高校生最後の体育祭
─────体育祭当日。
快晴の体育祭日和の今日、生徒会長である藤堂弟の開会宣言を受けて体育祭は始まった。
私は自分のクラスの待機場所に行き、自分の出番までそこで皆の競技を観戦する事にしたのだ。
地面にシートが敷かれている待機場所の空いてる場所を見付け、私はそこに腰を下ろしたのだがその時、周りが同じ方向を見ながら何故かざわついている事に気が付く。
私はその皆の様子を不思議に思いながら、その視線の先を見て納得したのだった。
あ~相変わらず麗香さん大変だな~。
そう私は心の中で思い、苦笑しながら見つめる。
その私が見つめている先には、学園で使われている白いテントが設営されているのだが、その中に椅子に座っている藤之宮の姿があったのだ。
勿論その後ろには、しっかりと高円寺が側に立っている。
そしてその藤之宮からは、明らかに不機嫌そうな様子が伺い知れたので、多分藤之宮のお父様とお兄様から学園に要請があってのあの状況だと容易に想像出来たのだ。
私はそんな藤之宮を見ながら、藤之宮の置かれている状況では仕方がないからな~と同情していたのだった。
そうして体育祭は順調に進み、私の出番であったスプーン競争も難無く終わらして再び待機場所に戻ってきたのだ。
そしてその待機場所で、寛いでいる響の隣に座った。
「詩音、お疲れ~」
「ありがとう。響も騎馬戦お疲れ!最後の一騎になって逆転勝利するなんて凄かったよ!」
「ありがとう。でも、馬になってくれた人達が頑張ってくれたお陰だよ」
そうして私達はお互いの出場した競技の事を話していると、次の競技の始まる音が聞こえてきたので、私と響はグランドの方に顔を向けたのだ。
次の競技は、一年生によるクラス別対抗リレーだったはずだと、体育祭のプログラム表に書いてあった事を思い出していた私は、その入場してくる選手の最後尾に藤之宮がいる事に気が付き驚く。
たださすがに、高円寺は一緒では無かった。
「あら、麗香さんこの競技に出るんだ」
「そうだよ。だから詩音も、麗香ちゃんを応援して上げてね」
「勿論よ!」
そうして私と響は、藤之宮が出場するリレーをドキドキしながら観戦する事にしたのだ。
そして出場する選手が其々の持ち場に待機した所を見ると、どうやら藤之宮はアンカーであると分かった。
私は自分が出ている訳では無いのに、何故か異様に緊張してしまう。
そうしてスタートの合図と共に各クラスは一斉に走り出し、良い感じでデッドヒートが繰り広げられる。
しかし段々藤之宮のクラスが遅れだし、そして藤之宮にバトンが渡る前に大きく引き剥がされ最後尾を走っていたのだ。
これはもう、藤之宮のクラスの勝利は絶望的だと誰もが思っていた。
だがしかし、アンカーの藤之宮にバトンが渡ると、そこから藤之宮は猛スピードで先頭集団を追い掛けて始めたのだ。
「うわぁ~!麗香さん、足早い!!」
私は思わず、その藤之宮の走りを見ながら呟いたのだった。
そうして私が驚き目を見開いている内に、藤之宮はあっという間に先頭集団に追い付きそして追い抜かす。
そしてその直後、藤之宮はゴールテープを切り見事一位を獲得する。
その劇的大逆転に、観戦していた人々は大いに盛り上がり、リレーに出ていた藤之宮のクラスの子達が、大喜びで藤之宮の下に駆け寄って行ったのだ。
多分感謝の言葉を言われているんだと思うが、藤之宮はいつもの感じで顔をつんと反らしてしまている。
しかしよく見ると、その口の端が僅かに上がっているように見えるので、どうやら喜んでいるようだ。
「麗香さん、凄いね!!」
「そうだろう?・・・だって麗香ちゃん、リレーのアンカーに決まってから、毎夜密かに高円寺先輩とランニングしたりして練習してたからさ」
「そうなんだ~・・・って、いつも思うけど何で響はそんな事知ってるのよ・・・」
「ふふ、さぁ~何でだろうね~?」
私は不審な目を響に向けるが、響は楽しそうに笑いながらとぼけたのだった。
「さて、麗香ちゃんの勇姿も見れた事だし、僕ちょっとお手洗いに行ってくるよ」
「ああうん。行ってらっしゃ~い」
そう言って私は、待機場所から出ていく響を見送ったのだ。
しかし響がお手洗いに立ってからだいぶ時間が経ったのだが、全然響が帰ってくる様子が無かった。
あれ?響どうしたんだろう?お腹でも壊したのかな?
私はそんな事を思い校舎の方を振り返っていたその時、急に周りがざわつき始めたのだ。
一体何があったんだろうと思いながら何気にグランド内に視線を向け、そして私はギョッと目を剥いた。
「え!?響!?何で!?」
何故なら、そのグランド内に入ってきている出場選手の中に、何故かニコニコと笑顔を振り撒いて入場している響の姿があったのだ。
普通だったら、響はお手洗いに行ってからそのまま競技に出場したのだろうと思われるだろうが、この場合はそれに当てはまらないのである。
どうしてかと言うと、響が一緒になって歩いている他の生徒は全員二年生だったのだ。
そして響が一緒になって出ようとしている競技は、二年生の種目である『借り物競走』だったからである。
私は全く訳が分からず、唖然としながらグランド内に入っていく響を見ていると、突然放送がグランド内に流れた。
「え~突然ですが、これから始まる借り物競走に出場予定であった選手が急病になり、急遽その場に居合わせていた三年生の早崎 響さんが代わりを買って出てくれた為、今回特別に参加される事になりました」
そんな説明が、スピーカーから流れてきたのだ。
響・・・多分軽いノリで、出てあげると言ったんだろうな~。
私はその時の状況が目に浮かび、頬を引きつらせながらスタート位置に移動している響を見つめる。
そうして一人だけ、何故か三年生が混じっていると言う不思議な状況のまま借り物競走は始まったのだった。
順調に借り物競走は進み、とうとう響の番が回ってくる。
響は他の二年生に混じり、スタート位置に着くとスタートの構えを取った。
そしてスタートの合図と共に、一斉に走り出したのだ。
さすがに足が早いだけあって、一番乗りで借り物が書かれた紙が入っている封筒の場合まで到着した響は、一枚の封筒を手に取り中から一枚の紙を取り出す。
そして響はその紙をじっと見つめ、何か考えるようにその場で動かなくなってしまったのだ。
しかしすぐに何かに気が付き、キョロキョロと周りを見回した。
するとすぐに目的のものが見付かったのか、響は迷う素振りも見せずその場に向かってスタスタと歩き出したのだ。
私はその響の姿に、なんだかデジャヴを感じていた。
そして響は、目的の場所である藤之宮がいるテント前まで到着すると、高円寺に何か一言言ってからあっという間に椅子に座っていた藤之宮を横抱きに抱え上げたのだ。
藤之宮は突然の事に最初呆然としていたが、次第に状況を理解し顔を真っ赤に染めて響の腕の中で暴れだしていた。
しかし響はそんな藤之宮を楽しそうに見ながら、猛スピードでゴールに向かって走り出したのだ。
・・・あ~麗香さんの今の気持ちよ~く分かるよ!!と言うか、端から見るとあんな恥ずかしい事、私二年連続でさせられていたのか・・・。
私は去年と一昨年の借り物競走での出来事を思い出し、今更ながらとても恥ずかしくなっていたのだった。
そうこうしているうちに、響は藤之宮を抱き上げたまま一位でゴールテープを切り、まだ暴れている藤之宮を胸に抱いたまま、マイクを持った係りの人に借りてくる物の書かれた紙を手渡す。
「え~早崎さんの借りてくるものは・・・『大事なもの』ですか・・・」
「うん!僕にとって、麗香ちゃんは一番大事なものなんだ!」
係りの人に確認でマイクを向けられた響は、笑顔でそんな事を堂々と言い切った途端、グランド中の女生徒から悲鳴に似た声が至る所から上がったのだ。
そして胸に抱かれたままの藤之宮は、そんな響を目を見開いて見つめながら、顔を真っ赤に染め魚のように口をパクパクさせていた。
「あ~えっと・・・はい。認めます」
係りの人の認定を受けると藤之宮はさらに激しく暴れだし、なんとか響の腕の中から逃れると猛ダッシュでその場から逃げ出してしまったのだ。
響はそんな藤之宮の後ろ姿をニコニコと見つめ続けていたので、私はチラリと高円寺の方を見ると、高円寺は苦笑しながら逃げていった藤之宮を追い掛けて行ったのだった。
なんだかんだあった借り物競走も終わり、その後は順調にプログラムは進んでとうとう最後の競技だけとなったのだ。
ちなみに藤之宮は、あれから高円寺に付き添われ再びテントに戻ってきたのだが、一切響のいる方に視線を合わせようとはしなかったのだった。
私と響は、最後の競技である学年別男女混合対抗リレーに出場する為、入場口に向かったのだ。
そこで日下部達と合流し、入場の合図でグランドに入っていった。
私はとうとう体育祭最後の競技だと思い、少し寂しさを感じながら歩いていると私の後ろを歩いていた響が、歩きながら小声で私に話し掛けてきたのだ。
「ねえねえ、詩音」
「ん?何?」
「・・・これが僕達高校生最後の体育祭なんだし、最後に二人で皆をあっと驚かせない?」
「はぁ?驚かせるって何するつもりなの?」
「僕達二人、この対抗リレーを本気で走ってみようよ」
「・・・それは」
「どう?きっと皆驚くと思うけど?」
そう言って響は悪戯っ子のような顔で笑っていたので、私はそんな響を見て暫し思案した後、ニヤリと口角を上げる。
「・・・そうね。もう最後だし、良いよ!」
そうして私達は他の人にバレないように笑い合い、其々のスタート位置に別れて行ったのだ。
そしていよいよ対抗リレーがスタートした。
スタートして暫くは三学年共とても良い勝負をしていて、なかなか距離が離れなかったのだが、後半になるにつれて段々一年生が引き剥がされていく。
そして次第に二年生も遅れだし、今年は三年生の独走状態になったのだ。
しかし今年は、アンカーでは無かった藤堂弟が走り出すと、あっという間に三年生との距離を縮められそして抜かされてしまった。
そうしてそんな状態のまま、いよいよ私の番が回ってこようとしたのだ。
私はスタート位置に立ち、こちらに走ってくる三年生の男子を見てから、私の次の走者である響に視線を向ける。
すると響は私の視線に気が付き、ニヤリと笑いながら頷いてきたので私も同じように笑い頷き返した。
そして私よりも先にバトンを受け取った二年生が走り抜けていく姿を確認しながら、息を切らせて必死に私にバトンを渡してきた男子からバトンを受け取ると、私はすっと表情を無くして全速力で走り出したのだ。
そうしてあっという間に先を行く二年生を追い抜き、すぐに次の走者である響の下まで到着すると、流れるような動きで響にバトンを手渡した。
すると響も私と同じようにすっと表情を無くし、全速力でゴールに向かって走り出していく。
そして二年生が漸くアンカーにバトンを手渡したぐらいに、丁度響がゴールテープを切っていたのだった。
しかし普通なら、ゴールしたと同時に歓声が沸き起こるものなのだが、今はシーンと静まり返っている。
何故なら皆、唖然とした表情で私と響を交互に見ていたのだ。
だがそんな中、二年生そして一年生がゴールすると漸く状況が飲み込めたのか、段々歓声が聞こえてきて最後には大歓声が巻き起こった。
「詩音!やったね!」
「響!上手くいったね!」
ゴールし終えた響が、私の下に笑顔で駆け寄ってきて手を上げてきたので、私も笑いながら響にハイタッチする。
「・・・お前ら、マジで無敵だな」
そんな私達を見ながら、日下部が呆れた表情で近寄ってきたのだった。
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