枝垂流の戦い

「「枝垂流」」


 二人の声が重なった。瞬間、全てがスローとなる。ひらひらと飛んでいた蝶たちの羽が、まるで停止しているかのように遅く動く。


「柊」


 林は抜刀した。愛刀・桜の切っ先がスローとなった世界でも、高速に動いて単衣の喉元へ向かう。


「柳」


 単衣も抜刀した。愛刀・椿の切っ先が、林が振った桜の切っ先にギリギリ届いて、その軌道をずらす。


 ィィィイイイイイン。


 可聴域ぎりぎりの音が響いた。二人は既に納刀していた。


「ほう、防ぎましたか」


 林は言う。


「もちろん」


 と単衣。


 たん、と地面を蹴る音。


(……!?)


 単衣は焦った。林の動きは完全に捉えていた。しかし首の動きはついてこれず、林が視界の外に出てしまい、見失ってしまう。


 単衣は咄嗟に前へ飛んだ。


 ヒュンッと風が切れる音。そして単衣の襟足が何本か切れて、地面に落ちていく。


 単衣は咄嗟に振り向いた。しかし向いた方向に林はいない。すぐに移動して、単衣の視界から外れたのだ。


 単衣は抜刀した。そして真横から迫りくる桜を弾く。


「何故、防げるのです?」


 いくら単衣の目が良くとも、視界から外れている以上は見えないはずだった。しかし単衣は防ぎ切った。


「風の流れで、わかるんだよ」


 と単衣は言った。


「なるほど。そこまで見えているのですか」


 なら、と林は再度構えた。


「小細工なしで、思う存分やりましょう」


 瞬間、とてつもない速さで林は肉薄した。そして抜刀。


「くっ!」


 単衣も抜刀。桜と椿の切っ先が擦れ合い、火花が散った。格段に速度が増した林。それでも正確に切っ先の間合いで斬りかかってくる。


 林が袈裟に、つまり左肩から左脇腹にかけて斬りかかる。単衣はそれを弾く。林はそのまま左切り上げ、つまり左脇腹から左肩にかけて斬りかかる。単衣はそれも弾く。


 たん、と強く林は踏み込んだ。切っ先よりもさらに深い間合いだ。単衣はそれに既視感を覚える。


(来るっ!)


 林は態勢を低くし、踏み込んだ足で思い切り地面を蹴って、真正面に飛んだ。


 その動きを予測していた単衣。地面すれすれで高速に移動し、懐まで踏み込んでくる林をしっかり捉えていた。


「枝垂流・杉」


 林の刀の切っ先は単衣の足首を狙ったものだった。単衣はその攻撃を、片足を上げて回避する。


(反撃のチャンス!)


 枝垂流・杉は相手の意表を突くのに利用される技だ。回避された場合、他の技よりも隙が大きい。


 単衣はそのまま少し前に移動して、そして林に向く。隙の大きい技を放った林。単衣は背中を取ることに成功した。


 単衣はその背中を斬りかかる。


 すると林は一瞬でくるりと回って向き直った。あまりにも速く向き直り、単衣は焦った。身体を回転させた勢いで単衣が振るった椿を難なく弾く。


 林は振った桜を納刀しなかった。林はさりげなく左手で鞘を握った。単衣はそれを見逃さなかった。単衣もすぐに左手で鞘を握る。


「「枝垂流・桐」」


 かーん、と鞘と鞘が打ち合った。そしてその勢いのまま、お互いに納刀する。しかし刀を弾かれていた単衣は、正しく納刀できなかった。これでは次の技に移ることができない。


 一方で林は、顔の前、掲げるように納刀した。枝垂流・桐の正しい構えだ。


「枝垂流・青桐」


 単衣の態勢は悪く、刀で防ぐことはできなかった。


(やるしかない)


 襲い掛かる桜。


 ざくり。


 単衣はそれを、素手で防いだ。勢いよく血が噴き出る。しかし致命傷は避けることが出来た。単衣は無傷である右手で刀を振った。勢いで鞘が抜けて、露わになったその刀身で林を斬りかかる。


「くっ!」


 林から初めて辛そうな声が発せられた。林の刀は左手によって止められている。防ぐ手段はないはずだった。


 しかし林は、左手で単衣の右手を切り裂いた。


 ざしゅっと肉が切れる音。単衣の右手から血が噴き出る。林の右手の、その指の爪は魔獣のように鋭利で、長くなっていた。その爪で単衣の右手を切り裂いたのだ。刀は飛んで、単衣の攻撃は失敗に終わった。


「まだだ!」


 単衣は痛みを堪えながら、最後の力を振り絞る。血まみれで普通なら動かせない右手を強引に動かし、林の首元を思い切り掴んだ。


「なっ! 離せ!」


 林が叫んだ。林の左手でもう一度単衣の右手を切り裂く。鮮血。ぼとりと単衣の右手は地面に落ちた。


 しかし単衣は、唐突に顔を上に傾けて口を開く。するとそこに愛刀・椿が降ってきて、ちょうど柄の部分が口に収まった。


「まさか、それは」


 林が驚愕の表情を浮かべた。


 そして単衣は、口で咥えた椿で、林を、


 斬った。


 鮮血が舞う。がくりと膝を折る、林。単衣の一撃は、確かに深く、深く入った。


「枝垂流・楓」


 単衣は愛刀・椿をぼとりと落とした。スローとなった世界は元に戻る。


「があっふっ!」


 血を吐きながら、倒れる林。それを単衣は、残った胴体で受け止めた。

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