二人の覚悟

「AIの癖に、安直だぜ」


 涼は言った。


「先も言ったが、俺らは命をすり減らして金を稼いでいる。それを渡すってことは、重大な行為なんだよ」

「命など、この時代では価値はない。そこの草薙のように、アンドロイドになってしまえば不老不死となれるではないか」

「それでも、アンドロイドになった弟切は死んだぜ」


 涼は言った。


「結局のところ、アンドロイドになったからといっていつ死ぬかわからないんだよ。アンドロイドになる前に死ぬかも知れないしな。なんせアンドロイドになっちまったら……」


 涼はちらりと草薙を見た。


「人を愛することなんて出来なくなっちまう」


 涼は草薙を哀れに思っていた。涼自身、愛を知っているからだ。


「人を愛する、か。荒木、貴様も結婚するのだったな」

「ああ。てめえも結婚式、来るか?」


 なんて冗談を涼は言った。


「さて、結婚式が執り行えるかどうかは」


 ノウンはにやりと笑う。


「貴様次第だ」


 そして、ノウンと涼の間に映像が投影された。その映像は、涼たちWOLFのメンバーを少なからず動揺させた。


「友里……」


 涼が言った。映し出されているのは、涼の自宅内の映像だった。呑気に家事をしている友里が映し出されていた。


「てめえは最後までそうなんだな」


 涼は言った。かれこれ約10年の付き合いである。もはやノウンがしたいことは、言わずとも涼はわかるのだった


「ああ、そうだ」


 とノウンは言う。


「私は現在の愛の実態を受け入れることが出来ない。だからこそ、こうやって問い続けるのだ」


 そしてノウンは両手を広げる。


「さあ、荒木。私の最後の問いだ。貴様らの愛が希薄でないというのなら、答えてみせよ。私のAIは現在、とあるサーバーに通信をし続けている。貴様が私を撃ったり、シリエル・ロローがハッキングしてそれを中断した場合、小坂友里がいる部屋は爆発する」


 はは、と涼は笑う。


「どうせ、はったりだ」

「そうかな? 君の上司だった弟切がどうなったか、思い出してみると良い」


 涼は少し黙った後、再度口を開く。


「俺が撃てないと思うのか。弟切を撃った俺が」

「貴様は弟切を愛していなかっただろう。しかし今回は、貴様にとって最も大切な存在だ」


 やはり涼は黙った。


「荒木」


 草薙がいつの間にか傍にいて、涼の肩に手を乗せた。


「私がやる」


 そして草薙はノウンに対峙した。


「お前が弟切を撃ったあの日を、私は一度たりとも忘れたことはない。これでお相子だ」


 草薙は右掌をノウンに向けた。


「おい、待てよ」


 涼が草薙の手を押さえた。


「誰が任せるなんて言った」


 涼はにやりと笑う。


「草薙。てめえは一生俺の部下なんだよ。貸しは一生返せねえんだ」


 涼はそう言うと、草薙よりも一歩前に出た。そしてハンドガンを取り出して、ノウンに向ける。そして涼は目を閉じた。





「友里」


 雨上がりの朝。瑞々しい空気が美味しい、快晴の空の下。寮の近くの公園のベンチに、友里は腰かけていた。涼はすぐ傍まで寄ると声を掛けた。


「涼、話って」

「ああ」


 涼は隣に腰かけた。


「ようやく仕事が落ち着いたんだ」


 そんな風に、涼は切り出した。


「その、結構前に、その、好きって言ってくれただろう」


 ひゅう、と風が通り過ぎる。もう、大分暖かくなってきた時期だ。


「ああ、あれね」


 と友里は何ともなしに言う。


「もう、忘れちゃったのかと思った」


 と言葉の割には、悲し気に笑っている気がした。


「忘れるものか」


 涼は言った。


「俺は付き合って良いのかって、ずっと考えてた」

「それは、私が恋人で良いのか、ってこと?」


 友里は冗談っぽく言うが、不安を隠しきれていない。


「違う。そうじゃない」


 涼は言い切った。


「俺は危険な仕事に就いている。いつ死ぬかわからない。ついこの間、沢山の上司が死んだばかりだ。そんな俺が、恋人なんて作っても良いのか」


 涼は苦しそうに言った。


「知っているよ」


 友里はそう言って微笑んだ。


「涼がどんな仕事をしているか、当然知っている。そんな涼の恋人になるってどういうことなのか。どんな覚悟をしなくちゃいけないのか、私は知っているつもりだよ」


 俯いていた涼は顔をあげて、友里を見た。目と目が合って、友里はにこりと飛び切りの笑顔を向けた。


「ッ……!?」


 あまりにも可愛い友里の笑顔に、涼はドキっとした。目が見開き、友里の瞳から目が離せない。


(そうだった。俺はずっと、ずっと友里のことが好きだった)


 今一度、自分の気持ちを涼は再確認した。


「俺はいつか死ぬかも知れない。俺の恋人ということで、敵に友里が狙われるかも知れない。もし友里が人質になったら、俺は……」


 涼はごくりと唾を飲む。


「わかってる。私が人質になったら、私を見殺しにして良い。だからさ」


 友里は身体を涼に向けて、頬を真っ赤に染めて、くりっくりの目で涼を見つめた。そしてぷっくりと赤い唇をふるふると震わせて、ゆっくり口を開く。


「私と付き合ってください」


 その言葉は、涼の心をぎゅっと抱きしめた。


「ああ、ああ」


 その勢いで、涼の目から涙が零れた。


「ああ、わかった。友里、俺の恋人になってくれ。そして、俺の支えになってくれ」


 懸命にそう言った涼は、ぼろぼろと涙を零す。


「うん」


 そして友里は、今度は自身の身体で涼をぎゅっと抱きしめたのだった。





「ノウン、お前は知らねえ」


 銃口をノウンに向けながら、涼は言った。


「俺と友里は、とっくに覚悟してる」


 そうだ。と涼は自分に言い聞かせる。


「友里は俺を失う覚悟をしている。俺の為に死ぬ覚悟をしている」


 涼はただ、誰に言う訳でもなく、淡々と呟くように言う。


「俺がやらなきゃならないことは、いつだって簡単だ。だから後は」


 涼は引き金に力を込める。


「覚悟するだけ!」


 炸裂音が響いた。涼が構えたハンドガンから銃弾が発射される。銃弾はジャイロ回転で空を切りながら、高速で突き進む。やがてそれはノウンの脳天を勢いよく貫いた。


「見事だ」


 ノウンは言った。涼は映像を見る。爆発なんてしていなかった。


 たん、と涼はその場に座り込む。


「はは。寿命縮むぜ、ほんと」


 涼は力なく笑う。


「シリエル。後は任せたぞ」

「うん、了解!」


 そして、草薙が涼の肩に手を乗せた。


「お疲れ」

「ああ」

「しかし、誰が一生部下だ。荒木。調子乗っていると蹴落とすからな」

「はは。うるせえ」


 そして涼は目を瞑る。


(単衣。あとはお前次第だ)


 なんてことを思うが、涼は心配など微塵もしていない。

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