再会

「ここか」


 涼たちはノウンのサーバーがあると思われる部屋の扉の前まで来た。


「奈々、部屋の中は」

――クリア。セキュリティも解除済です。

「よし、行くぞ」


 涼が勢いよくドアを開けて突っ込んだ。


「……随分とお洒落なサーバールームだな。おい」


 部屋の様子を見た涼が皮肉を込めて言った。


――なっ、そんな! たしかにサーバールームだったはず。


 狼狽えた奈々の声が響く。


 部屋の中は、大きな多目的ホールだった。ホールの最奥にステージがあって、そのステージ中央には涼たちが良く知る人物が数人立っていた。


 ステージ奥の壁はステンドガラスで覆われていて、そこから薄っすらとビルの外の景色が見えていた。


「希薄な愛によって育てられた者共。ごきげんよう」


 不気味な機械音声が響いた。


「ノウン!」


 怒気を含んだ声で、涼は言った。木製で丁寧にニスが塗られたステージに、ノウンは立っていた。


「お久しぶりですね。皆さん」


 どこか懐かしい声。子供らしかった声は少し大人びていて、弦楽器のような美しさがあった。


「ああ、久しぶりだな。枝垂」


 涼はそう言って林を見た。成人を過ぎた林はすっかり背が伸びていた。胸が膨らんで、尻も大きくなっていた。女性的魅力を格段に増して成長した姿がそこにあった。


「相変わらず、化け物なんだな。てめえは」


 林の様子を見た涼が言った。真っ白な髪の毛は膝辺りまで伸びていた。そして目は、やはり開いていた。血のように紅く染まった眼球。猫のように細長く、金色の虹彩。かつて単衣を斬り、弟切の首をはねた時と全く同じ目だった。


「ふふ。化け物ですか。たしかに」


 林は不気味に笑う。


「皆さんを斬りたくて斬りたくて仕方がない私は、たしかに化け物なのかも知れません」


 そして殺気。ホール内が重苦しい雰囲気に包まれた。


「ノウン、話がある」


 涼はホール内中央へ進んでいく。


「奇遇だな。私もだ」


 ノウンが言った。


「そうか。だが話すのは俺からだ」

「良いだろう」


 涼に続いて、雅と前司、草薙が後に続いた。涼はホールの丁度中央辺りで立ち止まった。


「三カ国がお前らを切った」

「知っている」

「これ以上テロ行為を続けるのは無謀だ」

「そうかな。今もこうやって貴様らを出し抜けた」

「だから何だよ。俺には最後の悪あがきにしか見えねえ」


 そして涼は、ホール内の設置された椅子に堂々と腰かけた。完全に無防備な状態だ。


「ノウン。てめえの正体も見破っている」

「ほう、言ってみよ」

「21世紀最後の年。お前はその時に開発されたAIだ」


 涼の言葉に、ノウンは無言を貫く。


「現在の技術でも、人間の人格、意思、魂と呼べるもののコピーはできない。もし可能だったなら、弟切は今も生きている」


 現在可能なのは、記憶の複製のみ。それだけで人間の意思、人格というものは成り立たない、というのが結論だった。


「だがAIなら話は別だ。所詮はプログラムだからな。AIであるお前は、判断材料となる記憶という名のデータと、AIのプログラムデータを、あらゆる場所にバックアップしていただけに過ぎない」

「その通りだ」


 ノウンが認めた。


「私の元は人間ではない。だからこそ、人間の愛に惹かれ、人間の愛を求めた。そして上は、あっさりと私を切れる」


 ノウンは寂しそうに言った。


「ここからは私の要求である。荒木、私と組みたまえ」

「なに?」

「私と組むのだ。そして私を切った三カ国を滅ぼす。貴様らにとっても邪魔な国のはずだ」


 その言葉を聞いた涼は、返事もせずに高らかに笑う。


「おいおい。三カ国のバックアップが無くなったお前らの脅威は、そこの枝垂くらいだぜ? そのお前らと協力だと?」

「拒否権は無い。枝垂」


 林は腰に携えた愛刀、桜に手を添えた。枝垂流、最速の居合の構えだ。


 しかし、林が構えても、涼の態度は相変わらずだった。にやにやと笑って、ノウンをただ見ていた。


「いいか、良く聞け」


 ふてぶてしく座った涼は、はっきりと言った。


「お断りだっ!」

「枝垂っ!」


 ノウンが林を呼んだ瞬間だった。ステージの奥のステンドガラスが勢いよく割れた。七色に飛び散る破片と共に、人影が飛んで入ってくるのが見えた。


「枝垂っ! いいからやれ!」


 ノウンが慌てて林に指示を出す。


「枝垂流・柊」


 林はそう言った後、一瞬にして涼に肉薄した。そして抜刀。その勢いのまま涼を斬りかかった。


「!?」


 驚愕の表情を林は浮かべた。自分の刀の切っ先は涼の喉元を切り裂くはずだった。しかしその切っ先は大きく逸れて、涼の頭すれすれを通り過ぎて行った。


「枝垂流・柳」


 そう言った単衣は、愛刀、椿を既に納刀していた。


 そして刀を弾かれて隙が出来た林を、単衣は抱きしめるように拘束した。


「単衣? 単衣!」


 林はその鼓動、匂いですぐに単衣だと理解した。


「シリエル!」


 林を抱きしめた単衣は、唐突にその名を叫んだ。すると足元に魔法陣が展開される。


「単衣!」


 涼が叫ぶ。


「涼!」


 そして単衣も叫んだ。


「林は任せろ!」

「ノウンは任せろ!」


 お互いに必要最低限の言葉を交わした後、単衣と林は消えた。

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