疑惑浮上

 私が舞台上に上がると観客席から息を飲む音が聞こえ、私はゆっくりと視線をその観客席に向ける。すると皆惚けた表情でこちらを見ていた。


 さらに視線だけ移動すると午後から来ていた、お父様とお母様の姿が目に入る。


 しかし劇が始まってそう時間が経っていないのに、もうすでに号泣しているお父様には、正直心の中で呆れてしまった。


 そんなお父様の隣でお母様は、ニコニコ微笑みながらお父様の涙をハンカチで拭き取ってあげていたのだ。


 相変わらずの二人に苦笑が溢れそうになったが、今は劇の最中だと思い出しグッと堪える。


 私はさらに視線を移動させると、劇を観るのにとても見やすい位置に座っている高円寺達四人に気が付いた。


 榊原と藤堂は楽しそうな表情でこちらを見ていたのだが、隣に座っている桐林が、先程よりもさらに眉間に皺を寄せた険しい表情でじっと私を見ていたのだ。


 何か劇中で気になる点でもあったのかと不思議に思いながら、何気にその隣にいる高円寺に視線を向けると、そちらは何故かとても困惑しているような表情をしていたのだった。


 始まって間もない間に、一体二人の思いに何があったのかは知らないが、とりあえず今は劇に集中する事にしたのだ。




「はぁ~わたくし、どうしてもあの華やかな舞踏会の雰囲気は苦手だわ・・・それに比べて、ここは誰もいなくてとても落ち着く」




 そうため息を吐きながら、真ん中に設置されているベンチに腰を下ろす。


 そして私は、ワイヤーで吊り上げてある満月を憂いを込めた表情で見上げた。




「今日はとても綺麗な満月ね。こんな日は、部屋でゆっくりと夜空を見ていたかったわ」




 私はそこでもう一度ため息を吐き、そして観客の方に顔を向けてから目を閉じる。


 するとそのタイミングを見計らって、音響担当が静かで幻想的な音楽を流してくれた。


 私はその音楽を聴きながら一度深く深呼吸をして、そしてその音楽に合わせて歌を歌い出したのだ。


 暫く目を閉じたまま心のままに歌を歌い、そしてゆっくりと立ち上りながら目を開いていき、今度は観客席にいる人々の顔を見ながらさらに気持ちを込めて歌を歌い続ける。


 その観客席にいる人々がうっとりとした表情で、私の歌に聞き入ってくれている様子に、どうやら上手くいっているようだと実感した。


 その皆の様子に心の中でホッとしていると、ふと先程の二人の様子が気になり、動きが変にならないように自然に高円寺と桐林の方に視線を向ける。


 すると視線を向けた先にいた桐林は、相変わらず難しい顔をしたままこちらを見ているのだが、隣にいる高円寺の方が先程と打って変わって、酷く驚いた表情で唖然と私を見ていたのだ。




・・・何がそんなに驚く事があったんだろう?




 その高円寺の様子を不思議に思いながらも、私は歌を歌いきりもう一度ベンチに座り直そうとしたその時、王子役のカルが登場してきた。


 その瞬間、カルの王子様姿に至る所から黄色い声が上がる。


 確かにカルは外国人風の顔立ちだから、王子様の格好がよく似合っていたのだ。




「なんと美しい歌声の姫だ。さらにそのお姿も、まるでこの月のように輝くばかりに美しい・・・私は月の女神が降り立ったのかと思いました」


「あ、貴方は?」


「失礼しました。私は海を越えた国から来た王子です。貴女は・・・見た所、この国の王子と双子の妹姫とお見受けしますが?」


「は、はい、その通りですわ」


「やはりそうでしたか・・・私は夜風に当たろうと外に出た所、貴女のお美しい歌声が聞こえてきて、その歌声に誘われここに来たのです・・・そして貴女のお姿を見て、私は一瞬で恋に落ちました」


「え?」


「どうか私の思いを、受け入れて頂けないでしょうか?」


「そ、そんな事急に言われましても・・・わたくし・・・」


「姫!」




 カルが真剣な表情で詰めよって来たので、私は一歩後退し怯えた表情をする。




「ごめんなさい!わたくし、これで失礼致しますわ!」


「姫!!」




 私はサッと踵を返し呼び止めてくるカルを振り返らず、慌てた様子で舞台袖に走って捌けて行ったのだった。




「詩音お疲れ~!」


「ありがとう。・・・ふぅ~やっぱり本番は緊張するね!」




 舞台袖へ戻った私に、響が労いの言葉を掛けてくれる。


 私は緊張で吹き出た額の汗を、用意してあったタオルで化粧が取れないように気を付けながら拭き取った。


 暫くすると一人舞台上に残っていたカルも戻ってきて、私達は次の場面の準備に取り掛かったのだ。






 そうして順調に劇は進み、クライマックス部分である魔王を倒したカルと響に、私と響の相手役の女の子が結婚の申し込みをされ、それをはにかみながら受け入れた私達は、それぞれの国のセットで幸せなそうに寄り添って幕が降りた。


 幕の向こうから盛大な拍手が聞こえてくるので、私達はその拍手の量に成功を確信し、喜びながら出演者は全員舞台上に横並びで勢揃いして、もう一度幕を上げる。


 そして幕が上がっても拍手をし続けてくれる観客に、私達は一斉にお辞儀をして感謝を示した。


 お辞儀を終えた私は手を振ってその拍手に応えていると、突然隣に立っていたカルが身を屈め、私の頬に軽くキスをしたのだ。




「なっ!!」




 至る所から悲鳴が上がる中、私はキスされた頬を手で押え顔が赤くなっているのを実感しながら、唖然とカルを見上げる。


 しかし当のカルは、全く悪びれた様子も無くニコニコと微笑みながら私を見ていたのだ。


 私はそんなカルに呆れた表情をし、視線を観客席に向ける。


 すると私の視界に鬼のような形相のお父様が見え、その隣のお母様はとても楽しそうに私を見ていたのだ。


 そんな二人に私は頬を引きつらせ、そう言えばと思い出し高円寺達の様子を見る。


 だが正直、そこを見なければ良かったと後悔した。


 何故なら、高円寺達四人が凄い形相でカルを睨み付けていて、そこだけなんだか黒いオーラが漂っているように見えたのだ。




うわぁ・・・暫くあの四人に近付かないでおこう。




 そう心の中で密かに誓っていると、再び悲鳴が至る所から上がった。


 その悲鳴を上げた女性達の視線を追うと、響が相手役の女の子の頬にキスをしている所だったのだ。


 響はすぐに顔を離すが、キスされた方の女の子は顔が茹でダコのように真っ赤に染まり、その場で崩れ落ちてしまう。


 慌てた周りの出演者がその女の子を支え、それを見ていた委員長が裏方メンバーにすぐ幕を下ろすように指示を出し、大混乱のまま舞台は幕を閉じたのだ。


 その後委員長に、カルと響はもうこんな事はやらないようにと厳重注意を受ける。


 そうして残り二日間は特に問題も起こらず、沢山の観客数を集め大盛況で学園祭が終わったのだった。






     ◆◆◆◆◆




 桐林は難しい顔をしたまま、響達が劇を公演する講堂にやって来る。


 そして先に講堂に来て、席を取ってくれていた高円寺達に合流したのだ。




「豊・・・大分時間ギリギリだが、そんな大変な用事だったのか?」


「いや、用事自体はすぐに終わった。ただその後にちょっとな・・・」


「・・・どうかしたのか?」


「・・・今はまだ、ちょっと頭の中で整理している所だ。だから・・・それがハッキリしたら言う」


「・・・分かった。まあ、よく分からないが、あまり根を詰めるなよ」


「ああ・・・」




 そう言いながらも、桐林は眉間に皺を寄せながら高円寺の隣で考えに耽り出した。


 高円寺はそんな桐林を心配していたが、突然照明が暗くなり劇が始まるアナウンスが入ったので、とりあえず今は劇を観るのに集中する事にしたのだ。


 実は高円寺は、この劇を凄く楽しみにしていた。


 どうやら今回の劇中で、響が歌を歌う事を事前に聞いていたので、高円寺は漸く木陰に隠れて聴くのでは無く、堂々と響の歌を聴く事が出来るとあって、あまり表情に出していないが今かいまかと始まるの待っていたのだ。


 ちなみに高円寺は、劇の練習中に見学に行こうとしていたのだが、何故か響のクラスメイトの何人かが練習場の入口で立っていて、その練習風景を見学させて貰えなかった。


 その理由を聞くと、練習風景を見せずに当日見せた方がインパクトがあり、人気投票に上手く繋がる筈だからと。


 それを聞いた高円寺はなるほどと納得し、無理に見ようとはせず当日までの楽しみに取っておく事にしたのだ。


 ただ時々聴こえてくる練習中の響の歌声に、高円寺を含め学園内にいる人々がうっとりと聞き惚れていたのだった。


 そうして幕がゆっくり上がっていくのを高円寺は見ながら、そう言えば響の妹の詩音も今回歌う事を思い出し、それはそれで楽しみだと思っていたのだ。






 劇が始り、今舞台上では貴族の格好をした生徒達が男女ペアで流れてくる音楽に合わせダンスを踊っていた。


 その中心で王子姿の響と、その相手役だと思われるドレスを着た女生徒が、微笑み合いながらダンスを踊っている。


 そして一通り踊り終わると響は一人中央に進み出て、舞踏会に来てくれたお礼に歌を披露すると言ったのだ。


 高円寺は、予想よりも早く響の歌声が聴ける事になって驚いたが、すぐにしっかり聴く体勢を取る。


 すると舞台上で先程と違う音楽が流れ出し、響は一度大きく深呼吸をしてから歌を歌い出したのだ。


 その瞬間、高円寺は目を大きく見開き耳を疑った。




「うわぁ~響君の歌声初めて聴くけど、上手いね~!」


「確かに上手い!・・・だけど、去年の夏に聞いた詩音さんの歌声の方がもっと凄かったよな」


「あ~確かに~!あれは衝撃的な上手さだったよね~!」




 そんな事を榊原と藤堂が話していたが、高円寺はあまりの驚きでその話が耳に入って来なかったのだ。




「・・・違う」


「・・・雅也?」




 高円寺の呟きに、怪訝な表情で桐林が高円寺の方を見て声を掛けるが、高円寺はそんな桐林の声も聞こえずじっと響を見続けていた。


 桐林はそんな高円寺の様子が気にはなったが、とりあえず今は自分の考えをまとめたいと思い、高円寺をそのままにして再び舞台上にいる響を険しい表情で見つめる。


 そうして響の歌が終わり、場面が切り替わるようで舞台上が暗転した。


 そしてすぐに舞台に光が戻るが、今度は先程の華やかな舞踏会場のセットでは無く、夜の中庭風のセットに入れ替わっていたのだ。


 さらに幻想的な雰囲気を出そうとして、照明は少し薄暗くしてあった。


 するとそこに、淑やかに歩くお姫様姿の詩音が登場する。


 その瞬間、至る所から息を飲む音と感嘆のため息を溢す声が聞こえてきたのだ。


 そしてそれは榊原と藤堂も同じ事だったのだが、先程一度詩音を間近で見ていた桐林と、いまだに衝撃から立ち直れず困惑し続けている高円寺だけは、他の人と違う表情をしていたのだった。


 そうしている内に舞台上では詩音がセリフを言い始め、そしてゆっくりとベンチに座ると、憂いた表情で吊り上げてある満月を見つめる。


 暫し満月を見つめていた詩音はため息を吐き、観客席に顔を向け目を閉じた。


 すると静かな音楽が流れ始め、その幻想的で美しい詩音の姿に観客は皆虜になる。


 その姿に高円寺達も魅入っていると、詩音は目を閉じたまま深く深呼吸をし、そしてその愛らしい口から歌が紡がれたのだった。


 しかしその歌声を聞いた瞬間、高円寺に衝撃が走ったのだ。




「・・・やっぱり詩音ちゃんの歌声、凄く綺麗だよね~」


「ああ本当に・・・まさに天使の歌声と言ってもおかしくないよな」




 そう言って榊原と藤堂が、うっとりと詩音の歌声に聞き入っているが、高円寺の頭の中は今大混乱が巻き起こっている。


 確かに去年の夏に詩音の歌声を聞いたが、遠い位置から聞いていた為、響の歌声とよく似ているなと思っていたぐらいだった。


 しかし、この声のよく通る講堂でしっかりと詩音の歌声を聞き、その歌声があの裏山で聞いていた響の歌声と全く同じ事に高円寺は驚いていたのだ。




「・・・どう言う事だ?」


「・・・っ!雅也!?」




 唖然とした表情で呟く高円寺を、桐林は驚いた表情で見る。


 何故なら高円寺の呟いた言葉が、先程劇の前に響と詩音と一緒にいた時に呟いた言葉と全く同じだったからだ。


 だが当の高円寺は、唖然とした表情で詩音を見つめたまま動かなくなってしまっていたので、桐林はその様子を見てある考えが浮かび、そして自分の考えていた仮定と照らし合わせる事に頭を働かせ始めたのだった。


 そうして劇は進み、最後はハッピーエンドで終わって幕が降りる。


 幕が降りると観客席から大きな拍手が巻き起こり、そしてゆっくりと幕が再び上がった。


 そこには出演者達が横並びにずらりと勢揃いしていて、幕が上がりきると一斉に観客席に向かってお辞儀をしたのだ。


 それを見た観客達は、先程よりも大きな拍手を出演者達に送ったのだった。


 するとその拍手に喜んでいた出演者達の中で、カルがある行動をして会場内の至る所から悲鳴が上がる。


 その行動とは、隣に立っていた詩音の頬に軽くキスをしたのだ。


 その行動に、出演者を始め観客達がざわつきだす。


 しかしその行動を見ていた高円寺達四人は、何故か腹の底から激しい怒りが湧いてきて、鋭くカルを睨み付けていていたのだ。


 だがそんな中、再び悲鳴が至る所から上がった。


 それは響が相手役の女の子の頬に、カルと同じようにキスをしたからだ。


 しかし四人はその響の行動に、何も感情が湧いて来なかった事に戸惑う。


 前までなら、そんな響の行動に何かしら思う事があった筈なのに今回は何も感じず、むしろ詩音にキスしたカルが憎くて堪らなかったのだ。


 そんな自分達の変化に困惑している内に、響のキスで顔を真っ赤に染めてその場に崩れ落ちてしまった女の子を支えながら、慌てたように幕が降りてしまったのだった。


 そうして公演も終わり、観客達は続々と講堂から出ていく中、高円寺達はいまだに困惑した表情で座っている。


 するとある結論が頭に浮かんだ桐林が徐に立ち上り、真剣な表情で三人に顔を向けたのだ。




「・・・少し話がある。この後ちょっと俺と一緒に来てくれないか?あと・・・そこで雅也に確認したい事もある」


「・・・分かった」


「うん・・・良いよ~」


「俺も問題無い・・・」




 桐林の言葉に、高円寺、榊原、藤堂がまだ戸惑っている表情のまま応え、そうして四人は人気の無い教室に向かって講堂を後にしたのだった。

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