脱出劇

 再び地下の部屋に戻された私達は、明かり用にと手渡されたランプをベッドの近くに置き、他に座る所が無かったのでベッドの縁に横に並んで座った。


 しかしベッドに座ったものの、あの藤之宮叔父と対面した後からずっと藤之宮は思い詰めた顔で黙りこくってしまい、今も床に置いたランプの光を見つめたまま、何も言葉を発してくれなかったのだ。


 私はそんな藤之宮の様子に、どうしたものかと戸惑ってしまう。




「あの・・・麗・・・」


「詩音さん!ごめんなさいですわ!!」


「え?」




 そんな藤之宮に声を掛けようとした私よりも早く、いきなり藤之宮が私の方に体を向け深く頭を下げてきたのだ。




「れ、麗香さん!?」


「こんな事に巻き込んでしまって、本当に申し訳無いと思ってますわ!・・・こんな事なら、やっぱり私は誰とも関わらず一人でいれば良かったわ!」


「れ、麗香・・・」


「それかお父様やお兄様の言う通り、学園に通わなければ良かったのですわよね!そうすれば、誰にも迷惑掛ける事なんて無かったのですから!」


「・・・・」


「そうすれば何かあっても、他の方を巻き込む事は少なくとも無かったのですもの!」




 顔を上げた藤之宮が私の呼び掛けに応えようとせず、さらに私から視線を反らせて一人で捲し立てて話してきた。


 しかしその顔がどんどん辛そうな表情になっていき、そしてその藤之宮の目が潤みだしてきたのだ。




「麗香さん!!」


「っ!!」




 そんな藤之宮の両頬に手を添えて私の方を向かせ、少し怒った表情で藤之宮を見つめる。




「そんな事言わないで!」


「詩音さん・・・」


「私、今回一緒に誘拐されて良かったと思ってるんだよ?」


「え?」


「だって、麗香さんを守れるから!」


「なっ!わ、私は守って欲しいと思っておりませんわ!!」


「私は守りたいの!」


「っ!!」


「それに、やっぱり一人でいれば良かったとか学園に通わなければ良かったとか言わないで。だって、それだと私達出会えなかったんだよ?友達にもなれなかったんだよ?」


「そ、それは・・・」


「そして・・・響にも出会えなかったんだよ?」


「・・・っ!」




 私の言葉に藤之宮はとても辛そうな表情で、自分の胸辺りの服をぎゅっとを掴む。


 そんな藤之宮をじっと見つめながら、私は藤之宮の耳の上辺りに付いている、響がプレゼントした薔薇のヘアピンにそっと触れる。




「・・・こんなに大切にしているこのヘアピンだって、響から貰う事が出来なかったんだよ?」


「・・・うっ」




 私がそう言うと藤之宮は自分でもそのヘアピンに触れ、そしてとうとう目から涙が流れ落ち嗚咽を溢して泣き出した。


 私はその藤之宮をそっと抱きしめ、胸に顔を埋めさせるとその頭を優しく撫でてあげる。


 すると今まで我慢していた物が切れたのか、私の胸の中で声を上げて泣き始めたのだ。




「大丈夫、麗香さんは一人じゃ無いよ」




 そう優しく声を掛け、藤之宮の髪を落ち着くまで漉き続けたのだった。






 暫く経ち漸く藤之宮の鳴き声が止んだので、どうやら落ち着いてきたのだと思っていると、藤之宮は私の胸から顔を離してきたので、私は心配そうにしながらも抱きしめていた手を離す。




「麗香さん、大丈夫?」


「ええ、もう大丈夫ですわ。みっともない所お見せしてごめんなさいね。でもありがとうですわ」




 そう言って藤之宮は、涙に濡れた顔を自分のハンカチで拭き取る。ただその目は、泣いていたせいで赤く充血していた。


 しかしその表情はどこか吹っ切れた顔をしているので、どうやら本当に大丈夫そうだと安心する。




「さてそれじゃそろそろ、これからどうするか話し合おうか」


「そうですわね。・・・多分雅也は、すぐに私達の事を探してはいるでしょうがあの光秀叔父様の事、ここは簡単には見付けられない所なのでしょうね」


「多分そうだと思う。だとすると、やっぱり自分達でなんとかしないとね」


「でもどうすれば・・・」


「とりあえず、ここから連れ出された時と戻ってくる時の道はだいたい覚えておいたし、この屋敷の構造もおおよそ予想は出来てるよ」


「え?あの短い間に?それも普通誘拐された身であれば、不安でそんな事考える余裕など無いはずですわよね?」


「ん~最初っから逃げるつもりでいたから、とりあえずこの場所の把握と脱出経路を確認しなくてはとそれしか考えて無かったんだよね」


「・・・もしかして、光秀叔父様とお会いした後、ここに戻る途中で突然お手洗いに行きたいと言われたのも・・・」


「ああうん。他の道も見てみたかったからさ。でもそのお陰で、チラリと玄関の場所も見えたし、どこに警備が配置されてるのかも見る事が出来たから充分収穫があったよ」




 そう言ってニヤリと笑う私を見て、藤之宮は呆れた表情になったのだ。




「前から詩音さんは、普通の方とは違う所があると思っていましたが・・・本当に変わった方でしたのね」


「へっ?そんな事無いよ!至って普通だよ?」


「・・・それは絶対あり得ませんわ」




 藤之宮の言葉を完全否定するが、藤之宮は全く認めてくれなかったのだった。




「・・・まあそれはこの際置いといて、ここを脱出するにもまず一番の問題が、あの鍵の掛かった扉をどう開けて脱出するかだよね」


「そうですわよね・・・」




 そうして私と藤之宮は、硬く閉ざされた鍵の掛かった扉を見つめる。




う~ん・・・さっきも麗香さんが、あんなに大きな声で泣いていたのに誰一人様子を見に来る人がいなかったんだよね。




 私はそう心の中で唸りながら、ベッドから降りその扉に近付く。




「詩音さん?」




 ベッドに座ったままの藤之宮の不思議そうな声を、背中で聞きながら私は扉の前に立つと、念の為ドアノブに手を置きなんとか開かないか試しに回してみるが、やはり開く訳もなくガチャガチャと鍵が掛かっている音が聞こえてくるだけだった。




「まあ、普通はそうだよね」




 そう言って一人苦笑した私は、今度は扉を大きく叩く。




「すみません~!ちょっと体調が悪いので、誰か来てくれませんか?」




 私はそう言いながら、さらに強く扉をノックする。


 するとその扉の向こう側から、苛立った様子の男の声が聞こえてきた。




「うるさい!どうせ仮病だろう?大人しくしていろ!!」




 そんな声が聞こえ、私は扉を叩くのを止める。




そうだよね~そんな簡単に開けてくれないよね~。




 そうもう一度苦笑を溢しながら、私は藤之宮の下に戻っていった。




「・・・詩音さん、貴女一体何をされているの?」


「ん~あの扉、こっちからは開けれないのなら向こうから開けて貰おうかと思って」


「え?」


「とりあえず開けて貰えれば、後はどうとでもなるのにな~」


「ど、どうとでもって・・・相手は国内屈指の精鋭部隊である、藤之宮家直属のSP達ですのよ!?」


「うん、でも多分どうにかなると思うから、それは今は問題無いよ」


「・・・・」




 私の言葉を聞いて、藤之宮は唖然とした表情で私を見つめてくる。




「それよりも、どうやってあの扉を開かせてこちらの様子を確認させるかだよね・・・」




 そう言いながら私は腕を組んで、うんうん唸りながら考え出したのだ。




「・・・何か突拍子な事をすれば、怪しんで見に来るかもしれませんわね」


「突拍子な事?う~ん・・・あ!歌を歌ってみるとかは?」


「・・・歌?」


「うん!こんな状況で普通は歌なんて歌えないでしょ?それなのに突然歌が聞こえてきたら、さすがに何事だろうと様子を見に来るかなと思ったんだよね」


「・・・確かに、その可能性は高そうですわね。でも、そう上手くいくのかしら?」


「まあ、ダメ元でやってみるよ。もし無理だったら、また他の手考えれば良いしさ」


「・・・それもそうですわね」


「じゃあ、これでやってみよう!あ!そうそうその時に、麗香さんにやって欲しい事があるんだけど?」


「私に?」


「うん!あのね・・・」




 そうして私は、藤之宮にやって欲しい事を説明したのだった。






 私は扉の方に正面を向いた状態でベッドに腰掛け、一度大きく深呼吸をする。


 そして藤之宮の方をチラリと見ると、藤之宮は私の顔を見ながら真剣な表情で一つ頷いてきた。


 私もそんな藤之宮に頷き返すと、大きく息を吸ってゆっくりとそして扉の外に聞こえる程の声量で歌を歌い出す。


 そうして暫く歌いながらじっと扉を見つめていると、カチャリと鍵の開く音が聞こえてきたのだ。


 私はそのまま歌い続けながらチラリと藤之宮の方を見ると、丁度惚けた表情で私を見ていた藤之宮がハッと気が付いた所だった。


 藤之宮は顔を引き締め、すぐに体勢を整える。


 私もゆっくりベッドから降り、扉を見つめながら姿勢を低くした。勿論その間も歌を歌い続けている。


 そうして私達が体勢を整え終えた所で、ドアノブが回りガチャっと音を立てて扉がゆっくり開く。


 そしてそこから、男がそっとこっちを覗き込んできたのだ。




「麗香さん今!!」




 私がそう叫ぶと、藤之宮は待機していた扉の影から一気にドアノブを引っ張った。




「うわぁ!」




 藤之宮が勢い良く扉を引っ張った事で扉が大きく開き、その扉のドアノブを握っていた男が、そのまま扉に引っ張られるようによろけながら部屋に入ってくる。


 そんな男の隙を私は見逃さず、一気に床を蹴り猛ダッシュで男に詰め寄ると、間髪入れずにその男の鳩尾目掛けて蹴り入れたのだ。




「うげぇ!!」




 男の口から変な声が聞こえたと同時に、男は後ろに吹き飛び反対側の壁に激突してそのまま気絶した。




「す、凄いですわ!」




 扉の影から一部始終見ていた藤之宮が、唖然とした表情で驚きの声を上げながら私を見つめてくる。




「麗香さんの、ナイスアシストのお陰だよ」


「そんな・・・私はただ指示された通りに扉を引いただけですわ」


「それでも助かった事は事実だからさ・・・って、こんな事してる場合じゃ無かった!多分今の音で、他の人達が様子を見に来るはず!急いでここを出ないと!」


「そ、そうですわね!」




 そうして私は藤之宮の手を取り、急いで監禁されていた部屋から抜け出すと長い地下の廊下を走り出す。


 そして曲がり角までやってきた時、その角から二人の男が現れたのだ。




「なっ!なんで部屋から出ているんだ!」


「見張りはどう・・・」




 私達の姿を見付けた男達は、驚きながら私達に向かって駆け出して来る。


 しかし私はそんな男達を見据えながら、藤之宮の手を離し再び猛ダッシュで男達に向かって走り出す。


 そして男達の少し手前で壁にジャンプし片足でその壁を思いっきり蹴ると、その勢いのまま手前の男の顔面に向かって膝蹴りを食らわす。


 するとその私の膝蹴りを食らった男は、そのまま白目を剥いて倒れていくので、私はその男の背に右手を置きその手を軸にぐるりと回転すると、突然の出来事にすっかり動転しているもう一人の男の脇腹目掛け回し蹴りを食らわしたのだ。


 そうして私が床に着地したと同時に、二人の男は床に倒れ伏した。




「・・・あっという間に二人も・・・」


「ああ麗香さん、とりあえず驚きは今は良いから行くよ!」


「あ、はい」




 今回も呆然と見つめていた藤之宮に苦笑しながら、急いで手を取り先に進む。


 そしていくつか角を曲がった先に、目的の上の階に上がる階段を見付けて私達は急いで掛け上がる。


 しかし三分の一ぐらい登った所で、階段の先から大きな図体の男が降りてきたのだ。




「お前達!何故ここに!!」


「・・・くっ!おい!そいつら脱走だ捕まえろ!!」




 私が階段の上の男に警戒していると、下からも別の男の声が聞こえサッと階下に視線を向ける。


 するとそこには、鳩尾を手で押さえながら苦悶の表情で立っている男がいた。




げっ!もう起きたの!?あんなに強く蹴り入れておいたのに!・・・さすが皇族家直属のSPだ。やっぱり簡単にはいかないか。でも、ここで捕まる訳にはいかないんだよね!もし捕まったら、今度は厳重に監禁されて絶対逃げ出せないようにされるだろうから!




 私は藤之宮を背に庇いながら、じりじりと迫って来る男二人を交互に見る。




「麗香さん・・・私が合図したら、その場で頭を低くしてしゃがんで」


「え?」


「良い?」


「・・・分かりましたわ」




 近付いてくる二人から目を離さず、小声で後ろにいる藤之宮に指示を出すと、藤之宮は同じように小声で了承の返事を返してくれた。


 そうしてじりじりと距離が狭まり、とうとう階下の男は私達が逃げれないように両手を広げて道を塞ぎ、図体の大きい男がニヤリと笑いながら私達に向かって手を伸ばしてきたのだ。




「麗香さん今だよ!」


「はい!」




 私の合図と共に、私と藤之宮は同時にその場でしゃがみ込む。


 すると図体の大きい男は、手を伸ばした状態で空を掻き前のめりになっていた。


 私はすぐに頭上にあるその腕を掴むと、力一杯階下に向かって引っ張ったのだ。


 そうするとそのままの勢いで図体の大きい男は足を浮かせ、私達の頭上を飛び越えて階下に落ちていく。それも、下で両手を広げていた男を巻き添えにして。




「うぎゃぁぁ!」


「ぎゃぁぁぁ!」




 男二人の悲鳴が聞こえたが私は敢えてそちらを見ず、しゃがんだまま落ちていく男達を呆然と見つめている藤之宮の手を取り、すぐに立ち上がらせそして急いで階段を掛け登る。


 その途中で、後ろからドスンと言う大きな音と男達の呻き声が聞こえてきたが、一切私は振り向かなかったのだ。


 そうして階段を登りきり一階に出た私は、すぐに近くにあった窓に手を掛けるが、予想はしていたがやはりびくともしなかった。




やっぱり開かないか・・・そりゃあんな変な地下部屋作っているような屋敷だもんね、窓は開かないように細工されててもおかしく無いか。・・・多分、どこの部屋の窓も同じ事だろうな~。それにそんな窓なら、簡単に割れない窓ガラスを使ってるんだろうね。




 そう私は思いながら部屋や廊下はボロボロなのに、窓が一枚も割れていない事に気が付いていたのだ。




・・・本当にここの元の持ち主って、一体ここを何に・・・いや、深くは考えないでおこう。




 あまり考えると色々恐い想像が頭を過ってくるので、私は頭を振ってその考えを頭から追い出す。




「・・・詩音さん?」


「ああごめん、なんでもないよ。それよりも、やっぱり外に出るには玄関しか無さそうね。よし!そこに向かおう!」


「ええ、分かったわ」




 そうして私達は、廊下を走り抜け玄関に向かったのだった。

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