誓いのキス

「ひ、とえ。単衣……」


 苦しそうに、林は最愛の名を呼ぶ。


「林……」


 両手が無い単衣は、抱きしめることが出来ない。


「単衣の鼓動がはっきりと聞こえます」


 林は懸命に笑う。


 単衣は林を見つめた。魔獣のような目。それでも必死で微笑む彼女が、愛おしくて堪らない。


「あれ、目が、なんだか変です」


 その異変は単衣も捉えていた。林の真っ赤な目が引いていく。真っ赤になっている部分が徐々に白目に近づいていく。


 やがて魔獣のようだったその目は、完全の人間目となった。


「単衣……? 単衣なのですか……?」


 林の声色が変わる。


「林……? まさか!」


 単衣は察した。


「見えます! 見えますよ、単衣!」


 林はそう言いながら、たっぷりと涙を浮かべた目で、しっかりと単衣を捉えていた。


「ああ、単衣。これが単衣なのですね」


 林はうっとりとした表情で単衣を見つめる。そして掌を単衣の頬にあてた。


「僕の顔は、どうだい?」


 単衣は既に泣いていた。しゃくりあげながら、単衣は懸命に思いを伝えた。


「えへへ。ぶさいくですね。単衣」


 林はそう言って笑う。


「これでは、キスできないのも納得です」

「そ、そう……」


 単衣は少しショックを受けた。


「あの日も、そんな顔をしたのですか?」


 林はそう言って、単衣の返事も待たずにキスをした。


 柔らかな唇の感触。とても久しい、林の感触だった。単衣は再び、ボロボロと涙を零す。


「単衣。もう見た目なんて関係ないくらい、私はあなたが好きなのですよ」


 林はそう言って笑う。


「ありがとう、林」


 単衣も笑った。


「がふっ」


 吐血。


「林! 大丈夫?」

「では無い様です。恐らく、私の中の魔獣が先に死んだから、見えるようになったのでしょう。もう、私も長くありません」


 ひゅう、ひゅうと音を立てながら呼吸をしていた。


「単衣。私はもうじき死にます。それでも、私の命が失われるその瞬間まで、私を愛してくれることを、誓いますか」


 林が言った。単衣は察した。これは誓いの言葉だ。


「誓います」


 単衣は言った。


「林。君を失った僕は、やがて別の人を好きになって、愛し合う。やがて子供だって作るだろう。それでも僕は、君を失うその瞬間まで、君だけを想い、君だけを愛すると誓う。そんな僕を、君は最後まで愛してくれることを、誓いますか」


 林は泣いた。


「誓います」


 単衣は堪らなくなって、キスをした。指輪なんてない。ベールなんてない。だからこそたっぷりと、キスをした。


 じゅるり、と舌を絡ませた。唾液が絡まって、口内を湿らせる。言葉は発せられない。だからこそ想いを舌と唾液に乗せた。


「林……」

「単衣……」


 唇と唇が離れた。だらん、と唾液が伸びて、やがて地面に垂れた。


「林……」

「ひ、とえ」


 お互いの名を呼び合う。もう林は、目を開けていられない程衰弱していた。


「林……」

「ひ……と……え……」


 呼び合って、確認する。


「林……」


 返事は返ってこない。


「林……」


 反応がない。こんなに幸せそうな顔をしているのに。


 単衣は悟った。天を仰ぐ。青い空。白い雲。

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