33◆33 断罪


  ◆◆十六話◆◆



 魔法の刃が暗がりに閃く。

 凶刃の向かう先はベッドに横たわる実父。


「この差別主義者を断罪して。俺が!!

 この俺が、民衆たちを救って見せる!!」


 生い立ちに対する理不尽。

 父への疑心。

 世界に対する不満。


 従順でいるしかなかった毎日に、沈殿した暗い自意識。


 虐げられた旧国民を救済するという大義名分が。

 抑圧から彼を解き放ち、正義感を暴走させていた。



「理想の世界をつくるんだぁぁぁぁッ!!」


 ロイは刃を逆手に、就寝の父へと突き下ろした。


 イリーナは割って入るようにして、マルコライスの上におおいかぶさる。


 遭遇時の言い訳の為、彼女は非武装であり。

 咄嗟に身体を張ることしかできなかった。


『王の剣』の威力の前では、そんなものは盾にもならない。

 薄い身体ごと、二人を串刺しにできる。


「――!?」


 しかし、刃は直前で霧散し消えた。

 その事実にはロイ自身が戸惑っていた。


 イリーナを殺すことを躊躇したのだ。


「退けろ!! 邪魔をするな!!」


 手を下すことができずに。

 ロイは力づくでイリーナを引き剥がしにかかる。



 そこに、ドウィングリスとパトリッケスが飛び込んできた。


「なにやってんだ、おまえ!!」


「そこまでです。ロイ!!」


 それはあまりにもタイミングの良い登場。


 まるで、犯人を誘き出して捕まえようとでもしていたみたいに。


「――グルになって、嵌めたなっ!!」


 ロイは、兄たちがイリーナと結託して、自分を陥れたのだと判断した。


 それをパトリックが冷静に否定する。


「違います。彼女の侵入は事前に予想されていた。

 警備兵に見逃すように指示し、あえて泳がせていたのです」


「ハメられてたのは、ボクでした……」


 イリーナの潜入はバレており。


 報告を受けたパトリックはドゥインを起こし。

 このタイミングで到着したのだった。



「まさか、おまえが父上の殺害を企てていただなんて……」


「何かの間違いだろう、なあっ?!」


 現行犯に立ち会ったのだ。


 もはや疑いようのない事実に、兄たちは悲痛の表情を浮かべた。



「近寄るなッ!!」


 室内で魔法の刃をガムシャラに振るう。


 ロイは追い詰められていた。

 何が正解かも分からずに、周囲を牽制するしかない。


 一触即発。全員が、敵に見えていた。


 同時に、兄たちも。

 家族を手にかけようとしている弟にどう接したら良いかと困惑する。


『王の剣』を持ったロイが暴れれば。

 軽い弾みでも、誰かが命を落としかねない。


 特に二人は深い傷が完治しておらず。

 激しく動けば、それが開く恐れもある。



「やれやれだっ!! おい、おまえ!!」


 最初に動いたのは長男であるドゥイン。


 魔法の刃を掴んででも剣をひったくり。

 弟をとりおさえる覚悟だ。


「馬鹿な真似は寄せ!」


 パトリックがドゥインを取り押さえた。


「四肢に未練はないんですか!

 これ以上、約立たずにならないだください!」


 すでに片腕が機能していない兄だ。

 これ以上、欠損でもされては堪らない。


「なんだとぉ!! って、ああっ!?」



 二人が揉み合う隙をついて、ロイは部屋を飛び出した。


 廊下を駆け抜け、階段を転げ落ち。

 調理場の裏口から屋外へと抜ける。


 怪我人や女が万全のロイに追いつけるはずもない。

 そうでなくとも、心肺機能は十代の少年に分があった。


 振り返らず、一目散に駆けていく。


 厳重に閉じられた正門からの逃走はタイムロスだと。

 城の裏手へ、『儀式の泉』へと向かう。


 夜の雑木林に溶け込めば、追跡は難しくなるし。


 その先に外への抜け道があることは。

 幼い時から遊び場にしていた、彼だけの秘密だった。


 月明かりを反射する泉、照り返す彫像群。


 完全に撒いたと。ロイが安堵した先に。

 一人の人物が待ち構えていた――。



「後継者争いからは脱落でいいのか?」


 彫像の台座に掛けていた腰を上げ、ロイを迎え入れたのは。

 ヴィレオン・ジェスター将軍だ。


「なんで……」


 先回りをされた? ロイは愕然とした。



 抜け道の存在は事前に、イリーナから将軍へと知らされていた。


 リアンナとして、敷地内を道化師の変装を解いてうろつく都合。

 周辺の調査は念入りに行われ、彼女は出入口を発見していたのだ。


 正門を使わず、城の住人にも気付かれない為。

 それは旧王国残党の討伐時に、国境警備軍の通路として使われた。



「二つある出入口。逃亡者がどちらを使うかと考えれば、こちらだろうからな」


 将軍の狙いは的中した。


――なぜ、どうして、いつ、どこで、どうやって?


 ロイの焦りは加速する。


 マルコライス服毒の犯人は特定され。

 犯行を看破された挙句、逃走。

 経路は裏手、雑木林内の隠し通路。


 全てを読まれ、先回りされたことになる。



 しかし実際のところ、将軍は犯行内容や犯人など。

 予想すらしていなかった。


――ここに、誰が来るかは分からなかったが。

 来た以上は犯人なのだろう。そう判断したまでだ。


 将軍が予測したのは、犯人ではなくイリーナ側の行動だった。


 あの道化は、このまま引き下がりはしないだろう。

 きっと独断で真相解明に動く。


 そう見越して、将軍はパトリックに侵入を監視するよう伝えていた。


 きっと、あの女は不用意に藪から蛇をつつき出す。

 その場に兄弟が居合わせれば事態は進展するだろうと。


 だから、イリーナが自力で解決できれば申し分なく。

 将軍が待機していたのは、ナージア討伐と同様。


 保険のようなものだった。



「父親に毒を盛っていたことがバレて、逃げてきたな」


 それはただの憶測だ。

 しかし、少年の表情を見れば察しはついた。


 何より『王の剣』を持ち出している。


 その追及を否定できる者は、余程の大物か馬鹿者かだろう。



「見逃しては頂けません、よね……」


 立ち塞がる男は、大陸一の英雄。諦めて投降すべきなのだろう。


「そのつもりならば、初めからここにはいないだろう」


 そこで、ロイは将軍が丸腰であることに気付いた。

 出番はないとでも油断していたのだろうか――。


 ロイは『王の剣』に刃を発現した。


「ならば押し通るまでだ!」


 技術で勝てるはずもない。それでも、道具でアドバンテージが取れる。


 丸腰の老人相手に臆する理由はなかった。



「剣を向けた以上、覚悟はできているのだな」


 受けて立つ構えの将軍。丸腰のはずの手に、剣が現れた。


 それは、ロイが手にするものと同様の魔法の刃だ。


「どうして、それを!?」


 ロイは驚愕した。それと同時に、その存在に思い当たる節がある。


「ああ、これは王の剣の片割れだ」


 二人の背後には彫像が立ち並ぶ。


 魔術師が国王に『魔法の剣』を贈呈した儀式の再現とされている。


 魔術師が剣を掲げ。また、王も剣を掲げている。


 存在の未確認から断定されなかったが。

『王の剣』は二つあったのだ。



「なぜ、それを部外者のあなたが持っているんだ……!」


「議論をしている暇はない。兄たちが追いついてくるぞ」


 道具の有利すら失われた。


 しかし、もはや兄たちに会わせる顔は無い。

 ロイは将軍に斬りかかる他になかった。


「うわあああ!!」


 やけくそだった。


 技術や駆け引きでは敵うはずがない。

 しかし、体力や瞬発力では若い方が有利。


 魔法の刃は軽く触れただけで、激しく反発し合い火花を散らした。


 手首を衝撃が駆け抜ける。

 武器を手放してしまわぬよう、強くにぎり込んだ。


 攻めろ、攻め立て続けろ。


 勢い任せに攻め立てれば、事故だって起きるかもしれない。


 ロイは勇気を振り絞って前に出る。



 一撃、二撃と攻撃を弾かれ、しかしそこで前進が止まる。

 将軍が一歩も下がらない為に間合いが詰まり、肩がぶつかった。


 その場に踏ん張っていた将軍に対し。

 動作中で重心が不安定だったロイの方が当たり負ける。


 いや、不安定な刹那に将軍が肩を押し込んで。

 突き飛ばしたのだ。


 ロイは転倒する。


「立てっ!!」


 間髪入れず将軍が怒鳴りつけた。

 首が跳ね難いとでも言いたげに叱責する。


 ロイはそのたったの一合で、絶望を覚えた。


 真剣勝負の緊張感の中で。


 踏み込みによる重心の甘いほんの刹那を、狙って刈り取られたのだ。


 時が止まって見えてでもいるのではないか。

 それくらいに全てを見透かされていた。



「マルコライスはそんな剣術を教えたのか?」


 この人には、勢い任せや力技など通用しない。

 ロイは改めて、しっかりと構え直す。


 起こりえない奇跡に頼って無様に死ぬより。

 相応の実力を発揮して戦うことを選択した。



「少しはマシになったか」


 将軍に対して言葉を返す余裕もない。


 まるで父との稽古の様だとロイは思った。



 身体を開いたり、閉じたり、切っ先を上げたり下げたり。

 将軍はのらりくらりと動く。


 そして、一歩も動けない少年に対して言った。


「ほう、攻め手の数が多いじゃないか」


 ロイはまだ、一振りも出来ていない。


 それでも、初動を妨害する動作との兼ね合いで。

 ロイの攻撃手段のバリエーションを把握出来ている。


 それに対して自分がどう構えれば、相手の動きを封じられるか。


 軸足の角度、上体の力み、切っ先の角度。剣の握り。

 剣を振らせるまでもなく、それらから次の動作を読めている。


 動けずにいるのは、その手を打てば将軍がどうカウンターを取るか。

 予測ができてしまうからだった。


 攻め込めない。それ自体がロイの感の良さを表していた。



「詰んでしまうには惜しい才能だ――ッ!」


 過度のストレスに緩みかけた緊張を咎めるように。

 将軍の一撃がロイを襲った。


 ロイは集中力を総動員し、辛うじて一撃を凌ぐ。

――汗が全身から吹き出した。


 一撃の鋭さは、死を予感させるに十二分の手応えがあった。


 将軍は攻勢に転じる。


「家族に手を下させるより、ここで俺が断罪してやるべきだろう」





  ◆最終話、王の誕生

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