初めての料理

 料理をしようにも、作る場所も、作る道具もないことに二人は気付いた。


「林の家ならあるんだろうけど」

「良いじゃん。行っちゃおう!」

「え?」


 シリエルは単衣に抱きつく。そして足下に魔方陣が展開された。


「転送魔法!?」


 そうだった、と単衣は思った。シリエルは召喚、転送魔法を完成させた天才だった。


 そして強烈な光に飲み込まれた単衣。光が収まると、そこはもう林の家の前だった。


「ちょっとシリエル! 急に転送させないでよ。二人とも靴履いてないじゃん」


 単衣は靴下のままで、シリエルは黒タイツのままだった。


「いいから、早く行こ!」


 息を吸うように門のセキュリティをハックし、敷地内に入ってしまうシリエル。


「シリエル! ハックしなくても入れるから!」


 単衣はそんなことを言いながら、門の認証を終えてシリエルを追う。


「うわあ、凄い」


 嬉しそうにはしゃぐシリエル。単衣が玄関の認証を終えると、中に入って台所へ向かった。


「ここだよ。いつもここで料理してる」


 と単衣。単衣も食事後の洗い物を手伝う為によくここに来ていた。


「これこれ。これで材料を温めてた」


 台所は洋式で、IHクッキングヒーターが二機設置されていた。単衣はその片方を指さして言った。


「ところで、何を作るの?」

「ちゃんと調べてきたよ。カレーを作ろうと思う」


 ふふん、とシリエルは威張りながら言った。


「カレー? それはまた何で?」

「簡単そうだったし!」


 にかっと笑うシリエル。まあ初めてやるのだから、簡単に越したことはないだろうと、単衣は思った。


 シリエルはイヤホン型スマートフォンを操作した。


「えっと、ジャガイモ」


 そう呟いたかと思えば魔法陣が展開されて、そこからジャガイモが出現した。


「ニンジン、玉ねぎ、豚肉……」


 同じ要領で、次々と材料を揃えていくシリエル。


「それで……あ、あとルーを入れて煮込めば完成だって」


 そんなことを言いながら、最後にカレーのルーを出現させた。


「それで、まずはどうするの?」

「えっと……ジャガイモ、ニンジンの皮を剥いて、一口サイズに切ります。単衣、やって」

「僕が?」

「だって、剣士じゃない」


 関係ないだろうと、単衣は思ったが口に出すことはやめた。





 5分後。シリエルに見せてもらった動画を参考に、単衣はニンジンの皮を剥いているところだった。


 しゅっしゅっとピーラーで皮を剥いていく単衣。何度か林の料理を手伝っている単衣は、多少は手慣れていた。


(そういえば、林は料理するのも早かったなあ)


 あっという間に皮を剥いて、一口サイズに切ってしまう林の姿を思い出した単衣。いつの間にか単衣が握っているニンジンの皮も剥き終わっていた。


 単衣は引き出しから包丁とまな板を用意して、ニンジンを切り始める。


――良いですか、猫の手です。


 林との会話が記憶から蘇る。


――猫の手?

――そうです。そうやって押さえると、指先や爪を切らずに済むのです。


 単衣は教えの通りにニンジンを押さえた。


――あれ、林。切れない。

――単衣。包丁は押し込んでも切れませんよ。奥に押すか、手前に引くのです。

――奥に押す……あ、出来た。


 ストン。軽快な音が響いて、単衣は我に返る。既にニンジンは切り終わっていた。


「おぉー。単衣、慣れてるね」


 関心したようにシリエルが言った。


「まあね」


 単衣は笑う。


(林……会いたいな)


 ただ純粋に林を想う。


(やっぱり、このままじゃ駄目だ)


 そして決意した。





 初めて作ったにしては、かなりマシなカレーが出来上がった。茶色で肉野菜の油が染みたルー。ほくほくのジャガイモ。色鮮やかなニンジン。ルーに紛れて凹凸を見せる豚肉。見た目は単衣が良く知るカレーそのものだった。


「いただきます」


 二人は手を合わせると、スプーンでルーとご飯をすくって、恐る恐る口に運んだ。口に含まれたそれを吟味するように咀嚼する。


「お、美味しい」


 単衣が思わず声を漏らした。


「うん、うん! 美味しい。凄く美味しいよ!」


 シリエルが興奮したように言った。


「凄い凄い! 嘘みたい! 私達が作ったのこれ!?」


 シリエルは、左右で色の違う瞳をキラキラさせて言う。


(何か、既視感あるなあ)


 シリエルがはしゃぐ姿を見て、単衣はそんなこと思う。


(ああ。僕が初めて林の手料理を食べた時、こんな感じだったかも)


 単衣は、林の手料理を初めて食べた時、あまりの美味しさに感動したことを思い出した。


(今の僕は、ほとんど林との経験で出来ているんだなあ)


 そして、やはり林のことを想う。


「単衣」


 シリエルの声が響いた。とてもまじめな声色だった。


「単衣はこれからどうする? 私は何もかも忘れて、二人で一緒にいたい。単衣は?」


 オッドアイが単衣を真っすぐ見つめていた。


「シリエル。僕は林を忘れられない」


 単衣は言う。


「だから、林を助けに行くよ」


 単衣が答えると、シリエルは笑った。なんだか安心したような笑い方だった。


「そう言うと思った」


 シリエルの声はおだやかだった。


「じゃあ聞いて。私たちのこと。私と枝垂さんのこと」


 そんな切り出し方で、彼女らの全てが語られた。

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