カーチェイス

 弟切は魔力を込めた。すると車のトランクが開いて、沢山のアサルトライフルが浮遊し、弟切の周辺に停滞した。


「君の名は」


 戦闘準備が整った弟切が言う。


「あ? 佐藤だよ」


 佐藤の返答に、弟切は笑った。


「ぷふーっ! 佐藤って。生意気な性格なくせにありふれた名前してて、ちょーウケる」


 あまりに子供じみた煽りに、涼と草薙はため息をついた。


「てめえ、俺の名を馬鹿にしやがったな! ぜってぇ許さねえ」


 思いのほか弟切の煽りは効いているようだ。


「それじゃあ、始めようか」


 弟切がそう言うと、周辺に停滞していたアサルトライフルの銃口が、全て佐藤に向く。


 そして、一斉射撃。フルオートでの乱射。あらゆる角度から、無数の銃弾が佐藤を襲う。


 すると不思議なことが起きた。銃弾は佐藤に到達する前に何度か水しぶきを上げて、そして佐藤が展開する魔法陣によって簡単に弾かれてしまった。


「ふむ、なるほど」


 それを見た弟切は全て理解したようだった。


「薄い水の膜を幾層にも張り巡らせていたんだね。それで銃弾の勢いが落ちた、と」


 すると佐藤は驚いた顔を浮かべた。


「おいおい、初見で見破っちまったよ。ざっけんな!」


 佐藤はかなり憤った様子だった。ぼさぼさの髪に無精髭も相まって、かなり醜いと涼は思った。


――荒木君。


 弟切がプライベートチャンネルを利用して涼に話しかけた。


――少ない水なら火に弱い。魔法を使ってくれるかな。

――了解!


 涼は快諾すると、窓から身を乗り出して右手を佐藤に向けた。


「フレア・ボール!」


 巨大な火の玉が出現。高密度に圧縮された炎が、ごうごうと轟きながら佐藤に向かって突き進む。


「はあ? 炎魔法とか、素人かっての」


 佐藤が言った。巨大な火の玉は見るみる小さくなっていき、やがて佐藤に届くことなく消失した。


 今は高速で走行中だ。前方を走る佐藤に向かって火の玉を当てるには、向かい風があまりにも強すぎた。


「荒木君、弾丸を意識するんだ」


 弟切が言った。


「ばーか。させるかよ」


 佐藤が水の魔法を放つ。それは鋭利な刃となって、涼が乗る車に襲いかかる。


「私だってそうさ」


 弟切は魔法陣を展開。水の刃は完全に防がれた。


「荒木君、後ろだ」


 弟切の言葉に、涼は後ろを向いた。一台のバイクに乗った運転手が銃を構えていた。ハンドガンだ。


 運転手は真っ黒なヘルメットを着用していて、顔が見えない。その運転手がハンドガンで数発、発砲した。咄嗟に涼は魔法陣を展開。被弾を防ぐ。


 するとバイクはスピードを上げた。それに合わせて前方を走る敵の車両が急に減速する。


「チィッ!」


 草薙は舌打ちをして、衝突を避ける為にハンドルを切った。結果的にバイクを左側に、敵の車両が右側に位置してしまう。


 涼たちが乗った車を、両サイドで挟む形となった敵。バイクに乗った敵がハンドガンを、自動車の後部座席に乗った敵がサブマシンガンをそれぞれ構えた。


「荒木! バイクの方を」


 草薙が叫んだ。緊急だから呼び捨てだ。


 涼と草薙は魔法陣を展開した。そして発砲が始まる。炸裂音が左右から何度も何度も響き渡って、その度に銃弾が魔法陣をしつこく刺激する。


「弟切! 何とかしろ!」


 草薙が堪らず叫んだ。


「こっちも戦闘中だってば!」


 弟切は叫びながら、背中を思い切り折ってのけ反った。するとヘルメットで覆われた弟切の顎が天に向いて、その先端を佐藤が振った剣が掠めていった。佐藤は既に涼たちの乗っている車両に飛び移り、弟切と接近戦をしていた。


「ひええ」


 ふざけているのか、本気なのか判断に困る弟切の悲鳴。


「なーんちってっ!」


 弟切はそう言うと、両腕を勢いよく伸ばした。するとその勢いで40センチ程の刃が飛び出て、手の甲に装着される。


 そして弟切はのけ反った態勢から、身体のバネを利用して勢いよく態勢を戻す。その勢いを利用して、装備した剣を振った。


「うぉ!」


 予想外の攻撃に、思わずそんな声を漏らす佐藤。


「ほーれ」


 佐藤が紙一重で攻撃を避けてすぐ、そのような軽いノリで弟切は何かを遠くに投げた。攻撃を避けるのに一杯だった佐藤はそれを通してしまう。


「なぁ! 弟切!」


 投げたものを察して、草薙は怒った。


――ごめーん、目と耳塞いでね。


 その言葉に涼も察して、戦慄した。すかさず言われた通りに目と耳を塞ぐ。


 そして弟切が投げたものが敵の車両の前方に落ちた。その瞬間、凄まじい光が辺り一帯を包み込み、耳をふさいでもなお喧しい炸裂音が響き渡る。


 弟切が投げたのは、かつて三校合同大会において他校の女生徒が枝垂林に対して使用した、スタングレネードだ。


 左隣を走っていたバイクは横転し、右隣を走っていた車は急ブレーキを踏んだらしく、減速した。


「がぁ! 耳がぁ!」


 佐藤も、もろに食らってしまったらしく、両耳を両手で押さえて苦しむ。


「あーらよっと」


 そんな呑気な声で行ったのは、両耳を両手で押さえているためにがら空きになった鳩尾を、思い切り殴ることだった。


「がはっ!」


 勝負あり。車を停車して、蹲る佐藤を拘束した。


――奈々。敵を押さえた。報告を。


 草薙が言った。


――了解。では次の敵の車両に向かってください。


 と奈々。


「いやあ、大変だ。大仕事だね」

「文句を言うな。行くぞ」


 草薙がそう言って車に乗り込む。弟切と涼もそれに続いた。

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