事件の終息

 私と藤之宮は、玄関ホールを見渡せる位置にある物陰に隠れて様子を伺っていた。




「・・・予想に反して見張りがいない」


「そうですわね・・・これってやっぱり・・・」


「うん、多分罠だと思う」




 そう私は、全く人の気配が無い玄関ホールを見つめながら呟く。




・・・どうする?ここは諦めて他の逃げ場所を探す?でもそうすると、確実に時間をロスして追い詰められる確率が上がってしまう。だからと言って、いつまでもここにいるとすぐに見付かってしまうし・・・。




 私はグルグルと頭の中で、どうすれば良いか考えを巡らせていた。


 そんな私を、藤之宮は不安そうな面持ちで見つめている。




「詩音さん・・・どう致しますの?」


「・・・よし決めた!危険かもしれないけど、玄関を強行突破しよう!」


「え!?」


「多分玄関に向かうと同時に、一気に追っ手が出てくると思うけどそれは私がなんとかするから、麗香さんは一直線に扉に向かって!外に出さえ出来れば、後は夜の暗闇に紛れて森に逃げ込めばそんな簡単に見付からないと思うからさ」


「で、でも真っ暗な森の中を逃げるのは、私達も危ないのではなくて?」


「その心配は大丈夫!幼い頃から実家で自然に囲まれて育ったから、基本的に夜目が効いて夜の森はどんな所でも全く平気なんだよね」


「そうなんですの?」


「うん!だからとりあえず森の中に身を隠して、明るくなってから一気に人がいる所まで逃げよう!」


「・・・はい!分かりましたわ!」




 そうして私達は辺りを伺いながらそっと物陰から出ると、やはり誰もいない事を確認した私達は頷き合い一気に玄関扉まで駆け出したのだ。


 しかしどうも予想に反して何も起こず、それを意外に感じながらも今はまず外に出る事に集中する。


 そうしてあと少しで玄関扉に届くと言う所で、突然後ろからこの場ではあり得ない銃声が聞こえ、すぐ後ろの床に何かが当たる音が聞こえた。


 その音に、私と藤之宮は足を止め同時に後ろを振り向く。


 するとその視線の先にある床に小さな穴が開いており、さらにその先の大階段の踊り場付近に二人の男が立っていたのだ。


 その一人は拳銃を手に持ち無表情でその銃口をこちらに向けていて、その隣には不敵に笑う藤之宮叔父が立っていた。




(ちょっ!拳銃って・・・そんなの卑怯だよ!!)




 私はそう心の中で叫びながら、内心焦っていたのだ。


 するとその時、バタバタと奥から駆けてくる足音が複数聞こえ、すぐに数十人の男達が現れたかと思ったら玄関前を塞ぐように立ち並び、そしてあっという間に私達を取り囲んで逃げ道を閉ざされててしまった。




「くっ・・・」




 私は悔しい気持ちを抑えながらその男達を警戒しつつ、藤之宮を守るように腕の中に抱きしめる。




「クク、残念だったな。だが、もう逃げられないぞ」




 そんな声が近くで聞こえ私はサッと振り向くと、そこにはさっきまで大階段の上にいた藤之宮叔父と、拳銃を私達に向けたままの男がすぐ側まで来ていたのだ。


 私はその二人を睨み付けながら、藤之宮を抱きしめる力を強くした。


 しかし藤之宮は、そんな私の腕を振り解き藤之宮叔父の前に進み出てしまったのだ。




「れ、麗香さん!!」




 私は慌てて藤之宮を止めようとすると、藤之宮はそんな私を手で制してきた。




「光秀叔父様!拳銃を使うなんてどう言うつもりですの!拳銃の使用は、よっぽどの事が無い限り使用が禁じられているはずですわよ!」


「ふん、そんなのワシが良いと言ってるんだ問題無い!ワシは皇族なんだぞ!」


「光秀叔父様・・・」




 藤之宮叔父の発言に、藤之宮は呆れた表情を藤之宮叔父に向ける。




「・・・光秀叔父様、こんな馬鹿な事はもうお止めになって頂きたいですわ!そうしないと、きっと叔父様後悔なされますわよ?」


「何?」


「多分もう手後れかと思われますけど、きっと誰も叔父様に付いていこうと思われる方など、もういらっしゃらないのではなくて?」


「・・・っ!」




 藤之宮の発言を聞いて、藤之宮叔父の顔がみるみる赤く染まり出した。どうやら図星だったようだ。




「麗香!このワシに向かって、生意気な口を利くんじゃ無い!!」




 藤之宮叔父は真っ赤な顔で眉をつり上げ、藤之宮に向かって右手を振り上げた。


 私はその藤之宮叔父の動きを見て、咄嗟に体が動き藤之宮の前に両手を広げて躍り出たのだ。


 その瞬間、玄関ホールに乾いた音が響き渡る。


 そして私の左頬に鋭い痛みが走り、じんじんと熱を持ち始めた。




「詩音さん!!」


「・・・大丈夫」




 私の後で悲鳴のように私の名前を叫ぶ藤之宮に顔を向け、大丈夫だとアピールする。


 しかし藤之宮は私の叩かれた方の頬を見て、さらに悲痛な表情になった。




「し、詩音さん!頬から血が!!」


「・・・血?」




 今にも泣きそうな藤之宮を見ながら私は叩かれた方の頬を触ると、ピリリとした痛みが走りそして私の手に少量の血が付いたのだ。


 私はその手に付いた血を見て次に藤之宮叔父の右手を見ると、その指には華美な装飾が沢山付いた太めの銀の指輪が嵌まっていた事に気が付く。




・・・そうか。叩かれた時に、あの指輪で頬が傷付いたんだ。でも、あれが麗香さんの頬に当たらなくて本当に良かった。あの白くて綺麗な麗香さんの頬が、傷付く所なんて見たくなかったから。




 そう心の中で思い、私は再び藤之宮を庇うように両手を広げキッと藤之宮叔父を睨み付ける。




「なんだその目は!ワシは気の強い女は好きだが、その目は気に食わん!少し躾をしてやる!!」




 藤之宮叔父はそう言って、もう一度右手を上げてきたのだ。




「詩音さん!!」




 後ろから藤之宮の叫び声が聞こえたが、私はその場を動く気は全く無かったので、再び遅いくる痛みに堪える為ぎゅっと目を瞑った。




「うぎゃぁぁ!!」




 すると目を瞑った私の耳に、藤之宮叔父の声だと思われる叫び声と共に何かが床に激突する音が聞こえてきたのだ。


 私は一体何が起こったのだろうと恐る恐る目を開くと、すぐにその目が驚愕に大きく見開かれた。




「・・・え!?ま、雅也さん!?」




 なんと私の目の前に、足を蹴り上げた状態で立っている高円寺がいたのだ。


 しかしその高円寺の表情は、激しい怒りを露にしていたのだった。




「うっ!」




 そんな高円寺を呆然と見つめていると、すぐ近くで男の呻き声が聞こえてきたので、私はサッとその声の方に視線を向けるとそこには、さっきまで拳銃を私達に向けていた男の背後に響が立ち、その男の両手を背中で掴まえていたのだ。


 そしてよく見ると、響の手に男から奪った拳銃が握られていたのだった。




「響も!?」




 私は、予想外に現れた二人を交互に見て激しく動揺する。


 しかしそこで、ふと藤之宮叔父は何処に行ったのかと辺りに視線を向けると、私達から少し離れた床に脇腹を押さえながら呻いている藤之宮叔父が倒れていたのだ。


 どうやら目の前でゆっくりと足を下ろしている高円寺に、脇腹を蹴られて吹き飛んで行ったようである。


 私は突然起こったこの状況に戸惑っていたのだが、同じようにこの状況に付いていけず呆然としていた私達を取り囲んでいた男達が、ハッと気が付き慌てて私達に襲い掛かろうとしてきたのだ。


 その事に気が付いた私は、サッと藤之宮の腕を掴んで背中に庇い戦う体勢で腕を構えた。


 しかしその時、突然玄関扉大きく開きそこから沢山の警察官が玄関ホールに雪崩れ込んできたのだ。




「え?」




 私がその出来事に腕を構えたまま呆然としていると、目の前であっという間に男達が警察官に取り押さえられていく。


 そうして藤之宮叔父も含め、全ての藤之宮叔父に与する男達が取り押さえられてしまった。




「い、一体どう言う・・・」


「詩音!」


「っ!」




 私は構えを解き、目を瞬かせながらその状況を見回していると、突然後ろから強く高円寺に抱き竦められた。




「・・・無事で良かった」


「ま、雅也さん!!」




 こんな皆が見ている前で抱きしめられたので、私は顔を熱くさせながら激しく動揺する。


 しかしそこで私の後ろに高円寺がいると言う事は、後ろに庇った藤之宮はどうしているのだろうと、なんとか首を捻って藤之宮の姿を探す。


 すると私達のすぐ近くで、藤之宮も響に抱きしめられて顔を真っ赤にさせながら、動揺している姿が目に入ってきたのだ。


 私はその二人の姿を見て、ホッと胸を撫で下ろす。




「離せ!ワシに触れるんじゃない!ワシを誰だと思っているんだ!ワシはお前達下等な身分が触れて良い者じゃないんだぞ!ワシは皇族なんだぞ!」




 そんな叫び声が聞こえ、私は呆れながらそんな事を喚き散らしている藤之宮叔父に視線を向ける。


 するとそこには、警察官に後手を取られながら立っている藤之宮叔父が、顔を真っ赤に染め怒りの形相で捕まえている警察官を怒鳴っていた。




「こんな事して只で済むと思うなよ!今回の事はワシの権力で揉み消してやる!ワシは絶対に捕まらない!必ずお前達を後悔させてやるからな!!」




 そう言って藤之宮叔父は、今度は私達を激しく睨んできたのだ。




「いえ、後悔するのはあなたの方です」


「・・・えっ!?」




 突然この場にいないはずの懐かしい声が聞こえ、私は驚いて声の聞こえた玄関の方に視線を向けると、さらに私の目は驚愕に見開く。




「ゆ、豊先輩!?それに、誠先輩や健司先輩も!?何でここに!?」


「やあ、詩音ちゃ~ん!久しぶり~!」


「相変わらず元気そうだな!」


「・・・トラブルに巻き込まれるのも相変わらずだがな」




 そう久しぶり聞く、榊原、藤堂、桐林の声を聞きながら、玄関前に並んで立つ三人を唖然と見つめた。




「ただ今は、詩音さんと話している時では無いので、とりあえず黙って見ていなさい」


「あ、は、はい!」




 桐林にピシャリと言われ、私は慌てて頷いて事の成り行きを見守る事にしたのだ。


 そうして私が素直に黙ったのを見届けた桐林は、視線を藤之宮叔父に向ける。




「お前は・・・確かあの、桐林グループ社長の息子だったな。その息子が何故ここに!それに、ワシが後悔するとはどう言う事だ!」


「その言葉の通りですよ。・・・あなたの今まで行ってきた、不正な資金運用及び違法な賄賂や贈与、さらに他国マフィアとの深い繋りや武器密輸など様々な余罪が明るみになっています」


「なっ!!」


「さらに、今回の麗香皇女及びそのご友人のご令嬢誘拐事件もありますので・・・到底無罪など不可能でしょう」


「しょ、証拠はあるのか!どうせ無いだろう!ならばワシを捕まえる事など出来んぞ!それに今回の事は、ワシも一緒に誘拐された事に出来るからな!すぐにワシは解放されるぞ!」




 そう藤之宮叔父は、桐林に対して勝ち誇った顔を向ける。




うわぁ~とことん性格悪~!!




 藤之宮叔父のその言い分に、私は高円寺に抱き竦められたまま呆れた視線を藤之宮叔父に向けていたのだ。




「・・・俺が、何も証拠も無くてそんな事言うと思いますか?」


「・・・何?」


「我が社の全ネットワークと人脈を使って、あなたの全てを調べ上げしっかりと証拠を見付けてありますよ」


「それに、おじさんの息子さんが全部話してくれたよ~」


「な、なんだと!?」


「僕のモデル仲間の女の子達に頼んで、息子さんと仲良く話して貰ったら簡単に全部話してくれたんだ~!あ、勿論もう息子さんは警察に捕まって連れていかれているけどね~」


「なっ!!」




 ニッコリと笑いながら言う榊原に、藤之宮叔父は大きく口を開けて唖然とした。




「だ、だが!!そんな物、全てワシの権力で握り潰してくれる!!それに、警察庁長官に金で話を付ければすぐだ!!」


「あ~それは絶対無理だから」


「なんだと!?」


「それ、俺の親父の事だから。・・・それに俺の親父、そう言う権力や金でなんとかしようとしてくる奴大っ嫌いだからさ。ちなみに、今回この警察官を手配してくれたのも親父だから、もう全部知ってるけどね」


「そ、そんな・・・」




 藤堂はそう言って、藤之宮叔父に向かってニヤリと笑ったのだ。


 私は藤堂が旧華族の御曹司である事は知っていたが、まさかその当主であり藤堂の父親が、この国の警察官のトップである警察庁長官であるとは知らなかったのである。


 そうしてその藤堂の話を聞き、藤之宮叔父は青い顔でとうとうガックリと肩を落とし観念したのだった。


 とりあえず、何でこうなったかは分からないが事態は終息していったので、私はホッと肩の力を抜き安心する。


 するとその時、突然私を後ろから抱きしめ続けていた高円寺が、私の顎を掴みグイッと高円寺の方に顔を向かせられたのだ。




「ま、雅也さん!?」


「・・・詩音、この頬の傷は?」


「え?」


「それに・・・頬も赤く、少し腫れてるように見えるが?」


「え、えっと・・・」


「雅也!それは光秀叔父様に叩かれたからよ!!」


「ちょっ!麗香さん!!」




 高円寺から漂ってくる只ならぬ雰囲気に私が言い淀んでいると、藤之宮が大きな声で高円寺に教えてしまったので私は慌ててしまう。




「ほぉ~私の詩音を殴ったのか。それも、顔に傷を付けて・・・」


「ま、雅也さん!ちょと待って!!」




 高円寺から凄まじい冷気を感じ、さらにとても低く冷たい声で言いながら無表情で目を据わらせ、そして私を離して藤之宮叔父の下に向かおうとしたので、私は慌てて高円寺の腕を掴み引き留める。


 しかしその時、私の後ろからも高円寺と同じような感じの冷気を感じ恐る恐る振り向くと、桐林達三人も高円寺と同じような表情で藤之宮叔父に向かって歩き出していた。




「なっ!先輩方も落ち着いて!!」


「貴方達、私が許しますからやってしまいなさい!!」




 私がなんとか四人を止めようと動き出すと、藤之宮が怒りの形相でそんな事を言ってさらに四人を煽ってしまったのだ。


 そうして顔面蒼白で怯える藤之宮叔父に四人が詰め寄っていくのを、私が一人必死で制止する羽目になったのだった。

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