18歳。

ゆうり

境界線

「ねぇ、大人と子どもの境界線ってどこだろうね?」

 そんなことを目の前にいるやつに聞いていたのは無意識だった。

 高校3年生、始業式が終わった途端から進路進路と急かされて、夏休みなんかない、そう言われた夏休みが終わった。もう昼はすぎたのに校庭を太陽がギラギラと照りつけている様子がエアコンの効いた教室からでもわかる。

「ねぇ、どこだと思う?」

 問いかけに返事を返さない目の前に座っているやつはいわゆる『幼馴染』。同じ時期に同じ建て売りに引っ越してきて、子ども同士が同い年。そんな境遇で両親が意気投合するのも時間の問題。幼稚園、小学校中学校、さらには選べる高校までもこうして一緒なのだから立派な腐れ縁だ。

 はぁと小さくため息をつく音が聞こえたがこれは私の話にのってくれる合図だ。

「それを聞くお前はどこだと思うんだ。」

「えー?それはやっぱりお酒もタバコもオッケーになってからじゃない?あ、でも選挙権さがったのか、じゃあ18かなぁ、どう思います?私より3ヶ月はやく18になった智樹さん?」

「車の免許も取れるし18でいいんじゃないか。2日前に18になったばかりの葵さん?」

「そーゆーもんなのかなぁ、でもお酒もタバコもだめで選挙と車はいいなんて大人に半分足突っ込んでるみたい、完全に大人になる前にやりたいこといっぱいあるなーー」

「そのやりたいことをやるためにとりあえず目の前にある書類を終わらせろ。

「はぁーなんでこうも書類が多いかね、学校行くだけなのに」

 私の使う机には進学のための書かなければいけない書類がはらはらと散らばっている。

「てかそれ、終わったんでしょ?帰らないの?」

 智樹の使う机の上にはもう恐らく判子だけで提出できるようにしてある書類がきっちりファイルにおさめられている。

「あのなぁ、葵だろ、今日のお祭り一緒に行ってほしいって言ったのは!夏休み中1回も浴衣着れなかったからって!」

 そう、今年の夏休みは一度もお祭りに行けなかったのだ。もちろん浴衣も着れていない。バイトやらオープンキャンパスやらちょうどお祭りの日に限って予定がはいっていて唯一今日だけがこの辺りでは恐らく最後であろうお祭りに行ける日だった。

「あ、ごめん、忘れてた!すぐ!すぐ終わらせます!」

 はぁとさっきとは違うため息が聞こえすばやく手を動かした。だが心の隅に何かが引っかかっておもわず口を開いた。

「ねぇ、最後のお祭りだよ?彼女は?」

え、なにこれ、なぜか返事が返ってくるのが怖かった。もし、もし智樹に彼女がいたら、いたらどうしよう、え、どうしようってなに、もう18だよ、いてもおかしくないじゃん、なんでどうしよう?なに、このもやもやは。はじめて感じる感情に戸惑い驚いていると、かちん、と音がしたんじゃないかと思う勢いで空気が固まった。恐る恐る顔をあげれば、またため息をつかれた。

「お前、、、俺に彼女いたことあると思うのか」

そこにほっとする自分がいることにまた驚いた。

「え、いたことないの」

「そういうお前はあるのか」

「いや、ないけど」

「じゃあはやくそれを終わらせろ、はやく行かなきゃ混むぞ」

なんなんださっきの感情は、なんで彼女いなくてほっとしてるんだと自分の感情と戦いながらひたすら書類を埋めていった。


「あっつーー!なにこれほんとに9月?信じらんない」

「うるさい、暑さが増す」

高校の最寄りから自宅の最寄りまで電車で一本、駅を出て少し歩けば建て売りの家が目立つようになってくる。

「ねぇ、智樹も浴衣着てくるでしょ?わたしも着てくるんだから」

「おばさんから話聞いて母さんが用意してるだろ」

「あ、じゃあ着てきてね!1人浴衣もやだし」

「はいはい、さっさと支度してこい」

「連絡するわー」

がちゃっとお互いの玄関を開けた。


玄関に座って下駄を履いてぽんっとメッセージアプリで支度が終わったことを伝えるとすぐに隣の家の玄関が開く音がした。音がしたのを確認して自らも玄関を開けるともう家と家の間に智樹が立っていた。なぜか一瞬今まで智樹に感じたことのない感情、昼間のとはまた違う、ドキッとかそんな効果音がつきそうな感情を感じ本日3回目、驚いた。

「どうした?」

「ん、いや、なんでもない!いこ!はやく!お腹すいた〜」

「本当に食べることしか考えてないのか、お前は」

「うるさいなぁ、いいでしょ別に!」

「はいはい」

他愛のない話をしながら歩いて10分ほどの商店街近くで毎年行われているお祭りは毎年大混雑だ。

「うっわーやばいね、人しかない」

人、人、人、ざわざわがやがやきゃあきゃあそんなオノマトペが似合うお祭りの音を今年初めて聴けて1人テンションがあがる。

「おい、テンションあげて迷子になるなよ」

「わかってますよーだ、ねぇ、焼きそば食べたい!」

なんかこーやって2人でわいわいするのも久々だなぁそんなことを感じながらとにかく食べたいものを食べて笑ってあっという間に時間はもう過ぎていく。だんだんと自分よりも背丈の高い人やビール片手の人が目立つようになってきて子どもが減ってきたことが目にわかる時間になってきた。

「終わっちゃうねぇ、お祭りが、夏が」

さっぱりしたくてコンビニで買ったかき氷のバーをお祭りのほど近く人気の少ない公園でブランコを漕ぎながらしゃくっとかじる。

「これから試験やらなんやら待ってるな」

ブランコをの周りを囲うものに腰をかけ、コーヒーを飲む智樹が言った。

「うっわやなこと思い出させないでよ、あーずっと子どもがいい、ずっとこのまま」

このままの中に智樹と2人でまた来られたらなんて思っている自分に本日4回目驚いた。今日は何回自分に驚くんだ。そしてこの感情はなんなんだ。すると智樹が缶コーヒーを飲む手を止めた。

「俺は嫌だけどな、このまま」

「え?なんで?大人になりたいの?大人になったらもうこうやってお祭りこれないかもなんだよ?」

またはぁとため息をつかれた。

「違う、お前との関係だよ」

「え?なにが?」

手を差し伸べられ食べ終わってくわえていたアイスの棒を素直に渡した。飲み終わったであろうコーヒーの缶に棒をいれるとかこんとブランコ横にあるゴミ箱に投げた。

「ほんとにわかってないのか?」

「え、まぁ、あ、もしかして彼女できた?幼馴染と言えどこーやって女の子と2人で出かけてるの知ったらいやだろうしね、よし、もうやめよ!」

昼間と同じような感情が心に広がり、また聞いたことを後悔した。顔を見たくなくて、どんな顔をしていいかわからなくてゆっくりブランコをこぎだした。心のどこかでできないでほしいと思っている自分の感情にまた本日5回目驚いた。いつものため息が聞こえた。

「それは今から決まるな」

がしゃんそんな音がしてブランコが無理矢理止められた。近すぎる、小さいときは平気だったこの距離は今では近すぎる。近すぎると感じるようになった境界線はいつだかわからない。ブランコに座るわたしを少し見下ろすようにして智樹が言った。

「幼馴染、卒業しないか、さっきから言う俺の彼女とやらに、お前に、葵になってほしいんだけど?」

言葉の意味を理解するのに数秒、その数秒は今まで感じたことのないくらい長く、聴き慣れたはずの智樹の声が何度も何度も頭の中を繰り返す。あまりにぼーっとしすぎたらだろう、智樹がブランコを止める手を緩めた。

「返事はないんですか?大人に片足突っ込んでる葵さん?」

いつもからかうときのさん付けをされ、自分の感情に戸惑っていることを知られていることを知った。すると急に心が落ち着いてきた。あぁなんだわたし智樹のこと好きなんだ。ブランコからすくっと立って少し智樹を見上げた。

「じゃあ来年も、こうやってお祭り来てくれるんですよね?智樹さん?」

「もちろんです、葵さん」

どちらともなく笑いあい、家路につく。公園をでるときにはすでに手が智樹にひかれていた。10分ちょっと、ついさっき幼馴染と恋人同士という境界線を越えたはずなのに越える前とはなんら変わらない話をしながら、変わったとすれば繋がれた手に温かさを感じながら、わたしの家の前についた。

「じゃあ、また、明日学校で」

そう言って手を離そうとすれば少しぐいっと引き寄せられ、前髪をあげられた。えっと戸惑っているとすっと智樹の顔が近づいていた。

「また、明日、待ってるから」

そう言うと足早に隣の家に消えていった智樹の背中を見送り、今の一瞬でなにが起こったのかわからないまま玄関を開けた。そして閉めた瞬間、おでこにキスされたことに気がつく。

「うっわ、うわ〜〜」

と言葉にならない感情を抱え込みたくて思わず玄関にしゃがみこんだ。


大人と子どもの境界線、幼馴染と恋人同士の境界線、そのふたつを一気に越えたそんな気がした今年初のお祭りの夜だった。

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18歳。 ゆうり @NASHInoHANA

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