公演開始
昼食を手早く済ませた私は、劇の役であるお姫様の豪華なドレスを纏い、人気のない廊下を焦りながら走っていた。
「ヤバイ!遅れる!!」
化粧もバッチリ施しいつでも劇に出れる状態の私が、何故こんな所を走っているのかと言うと、衣装部屋に使っている教室に劇で使う小道具を忘れてきてしまっていたのだ。
他の皆はもう講堂に集り劇の準備をしているので、私も急いでその場所に戻る為、ドレスの裾を持ち上げひたすら廊下を走っていた。
「痛!!」
突然髪の毛が強く引っ張られ、私の頭が後ろにガックと仰け反る。
私は痛みに涙目になりながら、引っ張られている髪の先を見る為後ろを振り返ったが、そこには誰もいなかったのだ。
それなら何に髪の毛が引っ張られているのか、疑問に思いながら自分の髪を目で追うと、そこには学園祭用に置かれている造花のオブジェに私の髪が絡まっていた。
私は役柄的に、髪の毛を纏めずそのまま後ろに流すようにしていたので、走っている時に髪が舞ってそのオブジェに絡まってしまったようなのだ。
急いでその絡まった髪を解こうとしたが、焦れば焦るほどどんどん絡まっていく。
「もー!この急いでいる時にーーー!!」
内心冷や汗をかきながら、必死に手元を動かしていると・・・。
「ん?そこにいるのは・・・もしかして詩音さんか?」
「え?」
唐突に後ろから声を掛けられ、私は驚きながら首だけ声のした方に振り返る。
するとそこには、不思議そうな表情でこちらに歩いてくる桐林がいたのだ。
「ゆ、豊先輩!?」
「そろそろ公演の時間では・・・ああ、髪が絡まってしまっているのか。・・・少し待ちなさい、今取ってあげよう」
そう言って桐林は私に近付き、後ろに回り込んで優しく私の髪に触れてきた。
「あ、ありがとうございます」
「気にしなくて良いから、少しじっとしているように」
「・・・はい」
そうして桐林は、オブジェから私の髪を外し始めたのだ。
「・・・詩音さん、すまないが少し髪を持ち上げるよ?」
「はい、どうぞ」
私の許可を得た桐林が、髪を纏めて上に持ち上げた。すると私のうなじが露になって首元がスウスウする。
その感覚になんだか落ち着かなくなり、体がモジモジと動き出してしまう。
「動かない!」
「す、すみません!」
桐林の鋭い声に、私は体をビクリと反応させ背筋をピーンと伸ばし動かないようにした。
「あともう少しだから・・・ん?こんな所に・・・ああホクロか」
「ひやぁ!」
急にうなじに息が掛かり、私は思わず変な声を上げてしまったのだ。
「ああすまない。ちょっと気になる物が見えたのでな。しかし・・・さすがは双子だな。ホクロの位置まで一緒だとは・・・」
「え?豊先輩何か言いましたか?」
「いや、そんな重要な事ではないから気にしなくて良い・・・よし、これで全部取れたぞ」
そう桐林が言うと同時に引っ張られている感覚が無くなり、漸く自由に動く事が出来るようになった。
私は桐林の方に体を向け、頭を下げてお礼を言う。
「豊先輩、本当にありがとうございました!」
「さっきから何度も言ってるが、べつに気にしなくても良い。だが・・・だいぶ髪が乱れてしまっているな。今櫛を持っていないからこれで我慢してくれ」
そう言って桐林は頭を上げた私の髪を、手櫛で優しく漉いて整えてくれたのだ。
私はなんだか恥ずかしくなり、顔が熱くなりながら黙って桐林に身を任せていた。
「よし、これで大体大丈夫だろう。だが、公演前にはもう一度ちゃんと髪を整えるように」
「はい、ありがとうございます」
「しかし・・・去年は、君の兄である早崎君のドレス姿を見たが・・・やはり姿は似ていても、本物の女性である君の方が断然よく似合っているな。・・・とても綺麗だ」
「あ、ありがとうございます・・・」
桐林は私を上から下までじっくりと眺め、感心したように頷いていたのだ。
しかし、その去年ドレスを着ていた人物も私であるので、正直とても複雑な気分になっていたのだった。
「そう言えば・・・皇さんはあれからどうなったんですか?」
「ああ、あの男か・・・あの後、丁重に帰って貰ったよ」
「丁重・・・ですか・・・」
「そうだ。丁重に、だ」
「そ、そうですか・・・」
話題を変えるつもりで聞いてみたのだが、何故だかこれ以上聞いてはいけないような気がして、頬を引きつらせながら話をそこで終わらせたのだ。
「・・・お~い!詩音、何処~?」
なんだか気まずくなっていた所に、遠くから私を呼ぶ響の声が聞こえ、私はその声にホッとしながら響の声がした方に体を向ける。
「響~!ここにいるよ~!」
「・・・・あ!いた!探したんだよ?もうすぐ始まるのに、なかなか戻って来ないからさ」
「ごめんごめん!ちょっとトラブっていたからさ」
「トラブル?」
「あ、大した事無いから大丈夫だよ。この豊先輩に助けて貰ったからさ」
「・・・あ、豊先輩、気が付かなくてすみません。それに詩音が何か助けて貰ったみたいで、ありがとうございます」
「いや、それよりも時間は大丈夫なのか?」
「そうだった!詩音、皆心配してるから急いで戻ろう!」
「うん!・・・あ!ちょと響待って!襟元から糸が出てる!」
「え?そうなの?」
「・・・もう時間無いし手で引っこ抜くから、響自分で襟足持ち上げてて!!」
「うん、分かった」
そう言って響は、私に背を向け襟足を持ち上げる。
私は急いで響の襟元から出ている糸に手を掛けると、勢いよく引っこ抜いたのだ。
なんとか途中で切れず綺麗に取れた事に満足していると、ふと顔のすぐ横に何か気配を感じ何気無くその方向に視線を向ける。
するとそこには、険しい表情をしている桐林の顔がすぐ近くにあったのだ。
「ゆ、豊先輩!?」
「・・・・」
私は驚きの声を上げ身を離すが、桐林はそんな私の様子など気にも止めずじっと響のうなじを見つめていた。
「・・・どう言う事だ?」
桐林は響の襟元から顔を離し、顎に手を当てて何かブツブツと呟きながら一人考えに耽ってしまう。
「・・・詩音まだ~?」
「あ!ごめん響!もう良いよ!」
桐林の様子が気になり、すっかり響の事を忘れていた私は、慌てて響にもう終わった事を告げる。
私の言葉を聞いて漸く手を下ろす事が出来た響は、少し乱れてしまった後ろ髪を自分で手早く直すと、困ったような表情で私に振り返ってきたのだ。
「ねえ詩音、本当に時間ヤバイと思うんだけど・・・」
「あああ!そうだった!豊先輩、色々ありがとうございました!私達急いでいるのでこれで!!」
そう慌てて言う私を桐林はまだ険しい表情で見てきたが、そのまま無言で頷いてくれたので、私はもう一度桐林に頭を下げてから、響と共に大急ぎで劇を公演する講堂に向かって走って行ったのだった。
舞台袖の控え室に到着し皆に遅くなった事を謝ると、私は衣装担当の子に慌てて乱れてしまった髪や衣装を手早く整えて貰い、すぐに舞台袖にスタンバイする。
そこには他の出演者達がすでに待機していて、私もその中に入って行く。
「詩音、だいぶ遅かったけど何かあったの?」
「まあ~う~んちょっとね。ただ、大した事じゃ無かったから気にしなくて良いよ」
私の姿を見付け近付いてきた王子様姿のカルが、心配そうに聞いてきたけど、私は微妙な表情をして曖昧に答えたのだった。
「じゃあそろそろ幕開くぞ!最初は響君からだからスタンバイよろしく!」
「了解!じゃあ詩音行ってくるね」
「うん。あ、セリフ間違えないようにね!」
「は~い」
貴族の格好をした委員長の指示で、響とその相手役の女の子とその他の出演者が、まだ幕の下がっている舞台に上がっていく。
私はそれを、ドキドキと緊張しながら見送ったのだった。
『ある王国に輝くばかりに美しい双子の王子と姫がいた。
ある日その国で舞踏会が開かれ、様々な国から王子や姫が集まってくる。
そしてその舞踏会で、双子の王子と姫は運命の相手と巡り会う事になった。
兄の王子は舞踏会場にいた隣国の姫に一目惚れし、その姫も王子に一目で恋に落ちる。
一方妹の姫は、元々華やかな舞踏会を得意としていなかった為、密かに舞踏会場から抜け出し中庭で一人夜風に当たっていた。
するとそこに、海を渡った国からやって来ていた王子が現れ、姫の美しい歌声と姿に一瞬で恋に落ちたのだ。
王子はその場ですぐ姫に思いを告げるが、姫は突然現れた王子の告白に戸惑いその場から逃げ出してしまう。
しかしその後、王子からの誠意ある態度や優しさに、姫も次第に王子に惹かれやがて二人は恋人同士となる。
そうして双子の王子と姫は、それぞれ運命の恋人を得て幸せな日々を過ごしていた。
だがある時突然王国に魔王が現れ、双子の王子の恋人である姫と妹の姫を拐って行ってしまったのだ。
兄の王子は妹姫の恋人である王子と協力し、数々の試練を乗り越え魔王のいる城に辿り着く。
苦戦を強いられながらも、二人の王子は力を合わせ魔王を打ち倒し、二人の姫を無事救出する事が出来たのだ。
そして王子達は自分の恋人である姫に結婚を申し込み、それを受け入れてくれた姫とそれぞれの国で末永く幸せに暮らしたのだった。』
これがこの劇の大まかなストーリーである。
そして今舞台上では舞踏会のセットの中で、響が相手役の女の子と楽しそうにダンスを踊っていた。
私はそれを舞台袖で見ながら、次にある場面で初登場する私はセリフを頭の中で何度も復唱する。
すると舞台上から響の歌声が聞こえてきた。
「相変わらず、響は歌上手いね」
「・・・確かに上手いけど、詩音の方がもっと上手いよ?」
「そうかな?」
「そうだよ」
カルにそう言われるが、私は全くそんな実感が無かった。
そうこうしている内に響の歌も終わり、舞台上は暗転して舞台転換の為大道具メンバーが急いでセットを入れ換える。
そしてセッティングが終わると、舞台に薄暗い光が射したのだ。
「詩音頑張ってね~!」
「うん!・・・でも響も少ししたら、またすぐ出番だから段取り忘れないようにね」
「は~い」
「じゃあカル先に行くね」
「うん、頑張って」
カルと響に見送られ、私はしずしずと中庭風にセッティングされた舞台上に足を踏み入れたのだった。
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