プロポーズ
ひゅう、と風が吹き抜けた。靴とズボンの隙間から、青々しい草が皮膚を刺激した。
「シリエル、気が利くじゃないか」
辺りの景色を見ながら、単衣は言った。
「この場所、私知っています」
林は単衣から離れて、周囲の音に耳を澄ませる。
単衣も目を閉じて音に集中した。ひゅう、ひゅうと心地よい風が吹き抜ける音。その風に揺られて、草が擦れる音。ひらひらと蝶が舞う音。鳥が羽ばたいて、鳴く音。様々で愉快な音が、単衣の鼓膜を刺激する。
単衣は目を開ける。太陽の光が眩しくて、少し目がくらんだ。手で陽を遮って影を作る。見渡す限りに広がる草原。遠くに山脈が見えた。
「エリアACB-134。林、覚えてる?」
「ええ、覚えています。単衣と初めてデートした場所です」
林はとても楽しそうに言った。
ひゅう、と再び風が吹く。
「ふふ」
風に吹かれた髪を押さえながら、林らしく笑った。
「やはり風が気持ちよくて、草木の良い匂いがしますね」
単衣は林を見る。
「林、あの頃から見違えるほど綺麗になったなあ」
単衣と同じくらい伸びた伸長。膝辺りまで伸びた真っ白な髪。女性らしく育った、大きな胸とお尻。
「ふふ。綺麗ですか。そうですか、そうですか」
林はまんざらでもなさそうに笑うと、ポーズを取った。
「どうです?」
少し顔が赤い。
「うん、綺麗だよ」
単衣は臆面もなく言った。その様子に、林は少々不満そうだった。
「なんだか、女性慣れしましたか?」
「そうかな」
「そういえば単衣、あなたシリエルと一緒に居ましたね」
ぎくり、と単衣は目を反らす。
「はあ、まあ良いでしょう」
そう言って林は全て水に流したように笑った。
「懐かしいですね。確かあの頃、単衣は女の子にふられて傷心中でしたね」
「うう、痛いところを」
「ふふ。単衣、ここを見て無邪気に、凄い凄いって言ってましたね。とても可愛かったです」
林はそして空を見上げた。
「ほら、単衣。見てください。あの時と同じように、鳥が飛んでいますよ」
単衣は林の向いている方を見た。確かに一匹、鳥が優雅に青空を飛んでいた。
かちん。
何故か納刀の音が響いた。
「えっ」
単衣は茫然とそれを見た。優雅に飛んでいた鳥が、大量に血を吹き出しながら身体が半分に別れた。
「ほら、そこには蝶」
単衣はその声のままに、すぐそばを飛んでいる蝶を見た。
かちん。
納刀の音が響く。
飛んでいた蝶は半分となって、地面に落ちて行った。
「懐かしいですね、単衣」
そう言った林を単衣は見た。閉じていた瞼はしっかりと開かれ、獰猛な魔獣の目が露わとなっていた。
「こんな残酷な光景、記憶にないけどなあ」
単衣は冗談めいて言った。とても悲しそうに笑っていた。
「残酷? 何がです?」
林は、まるでわからない、といった風だった。
「林、どうして殺したの?」
単衣の言葉に、林はようやく理解したような表情をした。
「ああ。そうでした、そうでした。みんなにとって、殺すことは残酷なこと、でしたね」
まるで、はいはいわかってますよ、なんて言いたそうな様に林は言った。
「単衣。今の私にとって、殺すことは愛するということ。私は、私によって、私の為に、命が失われることがとても嬉しいのです」
林は愉しそうに語る。
「単衣。私はあなたが大好きです。好きで好きで堪らないのです。単衣、私はずっと待っていたのです。ずっと、ずっと。単衣、私はご覧の通り大人です。身も心も、あれから成長しました。単衣、見てください。女性らしく育ったでしょう。きっと単衣を満足させられます。もう、身体が疼いてたまらないのです。ずっと我満してきました。単衣の為に、ずっと。だから、単衣。単衣、単衣」
林の顔は紅かった。興奮しているのがわかる。
「
ひゅう、と風が吹く。先程まで暖かった風は、なんだか冷たく単衣は感じた。
「林、一つ聞くけどさ」
単衣は言う。
「君も死ぬのは、良いの?」
「私が死ぬ? もちろん、構いませんよ。でも単衣。あなたじゃ私に勝てませんよ」
「それは、どうかな」
勇ましい表情を単衣は浮かべた。
「10年間、君の為に努力してきた。愛の力だったら僕だって、負けない」
ほう、と林は唸る。
「良いでしょう」
林は言う。
「私の愛に、あなたは勝てますか」
そして愛刀・桜に手を添えた。
「ねえ、林」
単衣は言う。
「三校合同大会の時の約束、覚えてる?」
「ええ、覚えてます。約束はチャラですね」
「何言ってるのさ。自動防衛システムを抜ける攻撃はルール違反。君の反則負けだよ」
「そうなんですか? でも力の差は歴然でしたよ」
「そうだね。だからノーカンだ。この戦いで決めよう」
すう、と空気を大量に吸い込んだ。目を閉じて、全神経を研ぎ澄ませる。そしてゆっくりと息を吐いた。
「君と結婚するために」
単衣は手を鞘に添えた。
「僕は今を全力で勝つ!」
それは単衣のプロポーズ。そして愛する者へ向けた、別れの言葉でもあった。
「決着をつけよう。林!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます