13◆11 候補3・ロイ


  ◆◆五話◆◆



 マルコライスが爆弾発言をした翌日。


 将軍の指示により、道化師イウが三兄弟の情報を収集していた時のこと。



「三男様は一番の問題児です」


 長男、次男について聴き出したあとに。

 兵士長ヤズムートはそう付け加えた。


「えっ、そう?」


 正直、意外だと。道化師イウがキョトンとする。


 まだ、変装して各々に近寄る以前。

 兄弟のなかで、もっとも第一印象がよかったのは三男だ。


 しかし、『あの』兄たちと比べ、問題児あつかいされているのだとすれば。


 それは、よっぽどのことだった。



 現在、三男ロイは騎士研修中。


 マルコライスの付き人として、身の回りの世話をしているので。

 近辺を調査していた道化師イウとの接触は幾度となくあった。


 家族では唯一柔和な人物で。


 エキセントリックな父親を筆頭に。

 高圧的な長男や神経質な次男よりかは、ずっと接しやすい。


 同時に、兄たちと比べて頼りない。というのが素直な感想で。

 それは単に若輩であることも大きいが。


 なんの権限も持ち合わせない彼は。

 イリーナたちの計画においては正直、戦力外だった。


 ヤズムートが語り出すまでは、積極的に情報を引き出そうとすらしていなかったのだ。



「三男殿って、人当たりが良くて笑顔が可愛いなって印象だけど……」


「ええ、一見して健全な少年です。

 しかし彼は、かれこれ三年は城門より外に出たことがありません」


「えっ、引きこもり!?」


 兵士長は神妙な顔で「はい」と、それを肯定した。


「ふぇ〜っ。ああ、そうなんだぁ」


 人を使えば足りるのだろうから。

 高齢の領主が、しばらく出かけないことはあるだろう。


 そうでなくても、変人のマルコライスだ。


 その付き人たる騎士見習いのロイが城から出ないことに。

 なんら疑問はもたなかった。


 しかし、それは逆だったのだ。


 城から出ない領主に付き従っていた訳ではなく。

 城から出ない三男の世間体を保つため。


 領主の付き人という建前を与えているのだ。



「それは問題だねぇ……」


「ええ、悩ましいところです」


 道化師イウは適当に同調してみせたが。

 この時点では、さしたる興味もなかった。


 しかし、状況は変化する。


 その後、兄たちの雲行きが怪しくなると。

 イリーナはやむなく、三男との接触を開始することになった。




――夜半過ぎ。城壁内、広大な敷地の一角。


 小さな泉の周囲を彫刻がとり囲む。

 一つの芸術作品のような空間がある。


 そこは水面と、白色の彫刻が月明りを反射し。

 夜中でも視界を確保できる明るさを保っている。



「御機嫌よう、リアンナ。よかった、今日もここに来ていたんだね」


 今夜。ロイはまた、この場所で彼女を見つける。


 見つける。という表現になるのは。

 二人が会う日時の指定をしていないからだ。



「ごきげんよぉ、ロイくん」


 少女がロイの挨拶に答える。


 気だるげな挨拶はそっけないようにも感じられるが。

 朗らかさを含んだ美声は優しさを湛え。少年に安心感を与えた。


 少年と少女は、泉に惹かれて足を運び。

 そこで偶然に出会う。


 いつ会えるかは分からない。

 ここ以外の場所では会わない。


 そして、正体を追求しない。


 それが、二人のルール。



「こっちに来たら?」


 リアンナと呼ばれた少女は。

 自らが腰をかける、横倒しになった石柱へとロイを誘導した。


 となりに座りなよ。と言っているのだ。


「うん」と、ロイは大人しく従った。



 神秘的な泉に時折あらわれる。謎の少女。


 一見して部屋着らしいひざ丈の白いワンピース姿は。

 この景色に誂えたようで神聖な雰囲気を漂わせる。


 まるで祭壇の巫女か、湖の妖精かと錯覚させる。

 そういう意図の演出。


 例によって。ここでのイリーナは『リアンナ』を名乗っていた。


 コンセプトは『謎の少女』。


 カリン、ティータと比べ、掴みどころのない設定だが。


 外で出会うことが出来ない『引きこもりの少年』に対し。

 人目を忍んで密会し。

 敷地内に立ち入っていることを追求されない為の苦肉の策だ。


 謎の少女。正体を知られたら、二度と会えない。そう刷り込んだ。

 無垢な少年に対しては、それで十分だ。



「どうやって城壁を越えて、城に入ってきてるかって?」


 物知りたそうな少年に向かって、リアンナは言った。


「いや、そうは言ってないけど」


「竜に乗って、ひとっ飛びして来たのです!」


 ロイはまた適当なことを言い始めたと思った。

 先日は、泉を通って別世界から現れた。などと、うそぶいていたのだから。



 三男ロイ。十五歳。


 兄達とは似通わない。柔和な面立ちの美少年。


 損得に疎い若者を手懐けることで、都合よく事を運べないとも限らない。


 将軍はそう言っていたが、さて。



――彼こそは真の騎士なのだろうか。



「なんか、遠くない?」


 リアンナは、ロイの着席位置を指摘して、クスクスと笑った。


「えっ、そうかな?」


 実際、どれくらいの位置が適切なのかと、ロイは戸惑う。

 寄り添うように座るのは、図々しいのではないか。


 そうでなくとも、相手は下着同然の姿だ。



「あっ、こういうことだ」


 リアンナは気付いたとばかりに、その身を横たえ。

 頭部をロイの膝へと預け、膝枕の体制になる。


「あたし、疲れてるんだ。気が利くね」


「いや、その、別に、うん」


 肩から腰、腰から脚に掛けてのラインが艶めかしくも美しい。


 リアンナもそれが誘惑目的という訳でもなく。

 自然な欲求からの行動だった。



 日中はドゥイングリスと治安維持の手伝いで駆けずり回り。

 夕方は図書館でパトリッケスとこむずかしい議論につき合わされ。


 その間も調査だ報告だと忙しない。


 そんな状況での深夜行動は正直、グロッキーだった。


 また、相手がロイだという安心感もある。


 パトリッケスには幻滅されたり、説教をされたりする危険性があるし。

 ドゥイングリスならば、ぐわしぐわしと胸を揉みしだいただろう。


 疲労のせいで、リアンナは意図せずダウナーな印象の人物になってしまったが。


 そんな朦朧としたテンションのキャラクターが浮世離れな印象を与え。

 意外とロイ少年の心を掴んでいた。



 会話が途絶えてしばらく。睨めっこ状態を打開すべく。

 リアンナは「ふにゅ?」と言って、首を傾げる。


 さり気なくない。可愛いアピール。


 しかし、ポーカーフェイスの下で。

 イリーナは羞恥に破裂しそうになっている。


――ふにゅって!?



 事前に、ロイの好みをヤズムートにリサーチしておいたのだが。


 引きこもり少年には浮いた話もなく。

 好みを特定することは叶わなかった。


 相手は思春期の少年だ。

 パンチラしとけば勝手に惚れるだろう。との的確な助言もあったが。


 双方の品性が損なわれる気がして、パンチラだけは却下した。


 ロイは小動物系の女性が好みというヤズムートの考察もあったが。

 残念ながら、背丈だけみても肩を並べてしまうイリーナは該当しない。



『ふにゅ、とか、はわわっ、とか、言ってみると良いかも知れませんね』


 そんな提案もあったが、激しい抵抗を覚えた。


『やだよ、そんなあざといキャラ付け!?』


 そんな不自然なリアクションは。

 男ウケを意識した行動でしかない。


 それが可愛くてウケルと思ってる時点で。

 そんな女、ぜったい肉食系じゃん!


 性格悪くて、好色で、恥知らずじゃん!


 道化師イウは拒否反応に身震いしたものだが。



 しかし、効果がなければ浸透していない。

 ぶりっ子は絶大な効果を発揮した。


 少年の鼓動が高鳴る音がする。


 トキメキが露骨に伝わる度、彼女は達成感より悲哀を感じるのだった。



――この時点で、帝国の未来を託す気になれないんだけど……。


 て言うか。揃いも揃って、ここまでチョロいと。

 ボクが悪女なのか、男たちがバカなのかどっちだろう!!


 そんな不安を押し殺して。

 イリーナはリアンナのキャラクターを取り繕った。



「あたしに会いに来たんでしょう。何か、お話して?」


 その姿に見蕩れているロイに、行動を指示した。

 ロイは慌てて、話題をさがす。


 そして、手近な所にすがり付いた。


「……そうだ。この泉に伝わる伝承は知ってる?」


 さも、用事があるみたいに登場したくせに。

 いざ話し始めたら。それがあからさまな思い付きだったので、リアンナは笑った。


 ロイは話題の選択を誤ったかと困惑したが。

 リアンナは、「聴かせて」と彼のペースに身を委ねた。



「この場所は数百年も前からあるんだ――」


 改修や修繕が行われ、当時のままではないにしても。

 城と同程度の年月を重ねていた。



「とにかく歴史のあるものらしい」


 リアンナがうんうんと頷くと。話は続けられた。


「この城の初代の王。つまり、父が攻め滅ぼす前の王国。

 その建国者が大魔術師から魔法の剣を授かった様子を再現した場所なんだって」


「魔法の剣?」


 それが従来の剣とどう異なるのか。

 リアンナは興味を惹かれた。


「うん。その剣は発光する非実態の刃を形成すると言われ。

 斬れ味は鋼の剣を凌駕し、押し付ければ鉄の鎧も貫通したんだって」


「へぇ、凄いんだね」


――超っ!! カッコイイ!!


 本来ならば。うおおおおっ、と叫んで感動を表現している所を。

 しっとりめのリアクションに留める。


 リアンナのキャラに反してしまうからだ。



「それは『王の剣』と呼ばれて、代々城主に受け継がれたらしく。

 継承式はこの場所で行われたんだって」


「実在するんだ?」


 この瞬間は任務よりも好奇心が勝っていた。

 素直に、現物を見てみたいと思った。


「どうなんだろう。少なくとも、俺たちは存在を確認していない。

 戦争の際に紛失したのか、元々が作り話だったのかは分からないんだ」


 『王の剣』


 旧国民は皆、存在したと言う。

 ただ、王宮のどこからも発見はされなかった。


「ねぇ……?」とリアンナが訊ね。

「なに?」と、ロイがこたえる。



「彫刻は大魔術師が『王の剣』を贈呈してるシーンの再現なんだよね」


「それがどうかした?」


「あれ、魔術師と王様。どっちの持っている剣がそうなの?」


 そこには二つの剣が掲げられていた。


 それぞれの持ち物を交換したのか。

 だとしたら、どちらが今持っている方がそうなのか。


 彫刻からは読み取れない。

 と言うよりも、複数の解釈ができた。


「ちょっと、今は断言できないね」


「そっか……」


 話が一段落して。リアンナは上体を起こした。

 活動限界が迫っている。



「さて、本格的に眠りに落ちそうだ。ロイくんにイタズラされる前に帰るか」


 立ち上がって伸びをする。

 スレンダーなスタイルが一層際立つ。


 薄布一枚のほぼ裸同然のシルエットに。

 なんだか罪悪感が生じてしまい、ロイは目を逸らした。


「しないよ、イタズラなんて! 俺は騎士なんだから……」


 童貞だからでは? と、彼女は思った。


「違うよ! 童貞じゃない!」


「言ってないけど……」


「また、会える?」


 捨てられた子犬のような眼差しで、ロイが確認する。

 リアンナは毎度のように答える。


「何度でも会えるよ。あたしの正体が明るみになるまではね」


 そう言っておけば、ロイはそれ以上の追求をしない。



「じゃあ、またね」


 別れ際にもう一度。リアンナは彫像の掲げる二本の剣を見上げた。

 そこが彼女の男性の部分だ。


 光の刃を持つ魔法の剣。

 その存在には心が踊る。


「王の剣、何処いっちゃったんだろうね」


 ロイも同様に、視線を向けると。

 これまでにない、神妙な様子で言った。



「代々、城主に受け継がれてきた象徴が、その姿を眩ませた。

 なんだか、その資格を咎められているような気がするよ」


 だとして。王の剣を手に入れた人物はどうだろう。

 その者こそ、この城の城主に相応しいとでも言うのだろうか。


 二人はしばらく、その彫刻に思いを馳せていた。





  ◆六話、作戦会議

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