高校一年生編

身代わり男装の始まり

『御入学おめでとうございます』




 そう書かれた立て看板を見つめながら立派な校門の前で一人佇んでいた。




私の名前は早崎 詩音 15歳。今日から高校一年生になります。






 肩までの髪が風に煽られているのも気にならない程に、目の前にある立て看板を見つめたまま私はその場から動けないでいる。その時、楽しそうに話ながら二人組の女の子達が私の横を通り過ぎていく。多分私と同じ新入生だろう。


 私はじっとその女の子達を見つめた。正確には女の子達の制服を・・・。


 その視線を外し、徐に自分の着ている制服を見下ろして大きくため息を吐く。


 そして意を決して顔を上げ校門をくぐって中に入って行ったのだった。






 校門を抜けてから暫くした先に、受付と貼られた机の所に居る多分先輩だと思われる男の人の下に行く。




「新入生だね。名前と家業と父親の名前を教えてくれるかな?」


「はい。わた・・・僕は早崎 響・・・。早崎楽器の早崎 奏一の息子・・・です」


「おお!君があの有名な楽器製造販売大手、早崎グループの御曹司か!」


「・・・はい」




 そう私は、今男の制服を着て男の名前を名乗っている。


 実は『早崎 響』この名前の人物は別で実在しているのだ。それは私の双子の兄である。


 その兄の名前を名乗って何故こんな所にいるのかと言うと・・・事の起こりは今から二ヶ月程前のある日の事だった。






───入学式まで後二ヶ月程。




 私は自分の部屋で、春から通う高校の女子の制服を着て鏡の前に立っていた。




「初めての都会の学校!どんな所だろう?新しい友達沢山出来るかな?楽しみだな~!」




 もうすぐ始まる高校生活に、期待で胸踊らせながらニマニマと鏡の中の自分を見ていた時、突然部屋の扉が開きそこから顔面蒼白で酷く慌てた様子のお父様が入ってきたのだ。


 そしてその後ろから少し困った表情のお母様がゆっくり後に続いて入ってきた。


 早崎 奏一 42歳。早崎楽器グループの代表取締役社長。詩音と響の父親。


 絶世の美男なので、結婚して子供がいるのにそれでも言い寄ってくる女の人が後を絶たないが、基本的にお母様一筋なので全く取り合っていない。


 敏腕社長だが家族が一緒にいる時間を大事にする優しい人なので、都会暮らしを嫌い自然に囲まれた所に家を建ててのんびりとした生活を皆で過ごしている。




「お、お父様!?どうしたの?」


「詩音!!ど、どうしよう!?どうしたら・・・ああ!困った!!」




いやいや!こっちが困っただよ!!




「・・・あなた、落ち着いて下さいな。ほら、詩音ちゃんが困っていますよ」


「咲子・・・すまない」




 早崎 咲子 40歳。 奏一の妻で詩音と響の母親。


 とても子供を産んでいるとは見えない若々しい絶世の美女で、奏一と結婚する前は沢山の男の人に結婚を申し込まれていたが奏一と大恋愛の末結婚した。おっとりとした性格だが実は常に夫の奏一をサポートしている出来た妻である。


 お母様が動揺していたお父様の背中を優しく擦り、それによって漸くお父様も落ち着いたのだがまだ顔は青いままであった。




「お父様、一体何があったの?」


「・・・これを見てくれ」




 そう言って強く握っていたのだろう、だいぶくしゃくしゃになった一枚の封筒を私に渡してきた。


 それを不思議に思いつつ受取り、皺を伸ばし中から手紙を取り出して読み・・・手紙を持つ手がプルプルと震え出す。




「し、詩音・・・」


「あんの馬鹿響ーーー!!!」




 私は怒りの形相で叫び声を上げたのだった。




『暫く自分探しの旅に出ます。後の事はよろしくね! 響より』




 そんな短い直筆の文が書いてあったのだ。




 早崎 響 15歳。詩音の双子の兄で早崎楽器グループの御曹司。美男美女の両親の間に生まれた美少年。


 天才肌で運動も勉強も難なくこなせてしまう。しかし、優しい父親とおっとりとした母親と自然豊かな土地柄のお陰か自由奔放な性格となる。そんな兄を持った事で妹の詩音はしっかりとした性格となった。ただ、双子なだけあり詩音も才色兼備。






「お父様どうするの?もう二ヶ月もしたら入学式だよ?」


「・・・分かっているよ。今知り合いに頼んで探して貰っているのだが・・・ただ、あの子の行動は私でも簡単には分からないから・・・」


「確かに・・・あの響の行動は双子の私でさえ予想出来ない事をしでかすからな~」




 私は過去の響による色々嫌な事を思い出し苦笑いを浮かべた。




「・・・ただ、今回の行動はちょっと問題だね」


「そうなんだ。さすがに響にはあの学校に入学して貰わないと困るからさ」


「そうだよね・・・」




 そう言って私とお父様は深刻な顔で黙り込み考え始めたのだ。




 何故私達がこんな深刻になっているかと言うと、これから入学する都会の学校がとても特殊だからである。


 この国の法律で決まっている事なのだが、国を担う大手企業や大財閥等の世襲制の家の子供限定で、国が管理している高校に入学しなければいけないのである。


 何故ならば卒業と同時に発行される証明書が無いと家業を継ぐことが出来ないからだ。これは世襲による揉め事を無くし、また学校の成績で家によっては何人かいる跡継ぎを一人に絞りやすくする為でもある。


 その為学校の授業は普通の教科とは別に、経営学等の将来家を継いだ時に役に立つ授業が沢山盛り込まれていた。


 しかしこの学校に入学するのは全員が全員跡継ぎになる為では無いのだ。卒業と同時に貰える証明書を得ることで将来の結婚に影響が出るからである。


 この学校を卒業する者は大概結婚相手も同じぐらいの家柄が多く、その証明書はお見合いや結婚の承諾を得る時にとても重要なステータスでもあるのだ。


 なのでこの学校に入学する資格のある子供の親は、何がなんでも通わせ卒業させたいと思うのが普通である。


 お父様もどうしても響に自分の後を継がせたいと思っていたので、こんな大事な時期に行方を眩ませた事でとても動揺しているようだ。


 ちなみに私は別に結婚はこだわりは無いのだが、あの自由奔放な響が会社を継いだ後心配なので補佐として働くつもりでいるので、この学校に通って経営学等を学びたいと思っていたのだった。




 しかし肝心の響が入学出来ないこの状況に、どうしたものかとお父様と二人でうんうん唸っていると、ふと視線を感じそちらを見る。


 私に視線を向けていたのはずっと黙っていたお母様であった。よく分からないけどじっと私の顔を見てから全身に視線を移動させ、そして徐にポンと手を合わせ笑顔を向けてくる。


 私はその笑顔にとても嫌な予感を感じたのだ。




「あら、良いこと思い付いたわ!詩音ちゃん、響ちゃんが見付かるまでちょっと響ちゃんになって入学してきてくれないかしら?」


「「えええええええ!!!」」




 お母様の予想外の提案に私とお父様は驚きの声を上げたのであった。

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