カオスワールド&ウィッチ

タカザ

第一章:不滅の魂

プロローグ

 巨大世界『ワルド』を代表する巨大国家の一つ、クランの国民は今日も活気づいていた。

 中央に高くそびえる塔型の王城を中心とし、蜘蛛の巣のように周囲に延びる通りの一本は商業街であった。勤めの合間につまむ食べ物を求めた炭鉱夫や遠方からの観光客も交えて、祭りのように人々が行きかっている。

 道端に露店を開き、ドラゴン肉の串焼きを売りさばいていた一人の町民が、通りの向こう側がニワカに騒がしいことに気づいた。まるでパレードがゆっくりとこちらへ進んでいるように。

 すると、石畳の道の稜線の向こう、息を切らせた若い男が駆けてくる。「今さっき刷りました」とばかりのペラペラな用紙の束を両手に抱えていた。


「号外! ごうがーい! ジーク様がたった今、悪辣なる魔法使いの盗賊団を征伐し、凱旋いたしました!」

「なにっ!?」


 町民が焼いていた途中の串を放り投げて走る。「おーい! 俺の串焼きはー!」と後ろから声がするのも気にしていられないようだった。それは他の人々も同じようで、我先にと猛ダッシュを始めている。ぽかんとした観光客たちも、楽しいイベントの予感を感じてついでに走り始めていた。惹かれあうためだろう、この町に訪れる者は、お祭り騒ぎが好きなのだ。

 大勢の民衆が凝り固まり、うごめく団子のような一団があっという間に形成された。その中心、そこには、細工が施された美しい銀色の鎧に身を包んだ一人の騎士がいた。筋骨隆々の体には長めの金髪を横わけのボブヘアーにまとめたハンサム顔が乗り、爽やかなスマイルを周囲に振りまいている彼の名こそ、王国の騎士団にして善良なる魔法使い、ジークであった。「はっはっは、そんなに押さないでくれたまえ」と清々しく笑いながら、右手で握手をしたり手を振ったりしながらゆっくり前進している。

 ところで、彼の左手には生首が握られていた。真っ青な顔色をした老人の表情は、泥のような色の長い舌を出した無様な断末魔に固まっている。だが、それは首をちょん切られたためではなく、もともとがこういった風貌であるようだった。ジークが背負うズタ袋の中身も、きっと同じく大量の生首が詰まっているのだろう。不自然な膨らみの正体を察知しているのか、左手とズタ袋側にはあまり人混みが集中していない。


「ジーク! ジーク! ジーク!」


 先ほど号外を配っていた新聞配達の若者がそう高らかに唱えると同時に、ぽつりぽつりと沸き立つ声援は爆発のように広がり、通り一面を地響きのように揺らしていく。


「ジーク! ジーク! ジーク!」

「はっはっは」

「やっぱりジーク様は素晴らしいわ! 男の中の男よ!」

「ほかの魔法使いどもに爪の垢を煎じて飲ませてやりたいぜ!」

「よっ! 俺たちのジーク様!」

「はっはっはっはっは」


 幸福そうな大音量が、いつまでも続いている。どこまでも響いている。

 それは、よい香りが辺り一面を包む露店通りの脇道を抜けた家賃安めの住宅街のさらに奥まったところに放り捨てるように建てられたボロボロの廃屋一歩手前のそんな小屋にまで届いた。

 騒ぎがもたらす振動で、ドアから錆が浮きまくった金プレートがポロリと落ちる。カラカラと転げて『魔法使いアルカちゃんの事務所』と書かれた面を上にして止まった。


「うるっせえええええ!」


 バァン! と大きな音とともに内側からドアが蹴破られ、現れたのは一人の女性だった。真っ黒なローブは着古されていて、裾がほつれて綺麗な足が見えていた。ただしそれは思いっきり地団駄を踏んでいた。ローブの袖をたぐっている手も、同じく白くて細い。まるで陶器のような美しさをたたえていたが、捲り上げた手の中に出現させたのはたっぷりの棘がホウキのようにひっ付いた謎の凶器だった。顔も同じく美しかった。紅い瞳は爛々と光り、風になびく白いロングヘアは妖精の羽のようだ。薄い唇は幼い少女のように見えながらも色気を感じさせる。ただしその口で「ただじゃおかねえ!」と叫んでいた。

 ローブ越しからでも伺える魅惑的な曲線に、全身でしがみついているのは栗色の毛を少しパーマにした十代半ばほどの少年だった。ただし、あどけなさの要素はどこにもなく、真っ赤な顔に力を込めてアルカという名の魔女を羽交い絞めにしている。


「落ち着いて、師匠落ち着いて」

「やかましいわよハルトス! なぁにがジーク様じゃ! ガキの頃私にいじめられて泣いてたくせに。見てろよこの野郎、今でも私のがよっぽど強いことを証明してくれるわ!」

「師匠ストップストップ! てか師匠が子供の頃ってなん千年前ですかっ!」

「私はまだ617歳よっ! 無礼者! ジークめもともと私が仕留める獲物のはずだったのに横取りしやがって!」

「酒場で盗み聞きしただけのことは依頼とは言いませんっての! てかマジでいい加減にしろババアァアアア!!!」


 ハルトスとアルカのそんな叫び声が、裏通りの壁に吸い込まれてむなしく消える。

 表通りでは、まだまだ騒がしいパレードが続いていた。

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