政治的な事情、ってことかも
智美は、敬太郎の前に積み上げられた全ての本の、著者とその経歴を確認した。
二冊はアマチュア研究家の著書らしい。残りは全て、有名大学教授の手によるものである。
積み上げられた一〇冊強の本を眺めつつ、あらためて疑問が湧いてきた。
こちとらただの女子大生なので、先生方の研究価値だとか学会での評価などは全然解らない。どれが価値ある本で、どれがそうでない本なのか、判別がつかない。奥付を見れば発行年月日は判明するが、しかしどれが新しい学説でどれが古いのかの判断は、出来ない。
(あたしはどの本を信頼すればいいのかな?)
しばらくネットで様々なサイトを覗くが、答えは見つからない。
黒木敬太郎は向かいの席で、熱心に鉛筆でメモをとっていた。
惚れ惚れするような、几帳面な字である。巧みと言うより、とにかくバランスが整っていて線が美しい。
誰もが認める秀才で、すぐリーダーに祭り上げられる。しかし強いリーダーシップを発揮することはない。むしろ周囲への細やかな配慮が出来て、みんなの意見の調整役といったタイプである。文字に、そんな彼の人柄がよく表れている。
しばらく彼の筆記に見惚れていたが、智美は思い切って声をかける。
「あのね……」
敬太郎は手を止め、顔を上げる。
「どれが新しい説で、どれが古い説なのかな。あたしはどの本を参考にすれば良いんだろう……」
「う~ん……」
敬太郎は考え込む。
「発行年月日をチェックしたけど、ここ一〇年位の本は全然ないよね。古い本ばっかりだよ」
「うん、あんまし新書購入してないみたいやね。図書館の予算削減のせいやろか……」
「もしかしたら、この一〇年でもっと新しい学説が出てるかもしれないよね。しかしあたし達シロートには、それが判らない」
「そうやね」
「どうしたらいいんだろう……」
う~ん、と敬太郎は唸る。
「オレ達が都会の大きな大学の学生やったら、古代史の先生に尋ねるのが一番やっちゃろうけどね。でも、うちの大学には史学科がないからなあ……」
「どうして学説のナレッジベースみたいなモノがないのかな? な~んかさ、ずっと学会誌を読んで動向を常に追いかけてる学者だけしか、研究出来ないってことじゃん」
「だよなあ。オレ達シロートは締め出し食ってる感じやね。シロートは首を突っ込んで来るな……みたいな」
敬太郎は頷く。
「それにさあ、うちの大学に史学科がないのも不思議だよね。宮崎って『神話の地』でしょ? 神武東征の出発地でしょ!? 歴史的に重要な土地なんじゃないの?」
智美の問いに、敬太郎は暫く考え込んだ後、
「つまり、アレやろなあ。政治的な事情、ってことかも」
と言った。
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