが跳躍渾身の力で跳躍する。それに合わせてハルトスが銃を撃った。師弟という関係が実現する見事なコンビネーション。

 ハルトスの銃弾が、アルカとボーンイーターの間にある射出されたばかりの骨弾に当たった。距離を離したその射撃は骨弾の破壊には至らない。だが、サイドからの衝撃で軌道が逸れた。逸れた骨弾が脇を擦っていくのを気にとめず、アルカは跳躍の勢いをそのままに、箒を思い切り振りかぶった。


「げっ」

「やべっ……」


 だが、ボーンイーターは狡猾だった。

 ハルトスが狙撃して軌道をズラした骨のすぐ後ろ。もう一つの弾丸を隠すようにし、二連続で射出していたのだ。

 軌道の逸れた前弾を押しのけ、後続の骨が魔性の速度でアルカに襲い掛かる。振り上げた箒で払うのもハルトスが狙撃するのも、もう間に合わなかった。


「んぐっ」


 小さな声が漏れ、骨が折れる音がした。発生源はアルカの背骨からだ。

 骨弾のエネルギーはアルカの跳躍力を殺し、体を引き連れて地面へと弾き飛ばしていく。悲鳴をあげるような暇もなく、派手な音とともに地面に落下して巨大なクレーターを作った。吹き飛ぶ土埃が二人の体を叩いていく。


「アルカさんっ!」

「バカ! 前に出るな!」


 ボーンイーターの行動は早かった。即座に射出された骨は、アルカでもハルトスでもなくリンを的確に狙っていた。ハルトスが引き寄せながらなんとか撃ち返す。破片が飛び散った場所はリンの鼻先を掠めていった。もう少し反応が遅れていたら、彼女の頭は熟れたトマトのように爆発していたことだろう。


「いったん引きます! 師匠!」


 地面に空いた大穴へ手早く声をかけ、近くの巨木へとハルトスたちは身を隠した。まるで鍛冶たんやの金打ちような轟音が頭のすぐ後ろから聞こえてくる。彼らが隠れている巨木の幹に、骨の弾丸が絶えず撃ち込まれる音だった。


「ああ、クソ。こいつぁ参ったな」


 彼の愚痴がどこか遠い世界からの言葉のように、彼女には聞こえていた。アルカの腹に骨が食い込む光景が、目に焼き付いたまま離れようとしなかった。ハルトスのシャツを握る手を強める。無意識のうちに。

 目の前で死んだ。また、今度は自分が連れてきた人を。殺してしまった。目に涙が溢れだし、叫びは喉をぶち破ろうとしている。


「あら、お二人さん仲良しね」

「あ、師匠」


 巨木に新たに割り込んできたのは、そのアルカだった。


「え、ア、アルカさん!?」

「はいそうですよアルカさんです」


 向こう側が見えるほどに大きな穴を腹に空けながら、魔女は平然と答えた。絶句するリンの目の前で、腹の肉が盛り上がり穴をふさいでいく。完全に再生するまでは時間がかかるようだが、人知を超えた回復力だった。あらゆる感情が詰まったリンの表情を見て、アルカが面白そうな笑みを浮かべる。この状況でもどこか余裕だった。


「言ったろ。魔法使いは簡単には死なない」


 そう呟くハルトスの傷も、いつの間にかふさがりかけていた。


「さて、やっこさん随分と張り切ってますね。どうします?」

「こんだけバカバカ撃ってるってことは、弾切れには全然程遠いってことね。まったくどうなってんだか。アイツの体積よりも多く放出してる気がするんだけど」

「まあ、魔物ですからね」

「あーあ、遠距離攻撃も練習しておけばよかった」

「いつもそう言って覚えないじゃないですか。この脳筋」


 どこか呑気な会話をする二人に反し、リンの心はさらに絶望にはまり込んでいた。

 簡単には死なない。ならば、私のようなお荷物のお守をしなければ、もっと全力で戦えたんじゃないか。

 ついてきたときは、覚悟をしたつもりだった。仇を取ってやると張り切っていた。

 だけど、やはり自分は物語の登場人物ではない、ただの無力な田舎娘。

 そして、その考えが魔法使いであればどれほどに傷ついてもかまわないという荒んだ思考につながっていることにも罪悪を覚えていた。


「んー、飛ぶのはダメなんですか?」

「飛ぶにはアイアンメイデンに乗らなきゃいけないでしょ。素手だとマディルの枝を突破してアイツを引きずり降ろせるかっていうと……賭けになるわね。そもそも私、飛ぶの下手だし……」

「スピード全然出ませんもんね師匠。いいマトですね」

「うっさい。ならハルトスがアイツの足場を狙撃して崩しなさいよ」

「無理です。距離もあるし、枝が複雑に絡み合ってるので時間がかかります。その間に移動されたらおじゃんですよ」

「じゃあ属性弾は?」

「飛んでくる骨に対処できません。『黒』ならいけそうですが、アイツごときのために死にかけたくはない」

「あー、面倒くさいわね! もー」


 あの箒状の武器はアイアンメイデンという名前らしかった。

 こんな会話をしている間にも、轟音は巨木の裏から絶えず響く。いくら堅牢とはいえ、このままでは木が破壊されるだろう。


「策、なくはないのですがね……」


 ハルトスがちらりと一度だけリンを見て、銃のカートリッジに視線を戻す。カバンから取り出した新しいカートリッジをはめ、軽く息をついた。アルカは彼の言う策とやらについて追及はしなかった。アイアンメイデンを握り直し、顔だけ出してボーンイーターの方を見る。


「仕方ない。もう一度さっきの方法を取らせてもらうわ。こっちでも叩き落せるだけ落とすから、援護と護衛お願いね」

「りょうか……」

「待っでください!」


 小さな少女が、ハルトスの服から手を放して叫んだ。己の足だけで立ちながら、涙を浮かべた目で二人を見据えた。


「さっきハルトスさんが言った策……。私のせいで、実行できないということですよね。だったら、私に手伝わせでください」

「……」


 見返す二人の目は、罪人を裁く裁判官にも似ていた。だが、リンは気圧されることなく言葉を紡いでいく。


「甘えてました。馬鹿でした。強い人のそばにいれば、危険なことなんてないと心のどこかでタカを括っでました。安全に復讐を達成できる、と。お二人に全部任せて、自分はただスッキリするだけなんて……。だけど私のせいで二人に迷惑がかかっでる。死んでもいいからついてくと言っておいて、私……死ぬのが怖い!」


 二人は、声をかけずにただあふれ出る感情の爆発を聞いていた。


「でも、戦わずに怯えて死ぬのはもっと怖い! 目が覚めました。浅い考えでついてきたバカな私だども、ここが戦場だというのなら、戦います! お願いします!」


 最後まで感情を吐き出し、思い切り頭を下げた。ここで断られたら、怯える自分を守りながらいつ終わるとも知れぬ地獄の中で戦い続ける彼らの光景を、一生背負い続けなければならないと感じていた。

 無知と甘えがゆえの無謀ではもうなかった。現実を理解し、目前の恐怖に恐れながらもそれを克服する真の勇気。それを、彼女はようやく手にしたのだ。


「……よく言った。ただし、本当に危険だぞ」

「……承知の上です」

「いいじゃない、今度こそ本当に気に入ったわよリンちゃん。囮にしなくてよかったわぁ」

「え?」

「聞かなかったことになさい。で、策ってのは?」

「しばしお待ちを」


 骨の雨が飛ぶ中、彼は木から腕だけを出して三発の引き金を引いた。音は小さく、妙なことにボーンイーターを一度も狙わずに。

 それぞれ違う場所に撃たれた銃弾は細長く、木の幹に突き刺さってマーキングのように発光する。


「あれは、急所だ」

「急所……?」

「俺も、あの化け物の急所ばかり見ていたわけじゃないんだ。今撃ち込んだのは、奴の『足場』の急所だ。あの木々を破壊すれば、落とし穴のように支えが消えて奴を地面に引きずり降ろせる」

「足場の急所……! そんなことが……」

「ただし、だ。撃ち込んだ三か所の急所を『同時に』破壊しなきゃならない。でないと意味がないんだ。俺は銃を一丁しか持っていないし、持参した爆薬も同時にという縛りがある以上、扱いが難しい。おまけにチャンスは一度きりだ」

「……でも、どうすれば。村の大人がマディルの木を切るところを見たけど、とても私一人の力だと……」

「ああ。だから可能性として一番確率の高い方法をとる。それは君がナイフで木を一生懸命切ることじゃない。もっとタイミングを取りやすく、破壊力の高い方法……」

「なぁるほど、囮作戦ね」

「そういうことです」


 アルカが笑いながらリンの頭を撫でる。血に濡れた手だったが、リンは大人しく撫でられていた。

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