第4話 初依頼

冒険者になったからには冒険者として収入を得ていかなければならない。


アリサと話し合った結果、まずはフリーで探索するよりも依頼をこなして報酬を貰おう、ということになった。

冒険者連合の建物内にある依頼をまとめた掲示板を見る。


「これなんてどうかしら」


アリサがその中の一つを指さした。


依頼人は王都の薬師である。

依頼内容はベラドンネという薬草の調達。報酬は小銀貨1枚である。


ちなみに、通貨は銅貨、銀貨、金貨があり、それぞれ小、中、大とグレードアップしていく。一つ下の貨幣10枚でワンランクアップする。

参考までに、宮廷魔術師の月収は、中銀貨2枚である。

通常の食事が、小銅貨3枚ほどでできることを考えると、やはり非常に高給な職なのだ。


「討伐依頼じゃないし、報酬もいいし、初めての依頼にちょうどいいんじゃないかな」


アリサはこの依頼を受けたいようだ。


しかし、ソーマには気になることがあった。探索場所がアルネの森ということだ。実は、冒険者になると決めてから、ソーマは大まかなモンスターの種類、地域による生息地について調べていた。その中で、アルネの森は、C~Bランクが相手をするくらいのモンスターがいる場所だった。

今回、採集依頼なのでDランクも受けられる依頼となっているが、モンスターに会えば、危険を伴う。高報酬なのもそのためだろう。


「アルネの森は危険じゃないか」


ソーマが聞く


「大丈夫、私もソーマも、Bランクくらいのモンスターなら倒せるよ」


どうやら、アルネの森が危険ということは、アリサも承知の上での決断だったらしい。


「でも、基本はモンスターとは関わらない。約束だぞ」


「うん!大丈夫!」


こうして二人は、依頼を受ける登録をするために、カウンターに向かった。


受付のお姉さんはやはり、スライムしか召喚できない魔術師がアルネの森に行くのは心配らしく、何度も説得された。しかし、冒険者がこの依頼を受けたいという申請を退けることはできないので、渋々ながらも登録してもらった。


こうして、冒険者としての初の依頼が決まったのだ。

アルネの森へは王都の隣にあるリーフェ村から入ることができる。二人は王都からリーフェ村に出る馬車に乗り、リーフェ村に向かうのだった。


リーフェ村に着くころにはもう日が沈んでいた。仕方がないので、二人は村の宿に泊まることにした。


「お二人さん。同じ部屋にするかい?それとも別部屋にするかい?」


受付のおばちゃんがニヤニヤしながら聞いてきた。その質問にアリサはあたふたしながら答える。


「おおおお同じへへ部屋なんてだだだだめですよ。でででででも、もしソーマが止まる料金がないっていうんなら!いっ!一緒の部屋でもいいんですけど」


めちゃくちゃ顔が赤くなっている。おばちゃんは若いねぇなんて言っている。


「それくらいの金ならあるから別部屋で大丈夫だぞ」


「そう…」


アリサの表情が急に暗くなった。

おばちゃんは逃した魚は大きいわよなんて言ってきた。それからしばらくアリサの機嫌は悪かった。ソーマの知らない所でおばちゃんに『森に行っている間は一緒に寝られるじゃない』とか言われて、テンションが驚くほど回復するまで機嫌が悪かったのだ。


翌日、宿屋のおばちゃんに礼を言って宿を後にした。


その際、アリサに『お嬢ちゃん、帰るときはいい報告を期待してるよ』

なんて言っていた。

ソーマは首を傾げ、アリサは顔を赤らめていた。



こうして二人はついに森に足を踏み入れた。村と森の間には防御壁が築かれており、そこを辺境警備隊が守っている。冒険者証明証を見せるとここの検問を抜けることができる。


森の浅いところは人里に近いためかそこまで強力なモンスターはいない。しかし、ベラドンネは森の深くの湿ったところにある。二人はソーマの探索魔法を頼りに森の奥深くに進む。ソーマの足元にはラムネこと使い魔のスライムがポヨンポヨンとついてきている。


4時間ほど歩いてベラドンネの群生地にたどり着いた。ソーマとアリサは必要な分を摘み取りひとまず休憩することにした。


「それにしても妙ね」


アリサが口を開く


「やっぱりアリサもそう思うか…」


ソーマも同意する。

ここまでモンスターに会うことなくたどり着けた。いや、出会わな過ぎた。

通常、四時間もモンスターの生息地に居ればそこまで強くないモンスターの2~3匹に遭遇してもおかしくないと聞いていた。しかし、今回は、モンスターどころか生物の姿さえ見当てらない。


「でもまぁ、こういうこともあるってことじゃないかな」


アリサがそう言ったその時、ソーマの探知魔法に上から飛んで来るものを感じた。咄嗟に防御魔法を展開する。防御魔法は物理防御と魔法防御の2パターンあるが、今回は物理防御を行う。この判断を間違えるとこの魔法は意味をなさなくなる。展開した防御魔法に、先ほど飛んできたものがはじかれる。


「糸の塊?」


ソーマは飛んできたものを見てそうつぶやいた。


「どうしてこんなものが」


アリサが言ったその時、背後に気配を感じて振り返る。

そこには5メートルほどある大きな蜘蛛がいた蜘蛛はすでに、自らの前足を振り上げ攻撃に移ろうとしていた。


「ソーマ!!」


アリサが叫ぶ。


「しまっ…」


先ほどの防御魔法の生成に魔力を回しすぎたため、探知魔法をおろそかにしていた。

やばい!

ソーマが受け身を取ったその時である。ソーマの目の前に何かが飛び出した。

ラムネである。


振り下ろした前足はラムネを確実にとらえる。


「ラムネ!!」


ソーマが叫んだその時、ラムネを捉えた前足は、鋼にあたったような音を立はじかれた。

巨大蜘蛛は一瞬何が起こったのか分からないというように硬直した。アリサはそのすきを逃さない。巨大蜘蛛の首元をめがけてツバイヘンダーを振り下ろす。蜘蛛も隙を見せたものの、すぐに反撃に移るために、お尻から糸を放出し、アリサを捉えようとする。しかし、その行動はソーマに完全に読まれていた。火魔法の詠唱を終えたソーマはアリサを狙う糸を残らず焼き尽くす。アリサによって振り下ろされたツバイヘンダーは蜘蛛の首を切り落とした。脳からの信号を絶たれた蜘蛛は間もなく絶命した。

ソーマとアリサはしばらく息を整えていた。


「これが、モンスター」


アリサは荒れる息を整えそうつぶやいた

初の戦闘は見事に勝利を収めたものの、一瞬の判断ミスの恐ろしさを痛感させられた。


「そういえば!ラムネ!!」


ソーマは攻撃を受けたラムネに駆け寄る。ラムネの傷を確認する。しかし、そこに傷の跡はなかった。


「どうして…」


その言葉にこたえるように、ラムネは自らの体を硬化した。


「硬化…」


アリサがつぶやく。硬化はスライムの特性の一つである。しかし、スライムの硬化などロングソードを持った冒険者の攻撃でも打ち破ることができると聞いたことがある。

先ほどの蜘蛛の鋭い前足の切り裂きに耐えうるのだろうか。


そんな疑問を抱えながらもソーマはラムネに礼を言う。


「ありがとうラムネ。守ってくれたんだな」


ラムネはソーマの足元でポヨンポヨンと嬉しそうに跳ねていた。

そのままラムネはソーマの胸元に飛びつくソーマがそのまま胸の前で抱えてやるとラムネは一層嬉しそうだ。


アリサが小さく


「ラムネ、イイナァ」


と言ったのは秘密である。


とにかく、これ以上の長居は危険と判断したため早めに村に戻ることにした。


「これ、どうしよう」


アリサが蜘蛛を指さす。


「持ってくのも一苦労だしな」


ソーマも手に余るようだ。

その時、抱えられていたラムネが蜘蛛に向かって飛びだす。

そのまま大きく伸びて蜘蛛を包み込んだそしてなんと、移動を始めたのである。


「なんという伸縮性!」


アリサが驚きの声を上げた。

なにはともあれ、二人の初依頼は成功に終わったのであった。


その後、二人は冒険者連合リーフェ村支部にベラドンネを収め巨大蜘蛛を換金してもらった。巨大蜘蛛は糸が高給衣服の原料になるらしく、大銅貨5枚になった今回の依頼で、合計小銀貨1枚と大銅貨5枚の収入を得ることができた。

巨大蜘蛛はCランクの上位の実力に相当するらしく、Dランクの冒険者が倒したことに連合内では驚きの声が上がっていた。


余談だが、その後、再びまた同じ宿に泊まった。帰り際に、おばちゃんが『お嬢ちゃん頑張りなよ!おばちゃんはいつでもお嬢ちゃんの味方だからね』

とアリサに言っていた。



そして今、二人は王都に帰り、アリサの実家の食堂にいる。


「お兄ちゃんおかえり!」


カレンが迎えてくれた。食堂の制服がよく似合う。実はカレンは、常連さんたちからローウェン食堂の天使なんて言われていて、新しい常連さんも、うなぎのぼりで増えたりしていた。


「カレンお疲れ様!これ、受け取って」


そういってソーマは大銅貨5枚を渡した。報酬はアリサと山分けしてそれぞれ大銅貨7.5枚ずつである。そのうち、5枚をカレンに渡したのである。


「こんなにもらえないよ」


カレンは渡されたお金を返した。

アリサが口を開く。


「ソーマ、ずっとカレンちゃんにいい暮らしさせたいって言ってたんだよ。だから受け取ってあげるのが一番の恩返しじゃないかな」


カレンはソーマを見る

ソーマは大きくうなずく


「ありがとうお兄ちゃん!!大事に大事につかうね!!」


こうして、ソーマの妹にいい暮らしをさせるという目標の一歩目が刻まれたのであった。


「ささ、アリサもソーマ君も無事に帰ってきたことだし三人で祝宴でもあげなさい」


「ママ!?」


アリサママことジェシカ・ローウェンがソーマたちに声をかける。


「でも、お店のお手伝いが…」


「そんなのいいのよ、カレンちゃん。お兄ちゃんたちと一緒に精一杯祝いなさい」


「ありがとうございます!!」


ソーマの足元ではラムネがすり寄っていた。


「お前も一緒に祝おうなラムネ!」


ラムネは嬉しそうに跳ねていた。

3人+一匹の幸せな夜は更けていくのだった。

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