氷の大将再び
「何故俺が、お前の妹と試合せねばならんのだ」
「・・・僕の妹、僕より強いですよ?」
「・・・何?」
響の言葉に、皇は眉をひそめじっと響の顔を見る。
いやいや!響より強いって何!?・・・確かに、何回か響に勝った事はあるけど、ほとんど互角だったじゃない!!お願いだから私を巻き込まないでーーーーーー!!!
そうカルの影から響に向かって念を送っていたのだが、当の響は私の思いを知ってか知らずか、ニコニコと皇に笑顔を向けていた。
「どうせなら僕より強い妹と戦って勝てば、確実に皇さんの方が強いと証明出来ますよ?」
「・・・その妹は何処に?」
「さっき驚きの声を上げてた・・・その子ですよ」
そう言って響は、カルに隠れている私を指差してきたのだ。
響ーーーーーーーーー!!!
私が響に対して心の中で怒りの叫び声を上げていると、皇がゆっくりと私の方に視線を向けてきた。
すると私と視線が合った瞬間、あまり表情の変わらない皇が目を大きく見開き呆然と私を見つめてきたのだ。
「す、皇さん?」
「・・・可憐だ」
「え?」
カルの後に隠れながら皇を伺い見ていた私に、そんな事をポツリと呟いてきた。
「・・・早崎 響、あの可憐な女性が、お前の妹だと言うのは見てよく分かった。しかし、女顔のお前とそっくりだと言う事は・・・双子か?」
「そうだよ。双子の妹だよ」
「そうか・・・だがお前と違って妹の方は、とても可憐でか弱い女性に見えるが・・・本当にお前より強いのか?」
「うん。凄く強いよ!」
「ちょっ!響!!」
「・・・分かった。君、すまないが、一度俺と手合わせしてくれないか?」
「えっ?・・・えええ!?」
真剣な表情で申し込んでくる皇に、私は驚きの声を上げたのだ。
結局あの後何だかんだで響に言い含められ、私達はこの時間空いている剣道場に移動した。
そしてすまなそうにしている藤堂兄から、剣道着と防具を借り身支度を整える。
チラリと剣道場内を見回すと、何処からか聞いてきたのかギャラリーが続々と集りだしていたのだ。
何で私、詩音に戻れたのにまたこんな事してるんだろう・・・。
私は周りの様子を面越しに見ながら、大きなため息を吐く。
「・・・詩音姉様、大丈夫ですか?」
「健斗君・・・心配してくれてありがとう。私は大丈夫よ」
私を心配そうな表情で見つめながら、藤堂弟は竹刀を手渡してくれたのだ。
ちなみに藤堂弟が私をお姉様と呼んでくれているのは、響の紹介で顔を会わせた時に、憧れの響の妹である私に最初っから懐いてくれたので、それなら響を兄様と呼ぶなら私も姉様と呼んでと頼んだのだった。
「うん!相変わらずよく似合っているね!」
「・・・響。他人事のように言ってるけど、本来これは響がやる事だったと思うんだけど!そもそも何で私なのよ!!」
「だって・・・確かに僕が試合しても良かったんだけど、あの皇さんって結局僕が勝った場合、どうせまたしつこく再戦挑んで来るタイプなんだよね?だったらこの際、僕より強いと伝えてある詩音と試合させて負かせば、さすがに相手は女の子だからしつこく再戦挑んで来る事は無いと思ったんだ。そんな男らしく無い事、するようには見えなかったからさ」
「・・・なるほど、それは確かに一理あるわね。・・・はぁ~分かったわ。あまり気は乗らないけど、これ以上ギャラリー増えて欲しくないからさっさと試合終わらせてくるね」
「頑張ってね~」
「・・・響、後で覚えておきなさいよ」
楽しそうな笑顔で見送る響を睨み付けた後、私は試合場に向かって歩き出す。
その時チラリと高円寺達の方を横目で見ると、皆とても心配そうな表情でこちらを見ていたのだ。
だがその中で三浦とカルだけは、なんだか複雑そうな表情をしている。
まあ普通に考えたら、いくら剣道の強い響の妹とは言え、つい最近まで体調不良で休学していた程の女の子が、他校のそれも剣道の強豪と言われている学校の大将と試合するとなれば、そりゃ誰だって心配するよね。
そう思い私は今のこのおかしな状況に、面の中で乾いた笑いを溢していたのだった。
藤堂兄が頼んでくれた主審の前に私が立つと、皇も防具に身を包んだ姿で私の前に立ったのだ。
ただその面から少し見えるその目には、まだ戸惑いの色が浮かんでいる。
その様子に私は苦笑しながらも、主審の指示でお互い礼をしそして竹刀を構えた。
・・・じゃあ皇さんには悪いけど、とっとと終わらせて貰いますか。
そう思うと同時に、私はスッと表情を無くし眼光だけ鋭く皇を見据える。
すると私の表情を見た皇が、一瞬驚きに目を瞠ったかと思ったらすぐに無表情に戻り、真剣な眼差しで私を見てきたのだ。
それを見た私は皇が本気になったのを悟り、竹刀を持つ手に力を込めこちらも本気で行く覚悟を決めた。
「始め!」
「「はぁぁーーーー!!」」
主審の合図と共に、私と皇は一斉に間合いを詰めすぐに鍔迫り合いを始める。
くっ!前の時、鍔迫り合いをしなかったから分からなかったけど、やっぱり健司先輩と互角だと言われるだけあって、さすがに強い!!・・・だけど、負けるつもりは無いから!!
私はそう心の中で闘志を燃やし、皇に鋭い目を向けた。
すると皇はそんな私の目を、面越しにじっと見つめてきたのだ。
ただその表情からは、何を考えているのかさっぱり読み取れなかったので、とりあえず今は勝負に集中する事にした。
私は皇の力に押される振りをして一歩後退をすると、皇はそれに反応してさらに一歩足を進め力を強めてきたのだ。
その動きを待っていた私は、スッと竹刀の力を抜き横に素早く移動する。
すると力を入れ過ぎていた皇は、そのまま前によろけてしまう。
私はその隙を見逃さず、ダンと床を大きな音を出して踏みしめると同時に軽々とジャンプをし、持っていた竹刀をまだ体勢を整える事の出来ていない皇の頭に、激しく打ち付けたのだ。
「面ーーーーー!!」
「い、一本!!」
少し動揺している主審の声と共に、私の色である赤い旗を主審が高々と上げた。
私はそれを床に着地しながら目で確認し、そしてゆっくりとその場に立ち上がる。
もう一度主審の上げている旗を確認した後、私は皇の方を見ると、皇は竹刀を床に落とした状態でそのまま固まってしまっていた。
私はその姿に少しやり過ぎたかと同情したが、これは勝負だから仕方がないと思う事にして、黙って開始位置に戻ったのだ。
しかしそこで、私は剣道場内がシーンと静まり返っている事に気付き、周りの様子を見てみると何故か皆唖然とした表情でこちらを見ていた。
ただその中で響が腹を抱えて俯き肩を震わせ、その響を呆れた表情で見ている三浦とカルの姿が目に入ってきたのだ。
私はそんな響を目を据わらせながら見ていると、主審が咳払いをしてきたので私は慌てて前を向いた。
するといつの間にか、目の前には竹刀を手に開始位置に立っている皇がいたのだ。
だが皇は少し俯き加減だったので、その表情を伺い知る事は出来なかったのだった。
「勝者、早崎!」
そう主審がもう一度赤い旗を上げ、私の勝利を宣言してくれると、次の瞬間剣道場内がどよめきと歓声に包まれたのだ。
私と皇はその声を聞きながらお互い礼をし、そして試合場から出ていく。今回は時間も無い事だったので、一本勝負だったのだ。
試合場を出た私は、すぐに面と小手を外し頭に巻いていたタオルを取り去ると、結んでいた髪を解いてホッと息を吐く。
するとそこに、試合を観戦していた高円寺達がやってきたのだ。
「詩音ちゃ~ん!凄いね~!!」
「なるほど、早崎君が強いと言っていた意味がよく分かった」
「本当に凄いな!出来れば今度、早崎と一緒に一度手合わせして欲しいよ!」
「詩音姉様!!俺、詩音姉様の戦いを見て感動しました!!」
榊原、桐林、藤堂兄、藤堂弟がそれぞれ驚いたり憧れの表情をしながら私を誉めてくれる。
私はそれに少し照れながら応えていると、スッと高円寺が心配そうな表情で近付いてきた。
「・・・詩音さん、勝利おめでとう。ただ・・・体の方は大丈夫?」
「あ、ありがとうございます。体は全然大丈夫です」
その心から心配してくれている眼差しに、若干罪悪感を感じながらも、私を心配してくれてる事が少し嬉しかったのだ。
「それにしても、やっぱり詩音は強いね~」
「・・・ひ~び~き~!!」
お気楽に言ってくる響に、私は腹の底から怒りが込み上げて来たのだった。
だがすぐに、私はその怒りを抑える事になる。
何故ならいつの間に来ていたのか、私のすぐ横に面を外した皇が、いつもの無表情でじっと私を見つめて立っていたのだ。
「え、えっと?皇・・・さん?」
「・・・君の名は?」
「は?」
「君の名を知りたい」
「え?私の名前は、早崎 詩音ですけど・・・!」
し、しまったーーーー!!皇さんに名前教えると、色々面倒になる事忘れてたーーーー!!!
私はそう心の中で激しく後悔するが、もう口から出てしまった言葉は消す事が出来ない。
「早崎 詩音・・・詩音・・・良い名だ。しっかり覚えよう」
・・・やっぱり覚えられたーーーー!!
自分の迂闊さにガックリとうなだれ、正直泣きたくなってきた。
するとそんな私の手に何か暖かい物が触れたので、私は何気にその手の方を見てみると、何故か皇が私の手を取り胸の位置まで持ち上げられていたのだ。
その突然の行動に私は困惑していると、皇は掴んでいた手に力を込め真剣な眼差しで私を見つめてきた。
ただその眼差しが、なんだか熱を含んでいるように見え私は少し怖いと感じる。
「早崎 詩音・・・君は、誰かと付き合っているのか?」
「え?付き合って?」
「言い方を変えよう。君には恋人か婚約者はいるのか?」
「いやいや!そんな人いません!!」
「そうか・・・では、俺と結婚を前提としたお付き合いをしてくれないか?」
「・・・・・・は?」
「俺は今まで、君のような女性を探していたのだ。やっと俺の理想の女性と出会う事が出来、俺は今とても感動している」
そう皇は言ってくるが、ハッキリ言って無表情なので全くそんな風に見えない。
私が皇の言葉に激しく混乱していると、皇はさらに私に体を寄せてきて、熱のこもった眼差しを向けてくる。
「確かに、君の家と俺の家では財力は違う。だが必ず君を幸せにすると誓おう!だから俺の恋人になってくれ!」
「え?いや、ちょっ!こ、困り・・・」
「よう皇!詩音さん困っているからそれぐらいにして、俺と学園祭回ろうぜ!!」
「っ!藤堂離せ!!」
「僕も一緒に行くよ~!なんだったら、僕の友達の女の子達紹介するよ~?きっとその中にも、理想の女の子いると思うけどな~?」
「そんな必要無い!俺の理想の人は・・・」
「他校の生徒が、これ以上ここで揉め事を起こして貰っても困る。・・・俺も監視として一緒に行こう」
「俺は揉め事など!」
「皇!詩音姉様に近付くな!!」
「お前には関係無い!!」
突然藤堂兄が引きつった笑いを浮かべながら、皇の首に腕を巻き付けて肩に手を置き、強引に引っ張った事で私の手が皇から解放されると、藤堂兄はそのままズルズルと私から皇を引き剥がし、剣道場の外に連れて行こうとしていた。
皇はなんとか藤堂兄の手から逃れようともがいていると、榊原が全く目が笑っていない笑顔を皇に向けて近付き、桐林も冷たい眼差しで榊原の後に続く。
そして最後に、目をつり上げた藤堂弟が皇に突っ掛かって行ったのだ。
私はその突然の出来事にただただ呆然としていると、高円寺が険しい表情で私の横をすり抜け、今まさに出て行こうとしている藤堂兄達の下に向かおうとしていた。
だけど途中で立ち止まり、私の方に振り返ってきたのだ。
「詩音さん、安心して良いよ。もうあの男が、君に近付かないようにしておくから」
そう言って私に笑顔を向けた後、再び高円寺は皆の下に向かって歩いて行ってしまったのだが、私はその後ろ姿を見送りながらなんだかさっきの笑顔が、とても黒い物に感じてしまい何故か背筋がぞくりと震えたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます