誘拐
「ん・・・」
深い闇の中から段々意識を覚醒した私は、重い瞼をゆっくり開ける。
しかしまだ意識がぼんやりとしていた私は、ボーと薄暗い中うっすらと見える灰色の天井を見つめていた。
・・・あれ?寮の部屋の天井ってこんな感じだったけ?・・・違うな~。う~ん、実家の私の部屋でも無いし・・・じゃあここは?
私はそうハッキリしない頭でぼんやり考えていると、ふっと意識を失う前の出来事を思い出したのだ。
そ、そうだ!私、あのSPの人にスタンガンで気を失わされたんだ!!
その事実を思い出し、私は慌てて身を起こす。
「っ!!」
しかし勢い良く起き上がった私の首の後ろに痛みを感じ、私は顔を顰めながら痛みの走った首の後ろに手を当てる。
「くっ!スタンガンを当てられた部分が痛い・・・」
そう痛みに耐えて呟きながら、私はある事に気が付きハッとしたのだ。
「そうだ!麗香さんは!?」
私はそう焦った声を出し、固い簡素なベッドに身を起こした状態で辺りキョロキョロ見回す。
すると私のすぐ横に、藤之宮が意識を失っている状態で横になっていたのだ。
「麗香さん!!」
私は慌てて藤之宮の胸に軽く耳を当て、規則正しく心臓が動いているのを確認しホッと安心する。
「良かった・・・」
見たところ特に外傷も無いようだし、ただ意識を失っているだけのようだと分かった私は、とりあえず藤之宮を起こす事にした。
「麗香さん!麗香さん!起きて!!」
そう藤之宮の耳元で声を掛け、体を揺すって藤之宮を起こそうとしたのだ。
「ん・・・」
「麗香さん!気が付いた!?」
私の必死な呼び掛けに、なんとか藤之宮は意識を戻したらしく眉を顰めながら手の甲で目を擦る。
そして私と同じようにボーとしながら瞼を開け、覗き込んでいた私の顔を焦点の合わない目で見つめてきたのだ。
「・・・詩音・・・さん?」
「そうだよ!麗香さん、大丈夫?」
「え、ええ、私は大丈夫ですわ・・・っ!」
漸く意識がハッキリした藤之宮が、戸惑った様子でベッドから身を起こそうとして、急に苦痛の表情で首の後ろに手を当てる。
それを見た私は、やはり藤之宮も首にスタンガンを当てられて気を失ったのだと確信した。
「・・・大丈夫?」
「だ、大丈夫ですわ!それよりも・・・ここは一体何処ですの?それに、私達は何故こんな所にいるのかしら?」
「う~ん・・・多分予想だけど、私達誘拐されたんだと思うよ?」
「ゆ、誘拐!?」
「うん、そしてそれを実行したのが・・・雅也さんの代わりに麗香さんの警護をしに来た・・・SPの人だと思う」
「え!?」
私の言葉に、思ってもいなかったと言う顔で藤之宮は驚きの声を上げたのだ。
「それも、一人では無く最低でも三人はいたよ」
「・・・・」
その事実に、藤之宮は絶句したまま固まってしまう。
しかしその驚愕の表情のまま、次第に藤之宮の体が小刻みに震えだしてきたのだ。
「・・・麗香さん?」
「そ、そんな・・・そんなはずは・・・だって、あのSP達は藤之宮家直属のSPの者達ですのよ!?皆厳しい審査で選ばれ、信頼出来る者だけで構成されてる部隊だったはずですわ!それが、その中に裏切り者がいたなんて・・・」
「・・・でも、事実私達はその人達に誘拐されたんだよ」
「一体どう言う・・・・・まさか!!」
「麗香さん?」
藤之宮は震える体を抑える為、自分で自分を抱きしめていたが、何かに思い至ったのか目を見開いて再び固まってしまった。
そんな藤之宮を、私は不思議そうに見つめ名前を呼んだその時、この薄暗く窓もない今乗っているベッドが一つあるだけの部屋に通じる唯一の扉から、何か鍵が開く音が聞こえそしてゆっくりこちら側に向かって扉が開き出す。
するとその開いた隙間から、明かりがこの部屋の中にわずかに射し込んできて、そしてその間から一人のサングラスを掛けた男が中を覗き込んできたのだ。
「・・・どうやら二人共目覚めたようだな」
そう言ってその男は私達を見てきたのだが、私はその男に見覚えがあった。
その男は、あの私達を誘拐する為に近付いてきた三人のSP達の内、私にスタンガンを押し付けてきた男だったのだ。
私は咄嗟に藤之宮を腕の中に抱え込み、その身を守るように男から隠して睨み付ける。
「・・・それだけ動けるのなら問題無いな。二人共出ろ。ボスがお呼びだ」
「・・・ボス?」
「いいから早く来い!!」
怪訝な表情で私が男に問い掛けると、男は全く動こうとしない私達を見て苛立だしげに言ってきたのだ。
「詩音さん・・・」
「・・・とりあえず、私達を誘拐した人達のボスに会えるみたいだし・・・麗香さん行こうか」
不安そうに私を見てくる藤之宮に私はそう言って、そして藤之宮をベッドから降ろし私もベッドから降りて男と一緒に部屋を出たのだった。
男に連れていかれて到着した部屋に、私と藤之宮は入っていく。
どうもここは廃墟の屋敷らしく、来る途中の廊下もこの部屋も長い事人が住んでいなかった事を伺わせる程にボロボロだった。
そしてここに来るまでに長い廊下や階段をいくつも上がらされた事から、どうやら私達がいた部屋はこの屋敷の地下にあったようなのだ。
だから窓が全く無く、今考えると少しひんやりとした空気をしていた。
しかし何故この屋敷に、そんな部屋があったのかは私はなるべく考えないようにしたのだ。
今気にしなくてはいけないのは、目の前の椅子に座っている人物の事である。
この部屋に来るまでに見えた窓の外は、木々に覆われすっかり夜になってしまっていたせいか他に何も見えなかった。
そしてこの部屋は、しっかり窓にカーテンが閉められやはり外の様子は伺えなかったが、部屋に明かりが付けられていたのでその人物をしっかり認識する事が出来ていたのだ。
その人物は、このボロボロの部屋の中では似つかわしくない立派な社長椅子に、こちらに背を向けた状態で座っていた。
なので私から見えるのは、その白髪混じりの頭だけだったのだ。
私がじっとその人物を注視していると、椅子が音を立ててゆっくりとこちらに向いてきた。
「・・・っ!」
その人物が完全に私達の方に向いた時、私の横に立っていた藤之宮から息を詰まらせた声が聞こえたのだ。
私はその藤之宮の様子を確認する為、その人物を気にしながらチラリと藤之宮の方を伺うと、藤之宮は苦痛の表情で椅子に座っている人物を見つめていた。
「・・・麗香さん?」
「・・・やはり、光秀叔父様でしたのね」
藤之宮のその言葉を聞いて、私はその椅子に座っている人物にもう一度視線を戻す。
その人物は、さっきから見えていた白髪混じりの髪に丸々とした顔をしており、ベージュのスーツを着ているがその肥えた体でパンパンだった。
そして藤之宮が叔父様と言うように男の人であり、その表情は柔らかく笑顔で、こんな事が無ければとても感じの良い人に見えただろう。
私はその男の様子と麗香の言葉に戸惑っていると、その男の柔らかい笑顔が突然嫌な感じの笑顔に変化したのだ。
そして男はその表情のまま、麗香を見下すように見てきた。
「・・・久しぶりだな麗香」
「光秀叔父様・・・まさかと思っておりましたが、こんな事をされたのが本当に光秀叔父様でしたのね!どうして叔父様が!?私の幼い頃から、いつもあんなに優しくして下さっていたのに!!」
「ふん!あんなの演技に決まっているだろう」
「そ、そんな!」
その男の言葉に、藤之宮はとてもショックを受けた表情になってしまう。
しかしそこで、私はおずおずとしながら小さく手を上げた。
「え、え~と、お取り込み中申し訳無いんだけど・・・麗香さん、この人・・・誰?」
「何!?お前、ワシを知らんのか!?」
「あ~ごめんなさい。さっぱり知らないです!」
「なっ!!」
「・・・詩音さん、この人は・・・私のお父様の弟で私の叔父にあたる藤之宮 光秀様ですわ」
「麗香さんの叔父って事は、この人も皇族なの!?」
「ええそうですわ。・・・だから藤之宮家直属のSPの中に、光秀叔父様の手の者が入っていても分からなかったのですわ」
そう辛そうに言う藤之宮に、藤之宮叔父はニヤリと口角を上げたのだ。
「その通りだ。同じ藤之宮家直属のSPだからな、私も麗香が心配だからと言って入れさせるのは簡単だったぞ」
「っ!」
「お前はすっかり、ワシを信じきっておったようだがな」
「・・・どうしてこんな事をなさったの?」
「ふん!そもそもワシの方が、この国の皇に相応しかったのだ!なのにこの国の決まりであるあの学園に入学し、どうやったかは分からんが絶対姑息な手段で手に入れた成績で、兄上が皇に正式に決まってしまった!」
「・・・お父様が、そんな事するはずありませんわ」
「そんなはずはない!!ワシが兄上なんかに劣るわけがないのだ!!」
「光秀叔父様・・・」
鼻息荒く捲し立てる藤之宮叔父を見て、藤之宮は悲しそうな表情になる。
・・・う~んこれは誰が聞いても、ただの妬みと自分主義の思考を持った・・・面倒くさい人だね!
私はそう思いながら、まだ吠えている藤之宮叔父を呆れた目で見ていたのだ。
「・・・光秀叔父様、だけどどうして今回私達を誘拐するような真似をされたのですか?」
「ふん!いい加減お前の兄である義貴には皇太子の座から退いて貰わんと、ワシの息子が皇太子になれないからな」
「え!?光秀叔父様の息子って・・・私のお兄様と歳が一つ下である、光也さんを皇太子にと考えていらっしゃるの!?さすがにそれは・・・」
「うるさい!今は勉強も出来ず女遊びにうつつを抜かしているが、あれはわざとなんだ!ワシの息子こそが、皇太子に・・・後の皇に相応しい!!光也もそうワシに言っているのだぞ!!」
そう顔を真っ赤にさせながら、興奮した様子で叫んでいる藤之宮叔父を見て私は頬を引きつらせる。
・・・あ~親もダメダメだけど、子もダメダメなパターンだね。
私はそう心の中で思い、段々頭が痛くなってきたのだった。
「そ、それで私達を誘拐したのですの?」
「ああそうだ。義貴にはお前の身を守りたいなら、皇太子の座を退くようにとすでに脅してある。勿論ワシと分からんように細工してあるがな。そして麗香、お前には義貴が皇太子の座を退いた暁に、ワシの息子である光也と結婚して貰うぞ」
「なっ!?私と光也さんは、いとこ同士ですわよ!?」
「それぐらい分かっている!だが、いとこ同士であれば結婚は可能だろう?何も問題は無い!それよりも、元皇太子の妹になるお前と結婚すれば、ワシの息子が皇太子になるのが確定するからな!」
「そ、そんな!私は嫌ですわ!!」
「お前の意思などワシには関係ない!これは決定事項だ!!」
「なっ!」
その藤之宮叔父の勝手な言い分に、藤之宮は目をつり上げて睨み付ける。
しかしそこでふと、藤之宮は何かに気が付いて私の方に視線を向けた。
「・・・だけど、それなら何故詩音さんも一緒に誘拐なさったの?私だけで充分ですわよね?」
「・・・その娘は、あの高円寺 雅也の婚約者だろう?それもあの雅也が、周囲も呆れる程の溺愛をしている娘だとか。それだけでも充分価値はある。そしてあの何かと邪魔をしてくる、高円寺家を抑える切り札になるからな」
「そんな!?雅也や詩音さんは、関係ありませんわ!!」
「いや、高円寺家を抑えれるだけでも色々やり易くなるからな。まあ、用が済めば・・・ふむ、その美しい容姿はなかなか気に入った、ワシの愛人にしてやるから楽しみにしていろ」
「・・・っ!」
私をねっとりと見つめながら、舌舐めずりをしてくる藤之宮叔父を見て、私の体に一気に寒気が襲ってくる。
絶ーーーーーーーーー対に嫌だ!!この狸親父!!!
そう心の中で罵倒し、キッと藤之宮叔父を睨み付けるが逆にとても楽しそうな顔で私を見てきたのだ。
そうしてしっかりと私の姿を堪能した藤之宮叔父の指示で、私と藤之宮は再び元いた地下の部屋に戻されたのだった。
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