答え合わせ
31◆31 失敗
◆◆十四話◆◆
旧王国軍残党、襲撃の翌々日。
ナージア軍の全滅により、野盗の活動も鎮静化。
討伐隊の帰還により城の警備は従来に戻り。
領土の統治も安定の目処か立ってきた。
敵兵との戦闘で負傷した三兄弟の容態を見つつ。
事後処理もそこそこに、イリーナと将軍は取り急ぎ、城を訪れていた。
「なるほど。彼女、イリーナは将軍と血縁関係ではないのですね」
「ああ、女王陛下直属の剣士であり。俺の部下でもない。対等な友人だ」
客間にて、対応するのはドゥイングリスとパトリッケス。
将軍から二人に、改めてイリーナの紹介がされた所だ。
マルコライスの体調は悪化の一途をたどっており。
ロイは介護に張り付いているため、四人での対面となった。
「我々は多忙でして、医者の手配などは任せきりです。
肉体的な疾患など見当たらず、心因性のものだと報告を受けています」
城主の不在についてパトリックは弁明した。
マルコライスは足腰が立たず、話もかみ合わない。
まるで末期の老人の様であり。
この場に引きずり出しても、まともな対話にはならないだろう。
「対面した時には覇気も感じられた。
あれから、それほど経ってもいないだろうに」
将軍は城主の身を案じるような素振りをみせた。
「父はもとより独特な人物です。明確に断言することはできませんが。
道化師を傍に置き始めた頃には、違和感があったような気がします」
兄弟にとっても父という人物は謎であったし。
それを気にするほど、暇ではなかった。
最前線を駆けた戦士が、統治者になった時。
齟齬が生じたことに対して疑問を持つことはなかった。
何より、口添えをして利く相手ではない。
「面識こそなかったが、お父上を偉大な騎士として尊敬していた。
なんとか、力になりたい」
将軍は神妙な態度で申し出た。
賊の襲撃にかこつけて始末してしまおう。
とか、言っていたくせに。と、イリーナは思ったが。
交渉の邪魔にならないように黙っていた。
「病でないとすれば、呪術のようなものを疑う必要があるかもしれん」
将軍がオカルトめいたことを言い出したことに対しても。
この人には繊細な人間の気持ちは分からないだろうな。と、イリーナは考えていた。
パトリッケスは「呪術……」と、眉をひそめ。
「その可能性がありますか?」と確認した。
「老いぼれの長い人生のなかで幾度か、目の当たりにしたことがある。
近年、首都を騒がせた死霊術師の事件は知っているだろう。
魔術師や呪術師の類は実在するし、我々は恨みも買っているからな」
実在した『王の剣』など、魔術の産物の際たるものだ。
旧王国と魔術の関係は帝国より密接であった可能性はある。
だとしても。それらについて、この場で語ることは少ないだろう。
「ドゥイングリス卿、元気ないね……」
オカルト話に関心がなかったので。
イリーナは、長男がだんまりを決め込んでいることを指摘した。
一際大きな身体の持ち主だが、存在感がまるで無くなってしまっている。
「あなたが、それを言うのですか?」
彼女の発言を、パトリックが厳しい口調で咎めた。
ドゥインに限らず。イリーナに正体を明かされた兄弟たちは。
それはもう、絶望したものであった。
肉体の負傷よりも、心に負ったダメージこそが深刻だった。
彼女が任務に従って行動したことは理解しているし。
賊の襲撃から家族を救ってくれたことには感謝すべきだろう。
しかし、その過程において彼らを弄ぶような手段を用いた。
それが怒りを買うのは当然のことだ。
イリーナは恐縮するしかない。
「そうだね。ゴメン……」
「あの直後。兄はショックのあまり、やけを起こし。
女を買いに街へ出ました――」
「おい、やめろ」
ここまで無言だったドゥインだが。
パトリックが事情を話し出すと、即座に止めに入った。
しかし、パトリックは止まらない。
「なにぶん、人目をはばかる身です。娼館など出向けるはずもなく。
路上の娼婦にノコノコついて行ったのです」
「おい、止めろ! 黙るのだ、我が弟よ!」
唐突な内容に、何の話かとリアクションに困ったが。
口出しする権利もなく、イリーナは相槌を打って答える。
「ああ、そうなんだ……。よかったね」
見当違いの反応だったらしく、パトリックはそれを否定する。
「とんでもない!
兄上がひっかかった美女は、言わば客引き。
ボロ小屋に招き入れられた先にいたのは、全くの別人だったのです!」
「えっ……と?」
イリーナは困惑する。
「おい、止めろリッキー。それ以上は!」
「勝手のわからない兄上は、老女をあてがわれた挙句。
相場より明らかに高い額をぼったくられたのですよ!」
「ぴゃあああーーーーっ!!?」
ドゥイングリスが悲鳴をあげた。
「身内の恥ゆえ、割愛させて頂きますが。
とにかく、兄上は口をきける心境ではないのです」
「割愛したわりに詳細な説明だったね……」
口のきける心境にないはずの当人は、必死に話を遮ろうとしていた訳だが。
「言わないでって!! 言わないでね。って、お願いしたのにっ!!」
ドゥインは頭を抱えて、床を転がった。
「どう思われようが、もはや関係ないでしょう。
それよりも、彼女には責任を感じて貰うべきだ」
というのは、タテマエで。
――兄の初体験は、大枚を叩いた挙句に老女だった。
胸の中に秘めておくには面白すぎたし、誰かに話したくて仕方がなかった。
人とすれ違う度、呼び止めて広めたいのが本音だった。
「これでは、兄上があまりにも不憫だ!」
「この状況が、ボクには虐待にみえるんだけど……」
なぜ、悲劇は起きてしまったのか――。
呼び込みの美女の手際が良すぎて、意義を唱える暇もなかったし。
老女の手練手管も巧みで、タイミングを奪われてしまったのだ。
取り返しのつかない愚行を犯しているとの危機感に。
何度も抵抗をしようともした。
しかし、相手を傷つけてしまうのではと遠慮をしていたら。
あっという間にコトは済んでしまったのだ
そして、ウブな少女のように手玉に取られた大男は。
帰り道でふと我に返ると、惨めさに一人、咽び泣いたのだった。
ドゥイングリスの初体験は、甘酸っぱい思い出どころか。
消えない疵として刻まれてしまったのである。
それは、もはや恐怖体験。
詳細を語れば、誰もが眉をひそめ、目を背けるだろう。
「童貞でいることが恥ずかしかったんだよぉぉぉぉ!!」
ドゥインはいたたまれずに、亀のように丸まってしまった。
あまりにも不憫と、イリーナが急ぎ話の軌道を修正しようとすると。
ヴィレオン・ジェスター将軍が吠えた。
「何故、むざむざ言い値の代金を払ったのだ!!
別人が出てきた時点で立ち去るべきだろう!!」
イリーナは叱る。
「もう終わったんだよ、その話はっ!!」
パトリックの思惑はともかくとして。
イリーナの罪悪感を促す。という目的は充分に達成されていた。
「今回の件、事情は理解していますし。
言いたいことは言えたので、いくらか溜飲も下がりました」
――兄の犠牲の上にな。
パトリックの発言に、イリーナは心の中でツッコミを入れた。
「今後のことは父と相談しなくてはなりませんので。
復調の様子を見てということで」
当主不在で語れることは無いと、面会が打ち切られようとした所を。
将軍が引き止める。
「そうしたいところだが。もはや、我々に猶予はない」
「どういう意味でしょう?」
ここからが本題であると。
将軍の意図を察して、パトリックは再び居住まいを正した。
――全てを打ち明ける時が来たのだ。
「俺たちが賊の討伐に手を貸したのは。
それを交渉の材料とするためだ――」
上からの指示ではないと前置きをし。
将軍はすべてを詳らかにしだした。
女王陛下の暗殺が企てられており。その首謀者が騎士団長である事。
単身、賊の動向を調べていたのは。
騎士団長がいつ実行に移すか判らない故の、時間短縮が目的であり。
賊の撲滅は、将軍の独断によるものだったこと。
それらはパトリックにとって、衝撃的な内容だった。
「即位したばかりで後ろ盾もなく、実績もない。
そんな陛下のもとで騎士団は現在、混乱を起こしている。
実質、帝国を支配しているのは騎士団長であり。
大陸最強の軍隊を誇示する中で、彼の大頭を願う者がいないとは言い難い」
騎士団長の思惑はあからさまだ。
対抗馬となり得る将軍や。女王への忠誠が厚い者を中央から排し。
首都には自身の手駒を集めている。
それを妨げる事すらできないのが現状。
「そんなことが……」
「奴の野望を阻止すべく。卿らには対抗勢力として力を貸して欲しい」
騎士団長に対して、パトリックはさしたる思い入れもない。
組織において明確に地位が上の存在であるというだけ。
しかし、それは将軍も同様である。
「申し訳ありませんが、この場で結論を出すわけには行きません。
出したとしても、意向に沿うことは叶わないでしょう」
「そんな……!?」
イリーナは、失意の声を漏らした。
「誤解しないで頂きたいのだが。我らの主君は女王陛下。ただ、御一人。
仇なす者がいれば、それが竜や魔人であろうと立ち向かいましょう。
しかし、一方の言葉のみを鵜呑みにして。軽々しく加担するような無責任はできない」
冷遇を受けている将軍が、自分の方こそ相応しいと。
騎士団長の失脚を狙っていないとは限らない。
「詐欺まがいの手段で我々を騙していた相手となれば、尚更だ」
「本当なんだよ。コトが起きてから動いたんじゃ、遅いんだ!」
イリーナは必死に食いさがった。
しかし、団長の謀反を裏付けるものが、道化師の発言以外に無いのでは話にならない。
「結果として、僕らは助けられました。それは感謝をしなければならない。
しかし、その過程において。あなた方から侮辱を受けた。
慎重にならざるを得ないことを、ご理解いただきたい」
「非は、急ぎすぎたこちらにあるようだ。大人しく引き下がるとしよう」
とうとう、将軍が折れた。
確たる証拠もなしに、議論の進展は見込めない。
粘るだけ見苦しく、成果も得られないとの判断だ。
諦めきれずにいるイリーナに、説得を込めて指示する。
「他を当たる。お前は陛下のもとに戻れ」
そうは言っても――。
必要なのは、騎士団長が無視できないだけの勢力だ。
迂闊な行動に出れば、タダでは済まない。
そう思わせて計画を抑止するのが目的だった。
一人や二人ではない。
勝てないまでも、帝国軍本隊とやり合うだけの力が必要なのだ。
それだけのものを一から揃えるのに、どれだけ掛かるか。
将軍の辺境勤務は。民衆に対して、能力を見込まれたと詐称した。
身内に対しての、いわば見せしめだ。
騎士団長の意に沿わない者、脅威となる者は排除される。
軍部は仕組みから完全に団長の私物と化しており。
手を入れられるほど、新任の女王に力は無い。
多くの騎士たちが、己が地位を守る為。
騎士団長の言いなりになっている。
首都は謀反人の巣窟なのだ。
だからこそ、マルコライスのようなイレギュラーな存在に期待するしか無かった。
「俺が、なんとかする」
将軍の言葉に、イリーナは表情を曇らせる。
当てなど無いに違いない――。
その上で、いざとなれば単身敵地に乗り込み。
命に変えても騎士団長の首を取る。
それによって、我が身がどうなろうとも構わない。
そういう覚悟でいるのだ。
「いつ殺されてもおかしくないんだよっ!
敵のただ中に、たった一人残して来てるんだ!」
必要な方面への懐柔や、民衆への言い訳ができれば。
騎士団長は即座に女王を殺すだろう。
イリーナは膝をついて懇願した。
「ボクのしたことなら謝ります。償いが必要なら、何でもします!!
どうしてくれても構わないから、どうか陛下を助けてください!!」
「よぉぉぉぉしッ!! 今、なんでもすると言ったなっ!!」
丸くなっていたドゥインが、勢い良く立ち上がった。
今こそ復讐の時と、拳を固めてそびえ立つ。
――この嘘つき女! 許さん、ぜったいに許さんぞ!
この怨み、どうやって晴らしてやろうか!
さんざん慰みものにして。
初体験の苦い思いでを上書きする道具にしてやる!
ああして、こうして、オッパイとか、あんな感じに、こうだっ!
ボロボロになるまで弄び、飽きたら外に放り出してやる!
外に放り出し……たら、そうだっ!
美味しい物をたらふく食いに出掛けてやるぞ!
嫌という程、食わせてやる!
もうやめて、と懇願しても。追加注文をし続けてやる!
そして、腹が膨れたら運動だ! 遠乗りに出かけるぞ!
そして、風を感じ景色を楽しみながら、愛の言葉をあびせかけてやる!
耳を塞いでも無駄だ!
千回、愛していると囁きかけてやるぞ!
覚悟しろ! 愛してる、結婚しよう!
「この嘘つき女! ゆるさ――」
「いい加減にしろ!! どれだけ僕たちを侮辱すれば気が済むんだ!!」
ドゥインの言葉を遮って、パトリックが机を叩いた。
「卑屈に出れば、意見を変えるとでも思っているのか?!
誇り高き騎士が、そのような下卑た誘惑に信念を曲げるわけが無いだろう!!
そうでしょう、兄上!!」
「……ん、そうだぞッ!!」
ドゥインはビシッとイリーナを指さした。
よく分からないが、弟がもの凄く怒っているので同調しておこうという判断だ。
「ここでの話は、けして口外はしません。それが、感謝の印です。
どうしてもと言うのならば、確たる証拠をお持ちください」
そう言って、パトリックは話を打ち切った。
イリーナたちは城から追い立てられ、途方に暮れる。
もはや道化師として自由に行き来することも叶わず。
起きていない暗殺計画の証拠など、手に入る見込みも無かった。
口頭のことなど。妄想と言われてしまえば、それでおしまいなのだ。
交渉は決裂。
――騎士王懐柔の計画は失敗に終わった。
◆十五話、道化師の恋
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