目覚め
単衣は目を覚ました。木目の天井がぼやけて見えた。
「あ、目を覚ましたんだ」
オーボエの音色のようなとても綺麗な声が響いた。身体を起こして、声がした方を向こうとした。
「うぅ」
強烈な嫌悪感や倦怠感が襲って、単衣はそれを断念した。単衣は倒れるようにベットに横になる。
「まだ寝てなきゃだめだよ」
その声の主は、そんなことを言いながらこちらに寄ってきた。単衣はちらりと横目で見た。
凄く綺麗な金髪の髪をしていた。その髪は腰辺りまで真っすぐ伸びていた。顔は整っていて、左右で色の違う目が印象的だった。肌の色はとても白くて、白いワンピースがとても似合っていた。
「えっと……だれだっけ」
寝起きの単衣は、脳が上手く働いていなかった。
「あはは。まだ寝ぼけているんだ」
彼女は綺麗な声で笑う。
「シリエルよ。シリエル・ロロー」
シリエルという名前に、単衣は少し思案した。
「ああそうか。ハゼスの。あれ、僕は何でここに」
単衣は辺りを見渡す。木製の部屋。すぐ傍に点滴があって、そこに伸びたチューブが単衣の腕に繋がっていた。
「説明するね。単衣は枝垂に斬られたの。それで意識不明の重体となったあなたは、都内の病院で入院中だった」
そうだ、と単衣は思い出した。あの日、林に斬られたこと。林がノウンに敗れ、連れ去られてしまったこと。
「それでね、ノウンが言うの。念のため、単衣は殺しておこうって。だから私はハゼスを抜けて、君を病院から誘拐し、ここで匿ってたって訳」
そう言い終えた後、シリエルは不必要に単衣に顔を近づけてきた。
「普段の単衣はかっこいいけど、寝起きはちょっと可愛いね」
そう言ってニコニコ笑うシリエル。
(そうだった。この子は僕のことを、かっこいいと言う子だった)
そして、シリエルが躊躇いもなくキスしたことも思い出す単衣。
「あれれ。顔、真っ赤だよ?」
シリエルが言った。単衣は恥ずかしくなって顔を背ける。
「ねえシリエル。あれからどうなったの」
顔を背けたまま、単衣が言った。
「そうね。色々あったわ」
そして単衣は、シリエルの口から壮絶な後日談を聞かされたのだった。大阪に東京タワー、東京スカイツリーが落下してかなりの被害が出たこと。対特殊部隊が解散されて、米国のWOLFが代わりとなったこと。そのWOLFに涼が入隊したこと。そして東京にスタースピアが落下するのを防いだこと。その際に、林が弟切を斬ったこと。涼がその弟切にとどめを差したということ。
「ああ、あと単衣の両親がね。スパイだったの。一本取られちゃった」
「父さんと母さんがスパイ? じゃあ今は」
「今はWOLFの隊員として働いているわ」
そっか、と単衣は目を瞑る。
「じゃあ、林は」
意を決して、単衣は言った。
「生きてるよ。ただ魔獣の意思に犯されていて、それをノウンが頑張って制御しているわ」
「助けなきゃ」
単衣は立ち上がろうとした。しかしやはり、襲い掛かる嫌悪感、倦怠感には勝てず、ベットに倒れた。
「その身体じゃ、まだ無理よ。傷は全て完治しているけど、体力が衰えているわ。それに……」
シリエルは少し表情を暗くした。
「いえ、今はとにかく回復することが優先よ。待ってて、今おかゆ持ってくるから」
シリエルは部屋から出ていく。単衣は身体を横に向けて、すぐそばにある窓の外を見た。
外は快晴で明るかった。柵で囲まれた庭が見えた。その柵の向こう側に道路があって、さらにその奥は林になっていた。
「ここはコテージか何かかな」
「そうだよ」
丁度ドアを開けたシリエルに独り言を聞かれてしまって、単衣は少し恥ずかしくなった。
そのシリエルは小鍋を乗せたおぼんを持っていた。それをサイドテーブルに置くと、鍋の蓋を開けた。
むわっと、湯気がたちまちに立ち込めた。同時に、お米をふやかした匂いと、卵をといで温めたような匂い、鰹節や昆布のだしの匂いが単衣の鼻孔を刺激した。
「えっとね、卵おかゆ、だってさ」
シリエルの言葉に、ああそうか、と単衣は一つ納得した。林と生活している時は、自炊が当たり前だった。きっとシリエルは、テーブル一体型料理機で「卵おかゆ」というメニューを選択したに過ぎないのだ。
シリエルはレンゲでおかゆを少しすくう。レンゲに乗ったおかゆから湯気が出ていた。
「ふぅー、ふぅー」
その湯気を吹き払うかのように、息を吹きかける。
「はい、あーん」
そしてそんなことを言いながら、おかゆが乗ったレンゲを差し出すのだった。
「いいよ。一人で食べられるって」
「いいから。はい、あーん」
単衣は渋々そのレンゲに乗ったおかゆを、そのままぱくりと食べた。
「どう、美味しい?」
なんだかとても楽しそうにシリエルは言う。
「うん。まあ」
照れながら単衣は言った。
「あはは。じゃあ、はい、あーん」
単衣は差し出されたおかゆをぱくり。もぐもぐと咀嚼する。
「シリエル」
「うん?」
「ありがとう」
単衣はそう言って笑う。
「どういたしまして」
シリエルも笑った。
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