ボーンイーター

1

 ハルトスの朝は早い。

 日の出とともに目を覚まして顔を洗い着替えを済ませ、窓に向かって設置された机に向かう。重いカーテンを引くと、窓から漏れる光が机を照らした。雑多な機械類がごちゃごちゃに組みあがり、机の半分を占拠しているのが薄闇の中に映し出された。


「さて」


 組み上げ途中の機械を手に取った。王国軍くらいしか持てない高級武器である『銃』。それに似せて作り上げた真鍮製の筒は、複雑な文様が描かれた美しい出来だった。それを分解していく。丁寧だが素早かった。

 手作りの『魔力駆動式銃』は、火薬の炸裂によって鉛を飛ばす従来の銃とは異なる機構を持つ。魔力を練りあげて質量や特性を与えたものを爆破して放出する。着弾時の効果は目盛りによって変わり、魔力単体で奇跡を引き起こせるほどに魔法の腕前が育っていない彼にとって銃というガジェットは大切な商売道具だった。

 もっとも、他の魔法使いの弟子たちはわざわざ死線に名乗りをあげず、おとなしく留守番しながら勉強するかせいぜいサポートに徹するかなのだろうけど。

 分解したパーツひとつひとつを丁寧に洗い、魔力クズを取り除いてもう一度組み立てる。きれいに磨いて、魔力の詰まったカートリッジを込めて完成。その他、五本はあるだろう大量のカートリッジをカバンに詰め、早朝の仕事は完了した。

 魔力だけは不自由することがない。無駄に魂のエネルギーが迸ったあの魔女の弟子唯一の利点だな。とハルトスはため息をついた。


「よし、と」


 銃とカバンを携えて、古い木製のドアを開け部屋を出る。共同住宅の静かな廊下の中、今日も新聞配達のミシェルと顔を合わせた。


「よう、おはようハルトス」

「ん。ミシェルもご苦労だな」

「お前には負けるよ。新聞配達は金になるからまだ頑張れるもんさ」


 ミシェルが丸縁の眼鏡を撫でた。その言葉が嫌味や皮肉ではない、純粋な真実であることはハルトス自身がよくわかっているらしい。疲れた顔で頭を掻く。くせ毛が少し乱れた。


「まったくだ。師匠の世話をしてもびた一文にならん」

「辞めりゃいいのに」

「そのうちな」


 ピッ、と不意に音が鳴る。ハルトスの左手に装着した時計が淡く光っていた。これも彼特性の魔術ガジェットだ。そういう工作が得意らしい。


「時間が押してる。そろそろ行くよ」

「頑張れよ。将来の大魔法使い様」


 ミシェルに見送られながら共同住宅を出ると、まだ目覚めていない街の冷えた空気が胸に飛び込んでくる。


 爽やかな涼しい風。

 どこかから聞こえてくるラッパの音。

 コケコッコと鳴きながら頭上を群れで旋回するスカイコッコのシルエット。


「いい朝だ」


 爽やかに笑いながら、彼は発砲した。

 音を抑えるために銃口を絞り、針のようにとがらせた魔力の弾丸。それははるか頭上で飛びまわるスカイコッコの小さな脳みそを直撃し、グチャグチャに破壊してのける。落っこちた鳥の死体を歩きながらキャッチするころには群れは散っていた。小さな動く的を正確に射貫く技量を目撃したものはいなかった。


 そのまましばらく歩いていく。石畳の感触が布製の靴裏から伝わってくる。静かな街の中で、手の中の命がどんどん冷たくなっていくのを感じていた。だが表情一つ変わらない。少年のあどけなさは鳴りを潜めている。もともとの彼の性質なのか、あるいは習慣が彼を変えたのか。歩いていた足を止めた先には、一軒の……乱暴に定義してようやく『家』と呼べるものがあった。

 ボロ小屋。それ以外にどう表現すればいいのかわからない。そんな一軒の家が、ハルトスの職場だった。屋根は崩れて骨組みを露出している。


「新しく穴が空いてんな。あのババア……寝ぼけたのか?」


 歳不相応な荒んだ愚痴を吐きながら郵便受けを漁る。立てた棒に切れ込みを入れた木箱を括りつけただけの郵便受けからは、雑に突っ込まれた新聞がはみ出していた。それ以外に何も無かった。依頼状も感謝状もラブレターも。それが彼らのいつも通りの日常だった。

 たまーにラブレターはあるのだが、見つけ次第焼却することにしている。家主に読ませて、ロクな目に逢ったことがないからという彼の経験による判断だった。新聞を小脇にドアを開けようとすると、新聞のページの間から封筒が一通ひらりと落ちた。


「ん、なんだこれ。えーと……カモウ農場からか」


 そういえば以前、この農場から依頼を受けた。資金不足から公的機関に頼れず、野良魔法使いである師匠に流れ着いたという気弱そうな中年男の顔が思い浮かぶ。チュパ獣とかいう気色悪い魔獣が牛を攫って血を吸うからなんとかしてくれ。という内容で、荒事は特異な師匠とともに退治したんだっけ。

 封を切り、中の手紙を見る。タイプライターなどではなく、きちんと直筆で書かれていた。思いが籠っているなとハルトスの心が少しだけ暖かくなる。


『拝啓 アルカ・ラフィーナ様。

 あなた様のご協力のおかげで農場は活気を取り戻し、我々も首を括らずに済みました。

 ええ、あなた様のおかげです。何事も、本当にそうです。野良魔法使いに依頼をするのは最初はどうかと思いましたが、お金もなかったので仕方ありませんでした。それでも、依頼をキッチリこなしていただけたのは嬉しい誤算でしたよ。

 でも、そんな強い魔法使いがなぜ正式な機関に配属していないのかについて考えが足りませんでした。

 『どうもー! 救いの女神様でーす!』とヘロヘロに酔ったあなた様が空を飛んで農場にやってきて、わたくし共の貴重な産業であるチーズや食肉を勝手に貪った日のことをよく覚えております。

 まあ最初は、救ってもらったのも確かだしと笑って受け入れたのですが、それが二日三日四日……と積み重なっていくにつれて、私の心が揺れていきました。なんであなた様は商品価値が高いものを目ざとく貪るのですか。国王様に献上する予定の、牛の中でも一番いい部位の肉を『大丈夫よ。あの子のおしめ変えたこともあるのよ私は』とよくわからないことを云って強奪されたときはオークの群れに襲撃された村娘のような気分でしたよ。

 どうか、ジーク様ほどとは言わずとも一応、一応牢獄にぶち込まれてはいないギリギリ善玉に位置している自覚をもってもっとこう人に迷惑をかけな』


 最後まで読むのをやめ、手紙を懐に入れる。先ほど抱いたあたたかな気持ちは完全に霧散していた。

 蝶番がキィキィ鳴るドアを開けると、隅のベッドで片乳を出しながら幸せそうに寝ている女がいた。

 ハルトスの師、アルカ・ラフィーナ。強力な力を持つ魔法使い。接近戦最強。『鋼鉄の魔女』の異名を持つ。

 だが、白い色彩を基調としたその美人は、今は涎を垂らした酔っ払いだった。着古したローブを改造した寝間着の染みからは、アルコールの臭いが生新しく漂っている。「もう飲むな。ただでさえお金がないんですから」という忠告が届いていないのは明白だった。

 ハルトスはスカイコッコの肉を台所に置き、新聞を机に置き、自前の魔術銃の目盛りを『紫色』にして、だらしない姿で幸せそうな寝顔を浮かべている彼女の眉間に押し当てた。


「起きてください。師匠」


 引いた引き金の結果は、銃声でも銃弾でもなかった。その代わりに紫色の閃光が走ったと思えば、バチバチバチと焚火が弾けるみたいな効果音とともにアルカの体がエビぞりになる。銃弾の属性を電撃に変えたのだ。


「あばばばばばばば!!!」


 たっぷり十秒間浴びせた後、パタリとベッドに崩れるアルカを放置して台所へと向かう。魔法でかまどの火をともし、鍋に水を張って香草を沈める。煮立つまでの間、スカイコッコの下ごしらえのために羽をむしり取っていった。その間、煙をあげてピクリとも動かないアルカの方を一度も振り向かなかった。



 コトコトと煮立ったスープ鍋を手に、ハルトスはベッドへと足を運ぶ。アルカは目を閉じたまま横になっていた。

 先ほど電撃を食らわせた彼女は、その焦げた肌をいつの間にか再生させて普段と変わることのない綺麗な肌をしている。ハルトスが近づいてきたのを察知した彼女は、目を開けずに反対側へ寝返りを打つ。


「なに拗ねてるんですか師匠。ご飯できましたよ」

「……電撃浴びせて平気な弟子のご飯なんて食べない」

「うちの資金を勝手に酒とギャンブルに当てるのをやめたら電撃するのはやめてあげますけど。この忠告も17回目です」

「……というかさー。私が所長なのよ。わかる? 私がお金を好きに使うことの何が悪いのよ」


 毛布を蹴り飛ばして宙に舞わせ、むくりと起き上がったアルカが得たりとばかりに弟子を指差した。フンスと鼻から息を漏らす姿は617年という年月を生きた魔女には到底見えず、17歳の娘のようにすら見える。


「そうですか。じゃあ辞めます」

「ごめんなさい」


 口喧嘩はあっさりと終息した。

 自分の数十分の一しか生きていない少年に言いくるめられながら、アルカはベッドから這い出て席へ着く。眠そうな顔のまま、脇の下をボリボリ掻いて大きな口をあけて欠伸をする。そんな醜態に、本人ではないハルトスの方が嫌そうな顔をしていた。


「依頼人が来たらどうするんですか」

「大丈夫だってー。朝っぱらからこんなところに来る依頼人なんて」


 続く言葉は、唐突なドアの音にかき消される。

 二人が見やると、ハルトスと同い年ほどの少女が、おどおどした目で中を覗き込んでいる。アルカたちと目が合って俯いてしまった。

 だが逃げるわけではなく、何かを言いたげな感じでその場にとどまる。庭先の植木鉢を割ってしまったことを家の人に謝ろうとする子供に似ていた。


「……もしかして、ご依頼ですか?」

「え、ア……そう、だす……」


 強い訛り口調でしゃべる依頼人の少女が顔を上げるまでの短い時間の間に、アルカは着替えを済ませていた。眠そうな目を机の下で太ももをつねくりながら堪え、静かに促す。


「ようこそ、我が事務所へ。遠慮なさらず、中へお入りください」

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