30◇29 恋のゆくえ


  ◇◇最終話◇◇



 ヤズムートの剣が、パトリッケス目掛けて振り下ろされた。


 次男と長男が肩を並べ、前方にロイ。背後にヤズムート。

 凶行を視界に収められたのはロイだけであり。


 その位置関係から、気づいた時にはもう遅い。


「兄さんッ!!」と、声にして警報を鳴らすので精一杯だった。


 パトリックが振り返る暇もない。


 ヤズムートの剣が肉を裂き。血が吹き出した。

――まずは一人。返す刃で二人目を。



「馬鹿なッ!?」


 驚愕したのは攻撃を加えた側、ヤズムートだ。


 経験によるものか、野生の勘か。

 凶刃がパトリックの首を裂くより早く、ドゥインが腕を差し込んでいた。


 力が乗り切る前に止められた刃は。

 太く頑丈な腕の中ほどまで食い込んで止まっている。


 振り下ろされた凶刃から。

 ドゥインがパトリックを庇っていた。


「うおおおおっ!!

 危うく、両腕がなくなるとこじゃあねぇぇかッ!?」


「――!?」


 考えて動いた訳じゃない。身体が勝手に動いていたのだ。



 想定外の出来事に困惑したが。

 ヤズムートは即座に体制を立て直そうとした。


 両腕が使えない長男。

 同じく負傷中の次男。

 見習いの未熟な三男。


 恐れるに価しない。


 そのはずだった――。


 ヤズムートがドゥインの腕から剣を引き抜いたと同時。


 傷付いた兄達には目もくれず、ロイが間合いを詰め。

 ヤズムートへと攻撃を繰り出していた。


 前方に二つの背中。それらを掻き分け、死角から現れた小柄なロイを。

 ヤズムートは、ほぼ見失った状態だった。


 三秒程度か、そのロスを挽回できない。


 機会を与えるものかと、ロイは躊躇なく踏み込む。


 後退するよりも前進する方が当然、速い。

 押し込まれる側は必然、不利な体制だ。


 それでいて、不意打ちとなったロイの一撃目を。

 ヤズムートは巧みに払い落とした。


 追い込まれ、ヤズムートの全身からは冷たい汗が吹き出している。


 二撃を凌ぎ、四歩目。

 後退していたヤズムートが踏みとどまる。


 後ろ脚を踏ん張ると五分の姿勢。反撃に移れる――。


 その考えは、ロイの実力を見誤ったものだった。


 反撃へと移ろうとした刹那。

 ロイがぐいと左手でヤズムートの右肩を掴んだ。


 ヤズムートの右足と、ロイの左足が交差する。


 ヤズムートは攻撃スペースを失い。ロイは十分なスペースを確保した形だ。


 片方が立て直しに費やした意識を。

 片方は優位な形に追い込むことに費やしていた。


 片方はゼロを目指し、成立させ。

 同時に片方はイチを目指し、成立させていた。


 勢い任せではなく。冷静な判断によってだ。


「詰みだよ。兵士長」


 引きこもりと侮っていた見習いは。

 英雄の手解きにより、一流の駆け引きができる剣士に育っていた。



「――お見事」


 ヤズムートは敗北を認める。

 その腹部に、ロイは剣を深く突き立てた。


 そして、即座に引き抜き。距離をとる。追撃はしない。


 接触状態からの事故を警戒し。

 それを回避したのだ。


 ヤズムートはその場に崩れ落ち、うずくまる。

 致命傷を与えた、すぐに息絶えるだろう。



「兄上。何故、こんなことをっ!!」


 出血著しい長男の腕を、次男がベルトで縛って処置をする。


「知るかよっ! お前の命より自分の腕の方が大切だったんだ!

 なのに、動いちまったもんは仕方ないだろ!」


 ドゥインの覇気は衰えない。


 無傷とはいかないが、命に別状は無いみたいだ。

 二人の様子を確認し、ロイは安堵の息を漏らした。


「兄さんたち、無事で良かった……」



「ああ、大丈夫だ。とんでもなく痛いが、ちゃんと動くぞ」


 ドゥインは固定した腕の感覚を、指先を動かして確認した。


 危うい所だった。

 本人にとっても意外だった行動を、ドゥインが起こせていなければ。


 ヤズムートを倒すことは叶わなかっただろう。


 パトリッケス、ドゥイングリス、ロイ。

 その順で手際よく処理されていたはずだ。


 二人の兄弟喧嘩を見飽きているからこそ。

 長男が盾になったことに、まさかと動揺したのだ。


 そして、三秒の優位をロイに与えた。



「良かった……。

 延々と責任を追求されては堪りません」


「おまえなぁっ!!」


 ドゥインはパトリックを怒鳴りつけようと。

 負傷した腕から顔を上げ、気付く。


――ヤズムートがいない。



「……おい!! 裏切り者がいないぞ!!」


 声を張り上げ、弟達に伝える。


「えっ……」


 ロイは慌てて振り返った。

 確実な手応えだった、動けるはずがない。


 しかし、そこに死体は無く。


 大量の血痕が、まるで道のように階段の方へと続いていた。


「そんな、確かな手応えがあったのに!?」


 死を待つだけの致命傷だったはずだ。


 しかし、執念のなせる業か。

 旧王国に纏わる数多の怨念に突き動かされてか。


 王国滅亡の元凶、騎士王マルコライスを目指し。

 最後の刃は走り出していた。


「おい! 追うぞ!」


 長男の掛け声で、兄弟達は立ち上がる。

 そして、全力で走った。



 手遅れすらも覚悟して。

 三人は、父親の寝室へと駆け込んだ。


 そして、その光景を目の当たりにする。


「――!?」


 室内にはヤズムートと、父マルコライス。


 そして、二人の間に立ち塞がり。

 ヤズムートの胴体を剣で穿った、道化師イウの姿があった。



「道化師、こんな所にいたのですね……」


 兄弟は安堵する。


 ジェスター将軍が警備軍を率いて、旧王国残党を撃退してくれたように。


 道化師もまた、父を護ってくれたのだと理解する。



――この手際の良さは計画されたものに違いない。


 首都からの将軍来訪を。

 兄弟たちは当初、査察に違いないと疑心暗鬼に陥っていた。


 新しい君主に従順でない父から。

 場合によっては権限を剥奪するものではないのかと。


 しかし、こうなってみれば。

 彼らは元より今回の襲撃を見越しての援軍だったと考えるのが自然だ。


 それが自分たちに知らされなかったのは。


 ヤズムートを初めとする敵の工作員を警戒してのこと。

 そして、ことは計画通りに進み。難は退けられた。


 そう考えれば、納得ができる。


 全ては丸く納まったのだ。


「権限の剥奪など、杞憂だった……」


 パトリックが呟き。兄弟たちは脱力した。



「あれ、そう言えば。なにか、途中じゃなかったっけ?」


 安堵から、ロイが疑問を口にした。


 一連の騒動があまりにも衝撃的で、それが何かを忘れてしまっていた。


 重大なことだった気がするのだが。

 それを、ドゥインは面倒くさそうに突っ撥ねる。


「これ以上、大したことなんかねぇだろ。

 それより、治療、休養、飯だぜ……」


「……そうか、そうだね」


 肉体的にも精神的にも限界が近いからなのか。

 または防衛本能なのか。


「そうです。ジェスター将軍に挨拶しなくては」


「うん。ははっ、道化師の持ってる剣、カッコイイね」


――三人は、道化師を探していた理由をすっかり忘却していた。



「そっか、道化師イウは将軍の使いで。

 裏切り者を特定する内部調査をしていたのか」


 三人は、道化師に憧憬の眼差しを向ける。


 イウの腕の中、ヤズムートが力尽き。崩れ落ちていく。

 その手には苦し紛れに掴んだ、三角帽子が握られていた。


「まさか、兵士長が裏切り者だったとはな」


「将軍たちが極秘理に動く訳です」


 そして、帽子に詰め込まれていた道化師の長い髪が露わになった。



「「「!!?」」」


 道化師イウは頭に手を当て、「あっ」と慌て。

 三兄弟は眼を見開いて硬直した。


 夜間でもあり。屋内でもあり。灯りに照り返してもいる。

 その髪の色は、三兄弟の知っているものだ。


「カリン……」

「ティータ……」

「リアンナ……」


 三人は一人の人物に対し、それぞれの想い人の名を口にした。


 帽子が外れたことで、その化粧の下に。

 それぞれの想い人の顔を重ねることができた。


――沈黙が落ちる。


 イウは気まずそうに頭をかいて言った。


「てへっ、バレちゃった?」


 ドゥイングリスにとってのカリン。


 パトリッケスにとってのティータ。


 ロイにとってのリアンナ。


 それぞれの恋人は、同一人物であり。

 何より、道化師の化けた空想上の人物。


 存在しない人格だった――。


 美しい思い出の数々が走馬灯のように過ぎり。

 そして、砕け散って行く。


 三人は叫んだ。


「「「ぴゃあああーーッッッ!!!」」」



 先祖返りした三人が正気を取り戻すのは、しばらく後のこと。


 侵入者の撃退に安心した騎士王マルコライスは。

 ベッドで健やかに寝息を立てていた。





  ◇騎士王の花嫁さがし THE END

  『答え合わせ』▶︎

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る