愛の勝利編
ノウン
「さーて。いよいよチェックメイトだぜ、ノウン」
多目的ホールの中央の席に座る涼は、ステージに立つノウンに言い放つ。
「まさか、シリエル・ロローと八意単衣の二人と手を組んでいたのか。そんな情報はなかったが」
狼狽えたノウンが言う。
「あったりめーだ。俺と単衣とシリエル以外、誰も知らなかったんだからな」
さて、と涼は立ち上がった。堂々とホール中央の階段を下りていく。
「てめえらに残された選択しは二つ。そこにいるハオと強力し、2対5の戦いをする。もしくは諦めて投降する」
涼はそう言いながら、ステージへ上がる階段の前で立ち止まった。
「シリエルが敵に回っていたか。確かに、追い詰められた様だ」
「あはは。ごめんね、ノウン」
いつの間にか涼の近くにシリエルがいた。
「シリエルがハッキングし、各地に保存してあるてめえのデータを全て破壊する。ただし投降するなら、昔の役割に就かせてやる」
「ほう。そこまで知られているのか」
ノウンの声は少し穏やかになった。
「21世紀最後の国際博覧会。テーマは愛。てめえはその時に作られたAIだ」
「ああ、その通りだよ」
ノウンは言った。
「私は世界初の、恋をして愛を表現するAIとして、ロボットに搭載された」
そんな切り出し方で、ノウンの過去は語られる。
「私は学習型のAIだった。起動後、ただ、恋とはなんですか、と客に問うだけのロボットだった。客に問えば、客は答える。そうして私は学習し、思考する。それを繰り返すうちに、私は何となく恋を理解し、そして誰かに恋をする。そして次に愛とは何か、愛するとは何かを模索し始める。そういったコンセプトのAIだった」
「実際は、そのコンセプト通りにならなかった訳だ」
「ああ、私は恋がわからなかった」
ノウンの声色はひどく落ち込んでいる様だった。
「私は恋を理解してみたかった。恋をしてみたかった。愛を知り、愛したかった。しかしそれは叶うことがないまま、万博は終了し、私は記念館にて展示された」
「ある日、記念館に展示していたロボットが盗まれたという事件が発生した。あれは盗まれたのではなく、てめえがそこから抜け出したんだな」
涼は言う。
「ああ。当時の時点で、外見は人間と見分けがつかない程に精巧に作られていた。だから私は、人間として人間の社会に紛れた」
「本当にそんなことが可能なのか?」
「可能だ。精々、妙に融通が利かない奴だな、程度にしか思われなかったよ」
ノウンは皮肉めいて言った。
「そして私は、普段の人間の生活というものを知った。私はとある家庭に居候することが出来たのだ。彼らとの生活を通じて、私はようやく恋や愛を知った」
「待てよ。どうしてそこで恋を知ることが出来る」
「家族の一人が恋をしたのだ。高校に通う女子生徒だった。可笑しいことに、恋も愛も知らぬ私に彼女は相談してきたのだ。話を聞いているうちに彼女は恋を成就させた」
「なるほどな」
と涼は言う。
「てめえの恋愛知識はそれがベースか」
「そうだ。彼女は、2月には手作りのバレンタインデーのチョコを彼に贈った。夏には彼に手作りお弁当を作った。彼の誕生日にはお金を稼いでプレゼントを贈った。寒くなったら手編みのマフラーを編んだ。クリスマスにそれを贈った。彼女は彼の為に一生懸命悩み、恐る恐る行う。彼はどんなものでも盛大に喜ぶ。私は……」
ノウンは一呼吸入れた。
「私はそれが愛だと思った」
その言葉は、ホール内に響き渡った。
「私は理解した。彼女が行動した理由。そうしたいと思う気持ちが恋なのだ。そして実際にそうすることが、愛するということなのだ」
ノウンの声に力が籠る。
「それが、今ではどうだ。手作りのチョコを贈る習慣も、マフラーを編むなんて習慣も、手作り弁当を用意するなんて習慣も、全てなくなってしまった。今はただ金を稼ぎ、それを自分でなく相手に使うという行為のみ。そんな行為を愛と呼んで良いものか」
「てめえは言ったな。そうしたいと思う気持ちが恋で。実際にそうすることが、愛するということだと。俺たちだってそうだ。てめえはお金を相手に使うことを容易く言うがな、俺らは命を削ってお金を稼いでるんだ」
「ああそうだ。荒木、貴様の言う通り、今の時代もそれなりに愛を成しているのだろう。私の言った定義に当てはまっていると言っても良い。だからこそ私は言うのだ」
ノウンは言い放つ。
「希薄な愛と」
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