救い人現る

 突然聞こえてきたここにいない筈の人の声に、驚いて閉じていた目を開いた。




『うがぁ!』




 すると私が目を開いたと同時に、目の前にいた若者が変な声を上げ横に吹き飛んでいったのだ。


 そしてそのまま若者は、路地の奥に積み上げられていた木箱の山に激突してしまった。


 私は一体何が起こったのか分からず、呆然としながら崩れた木箱の方を見つめる。




「・・・早崎君、大丈夫か?」


「・・・っ!」




 その近くから聞こえてきたとても聞き慣れた声に、私は思わず体をビクリと反応させ、ゆっくり声のした方を向く。


 するとそこには、凄く心配そうな表情で私を見てくる高円寺が立っていたのだ。




「こ、高円寺先輩・・・ど、どうしてここに・・・」


「それは・・・」


『て、てめぇ!いきなり何しやがる!!』




 高円寺が心配そうに私の頬へ手を伸ばしてきた時、突然そんな怒声が崩れた木箱の方から聞こえてきた。


 私と高円寺は同時にその声がした方を見ると、そこには倒れた時に口の中を切ったのか口の端から血を一筋垂らし、脇腹を手で押さえながら高円寺を激しく睨みつけ、ゆっくりと立ち上がっている若者がいたのだ。


 その姿を見て、私は再び恐怖が戻り小さく体が震え出す。


 するとそんな私に気が付いてか、私を庇うように高円寺が若者と私の間に入り、若者から私を隠してくれた。




『・・・私の蹴りを受けて、まだ立っていられるのか。見た目よりも頑丈なんだな』




 そう男に言い放った高円寺の言葉から、先程若者が凄い勢いで吹き飛んで行ったのが、高円寺の蹴りに依るものだと知った。


 しかしそれよりも、私は高円寺から聞こえてくる声音がいつも以上に低く、聞いてるだけで寒気が襲ってくる程冷たく抑揚の無い声に驚いていたのだ。




え?これ本当にあの高円寺先輩?確かにカルと険悪な雰囲気になった時も、声が低くなってちょっと怖かったけど・・・今はそれ以上に怖い!!




 そう驚きつつ、チラリと見えた高円寺の表情が無表情で、さらに若者を見る目がまるでゴミでも見てるかのように、とても冷たい目をしていた事に気付き、私はさらに驚き目を瞠ったのだった。




『てめぇ!一体何者だ!良い所邪魔しやがって!!』


『良い所・・・だと?』




 その若者の言葉にピクリと反応した高円寺が、さらに低くい声を出しそして高円寺の回りの空気が、氷点下まで下がったんじゃ無いかと思うほど冷たく感じたのだ。




『さっきは油断したが、今度はそうはいかねえぞ!!』




 どうも高円寺の様子に気が付いていない若者は、そう吐き捨てるなり拳を握って高円寺に襲いかかってきた。




「高円寺先輩!!」




 私は思わず高円寺の名を叫んだが、次に目の前で起こった光景を見て言葉を失う。


 何故なら、高円寺は襲い掛かってきた若者の拳を軽々と避け、その殴りかかった体勢で前のめりに体勢を崩した若者の腹を思いっきり膝で蹴り上げ、さらに追い討ちで両手を握って出来た拳を若者の首に激しく打ち付けていたのだ。


 そしてその勢いのまま若者は地面にうつ伏せで倒れ、そのまま昏倒したのだった。


 私はあっという間の出来事に、唖然と高円寺を見つめていると、高円寺は服に付いた埃を軽く叩き落としてから、おもむろにポケットから携帯を取り出し何処かに電話を掛け始めたのだ。




「ああ私だ・・・・・・と言う訳だ・・・来てくれ」




 小声で携帯の向こうと通話しそして話終えた高円寺は、携帯を再びポケットにしまうと、うつ伏せのまま意識を失っている若者をじっと冷めた目で見下ろしていた。


 すると路地の入口から、二人の図体の良い黒いサングラスを掛けた黒服の男が入ってきて、高円寺に近付く。




「雅也様!・・・ご無事で?」


「私は大丈夫だ。それよりも、この男だ」


「はっ!了解しました!」




 高円寺を名前で呼び安否を確認している様子から、多分この黒服の人達は高円寺のSPなんだと分かった。


 そして高円寺が顎で指し示した若者を、SPの二人が両脇から抱え持ちそのままズルズルと路地の外に連れ出して行ってしまったのだ。


 そうしてこの裏路地には、私と高円寺の二人だけとなった。


 高円寺は暫く入口の方を見つめた後、くるりと私の方に向き直る。


 その顔はさっきまでの無表情では無く、いつもの優しい笑顔の高円寺だった。


 私はその表情を見て漸くホッとする事が出来たのだが、それと同時に私の足から力が抜け背中を壁に預けながら、その場にズルズルと座り込んでしまったのだ。




「早崎君!!!」




 高円寺はそんな私に驚き、急いで私の下に駆け寄ってきた。


 そして片膝を地面に着け、視線の高さを私に合わせ心配そうに私の顔を覗き込んでくる。


 私はそんな高円寺を安心させる為、笑顔を見せようとしたのだが上手く笑えなかった。


 むしろ段々体が小刻みに震えだしてきてしまい、そんな自分の体の変調に戸惑う。




「あ、あれ?」




 私はその震えを止めようと、自分で自分の体をギュッと抱き締めるが一向に止まる気配を見せない。


 さらに頬を何か冷たい物が伝っている感覚がした為、手で触れてみて濡れている事に気付き、どうやら無意識に涙が出てしまったらしいのだ。




「早崎君!!」


「・・・っ!!」




 高円寺が私の名を強く呼んだかと思った次の瞬間、私は高円寺の胸の中に強く抱き込まれていた。


 一瞬何が起こったのか分からず目を瞬かせていたが、頬に布の触れる感触と布越しからでも分かるしっかりとした筋肉を感じ、私は一気に頬が熱くなるのを感じて高円寺の腕の中から抜け出そうともがいたのだ。


 しかしそんな私を、高円寺はさらに力を込めて抱きしめてくる。




「ちょっ!高円寺先輩!は、離して下さい!!」


「・・・駄目だ」


「な、なんで!?」


「君がまだ・・・怖がっているからだ」


「っ!!」




 高円寺の言葉で、漸く私は襲われた恐怖で腰が抜けてしまった事を実感したのだった。


 そしてその事実を実感すると、高円寺に抱きしめられた驚きで一度は止まった体の震えが再びぶり返し、今度はさっきよりも強く震えだしたのだ。




「っ・・・うう・・・うわぁぁ!!」


「大丈夫・・・もう怖い事は無いから」




 体の震えと共に目から涙が止めどなく溢れだし、私は高円寺の胸に顔を埋め声を出して泣き出してしまった。


 するとそんな私を、高円寺は安心させるように優しく声を掛けてくれ、さらに背中を優しく撫でてくれたのだ。






 暫く泣き続けた私の背中を高円寺はずっと撫でてくれ、時には頭も撫でてくれた事で漸く落ち着きを取り戻す事が出来た。


 私は涙が止まったがまだ濡れている頬を自分の袖で拭うと、高円寺の胸に手を突き体を離そうとする。


 しかし少し体を離す事は出来たが、完全に高円寺から離れる事が出来なかった。


 何故なら背中に回っている高円寺の手が、全然力を緩めてくれなかったのだ。




「こ、高円寺先輩・・・僕、もう大丈夫ですから、手を離して頂けませんか?」


「・・・・」


「高円寺・・・先輩?」




 どうも私の声が聞こえていないのか、じっと私の顔を見つめたまま黙り込んでしまっている。




「高円寺先輩~?・・・聞こえていますか~?」


「・・・っ!すまない。どうやらボーとしていたようだ」


「・・・高円寺先輩の方こそ大丈夫ですか?」


「ああ私は大丈夫だ。それよりも、すっかり震えは治まったようだね。・・・もう立てるか?」


「・・・はい!大丈夫そうです!」




 漸く高円寺が返事を返してくれた事にホッとしながら、自分の足に力を入れ問題無く動く事を確認してから、高円寺に頷いてみせた。


 高円寺はそんな私を見て一つ頷き、私の背中から手を離して立ち上り私に手を差し出してきたのだ。


 ただその時、今まであった温もりがすっと無くなってしった事に少し寂しいと何故か思ってしまい、そしてそんな事を思ってしまった自分に驚いていた。




「・・・早崎君?どうした?」




 そんな私を、高円寺が不思議そうに見てきたのだ。




「い、いえ!何でも無いです!」




 私は慌てて言い、高円寺の差し出してくれた手を取ると高円寺はまだ不思議そうにしながらも、ぐっと力を込めて私の手を引っ張り立たせてくれたのだ。




「っ!」


「早崎君!?」




 しかし高円寺が引っ張ってくれた手に痛みが走り、思わず痛みで声を詰まらせた。


 私を立たせた高円寺は、すぐさま掴んでいた手の袖を捲る。




「これは・・・!」




 高円寺は捲り上げ素肌を晒した手首を見て、眉間に皺を寄せたのだ。


 私はその様子を不思議に思いながら、露になった自分の手首を見ると、そこにはくっきりと手の跡が赤く残っていたのだった。




「あ、多分それさっきの男が、ここに連れてくる時まで逃げないように、ずっと強く僕の手首掴んでいたからだ」


「・・・あの男・・・もう少し痛めつけておけば良かった」


「こ、高円寺先輩!?」




 どうも高円寺からどす黒いオーラが出ているような気がして、正直また違う意味で体が震えてしまうんじゃ無いかと思ったのだ。






 とりあえず気休めだがと言って、高円寺は自分のハンカチを取り出し私の手首に巻いてくれた。


 私はお礼を言い後で洗って返すと言ったが、高円寺はそれを断ってそのまま私にあげると言ってきたのだ。




「しかし・・・何で君は、一人であんな男に連れられていたんだ?確か今日この時間は、三浦君達と一緒にいる筈じゃ無かったか?」


「勿論一緒にいましたよ!ただ皆が洋服店で買い物してる時に、僕ちょっと疲れてしまったから一人で店の外に出て休んでいたんです。そしたらそこであの男が・・・」


「君を連れ出してしまったと言う事だね」


「・・・はい」


「しかしいつもの君なら、あんな男に連れられる前に逃げ出せたのでは?」


「まあそうなんですが・・・まさかあの男が、女も男もどちらでもOKと言ってきた事に動揺してしまい、僕の腕を掴んでくる事に反応するのが遅くなってしまったんです。そして予想よりも掴んでくる力が強く振りほどけなかったので、男が言っていたお茶しにお店に入って手を離してくれた瞬間にダッシュで逃げるつもりだったんです。ただまさかそのまま、こんな所に連れ込まれるとは・・・」




 そう言って私は落ち込み俯くと、高円寺はその私の頭にポンと手を置いて優しく撫でてくれた。


 私はそれを恥ずかしいと思いながらも、ついつい嬉しくなって俯きつつ口許を緩めていたのだ。




「そうか・・・大体君の事情は分かった。・・・たまたま近くを車で通り掛かった時、あの男に君が連れられているのを見掛けてな、とても嫌な予感がして急いで追い掛けてきたのだが・・・正解だったようだ。・・・本当に君が無事で良かった」


「高円寺先輩・・・助けて頂き、本当にありがとうございました!!」




 高円寺の優しい声音に顔を上げた後、まだ助けて貰ったお礼を言っていなかった事を思い出し、もう一度頭を下げて心からのお礼を言った。




「お礼なんて良いよ・・・それよりも、三浦君達が心配しているかもな」


「あ!そうだった!多分皆凄く心配して、僕の事探してると思うので、僕もう戻りますね!ありがとうございました!!」


「待ちなさい!」




 急いで駆け出そうとした私の腕を、高円寺が掴んで引き留めてきたのだ。


 私はその制止に戸惑い、腕を掴んできた高円寺を伺い見る。


 すると高円寺から三浦達がいる店を聞かれ、意味が分からないまま詳しく教えると、空いてる手で再びポケットから携帯を取り出しまた何処かに電話を掛け出した。




「私だ・・・今から言う所に・・・・・伝えて・・・よろしく頼む」




 電話の相手にボソボソと話した後、画面を押して通話を切り携帯をポケットに仕舞ってから高円寺は私を見てくる。




「高円寺先輩?」


「今、さっきとは別のSPに、三浦君達へ伝言を頼んだ」


「へっ?何て?」


「早崎君は私と一緒に街を見て回る事になったので、そのまま三浦君達だけで自由時間を過ごすようにと」


「ええ!?」


「勿論ホテルまで、私が送ると言ってある」


「いやいや!僕皆の所に戻りますよ!高円寺先輩も、用事があったんですよね?僕に構わず、そちらに行って下さい!!」


「それは出来ない」


「な、何でですか!?」


「・・・君は、ここでの事三浦君達に説明するつもりか?」


「っ!そ、それは・・・」


「出来れば言いたく無いだろう?」


「・・・はい。だから皆には適当に言い訳を・・・」


「それは無理だろう」


「どうして?」


「・・・君の目が、今凄く真っ赤だからだ。そんな目を見れば、誰でも泣いていたと想像付くだろう。そして何故泣いていたか追求されるだろうな。・・・特に、あのカルロス君に」


「そ、それは・・・確かにそうかもしれないです」




 確かに高円寺の言う通り、あのカルに泣いていたかもしれない顔を見られたら、絶対激しく追求してくるのが目に浮かぶのだ。




「それに・・・出来ればその手首もちゃんと治療したいし・・・本音を言えば、そんな状態の君を心配で放っておけないんだ」


「・・・っっ!!」




 優し表情で言う高円寺の言葉に、私は思わず顔が熱くなったのを感じた。




「早崎君?顔が赤いようだが・・・大丈夫か?」


「は、はい!大丈夫です!そ、それよりも、高円寺先輩のお気遣いありがとうございます!お、お言葉に甘えて・・・目の赤みが取れるまでお願いします!!」


「あ、ああ分かった。では一緒に街を回ろう。ちなみに私の用事を気にしていたが、もうすでに用事を済ませた後だから気にしなくて良いよ」




 動揺した私が激しく捲くし立てて言った為、そんな私を見た高円寺が少し驚いた表情をする。しかしすぐに、いつもの優しい笑顔を私に向けてきたのだ。


 そうして私は高円寺と二人、街を見て回る事になったのだった。

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