告白と初任務
バーからの帰り。ようやく男子寮に着いた。その入口には女性が立っていた。ベージュのコートを羽織って、両腕を抑えながら寒そうに震えていた。
「友里。待ってたのか」
涼は慌てて駆け寄った。
「遅かったね」
苦笑いを浮かべながら、友里は言った。
基本的に異性の立ち入りが禁止されている寮に入れる訳にも行かず、涼は近くの喫茶店に行こうかと提案した。
「待って。ここで良い。すぐ済むから」
笑って済むような話をする訳では無さそうだと、涼は身構えた。
「本当は落ち着いた頃に話そうと思ったんだけど」
友里は息を吐いた。まだまだ冷えるこの時期。吐いた息は白い。星の見えない夜空に向かって上昇していく。
「涼、あのね」
妙に渋る友里に、涼は違和感を感じた。顔はとても紅くて、身体をもじもじとくねらせていた。
「涼、私は……」
ぼそっと呟いたあと、何かを決意したかのように、ふいに顔を上げて涼の顔を真っすぐに見つめる。
涼はその黒い瞳に吸い込まれそうになった。暗くて星が見えない夜そのものに見えた。
「私はあなたが好き」
どくん、と思いきり心臓を叩かれたような感覚を、涼は感じ取った。
「今、なんて……」
涼は思わず聞き返す。
「好き。ずっと前から、涼が好き」
友里は真っ直ぐ涼を見つめて、頬を紅く染めて、吐く息をより一層白くして、言った。
「忙しい時期にごめんね。でも、このまま落ち着くのを待っていたら、一生言えない気がして」
友里はそう言って俯く。顔が凄く紅い。薄っすらと涙もこぼれていた。
「友里、俺は」
そして言葉が詰まる、涼。
(なんて言えば、良いんだよ)
好きな相手に告白された。普通は了承すれば良い。しかし今の涼は、恋愛を考えられるほど余裕ではなかった。
「ごめん、返事は待ってくれるか」
それが涼にとっての精一杯の返事だった。下手に好きと伝えることも控えるべきだろうと、涼は考えた。期待はさえるべきではない、と。
「うん。待ってる」
友里はそう言い残して、女子寮の方へ去っていった。
涼は自室に入ると、ベットに倒れ込む。
「頭が追いつかねーよ」
ぼやきが部屋に響いた。
*
数日後。男子寮を出た涼。外は快晴だった。寮の門の前には一台の黒い車が停まっていた。涼はその車に乗り込む。
「やあ、おはよう。荒木君」
助手席に座っていた弟切が言った。
「おはよう」
運転席に座ってハンドルを握っている、草薙が言った。
「おはようございます」
と涼。
「急ぐよ。初任務だ」
弟切が言うと、草薙が車を出発させた。緊急時、自動操縦は使わないのが基本である。涼は休暇中だったが、ハゼスが動いたとの緊急連絡を受けて、これから急遽出動だ。
「弟切さん、今日は酔っていないんですね」
涼が笑いながら言った。
「む、失礼だな。立場を弁えろ!」
弟切がそう言うと、草薙が笑った。
「立場だと? 君はもう平だろう?」
草薙が言うと、弟切は子供のようにいじけた。
涼は二人を見た。二人とも戦闘用の装備をしている。黒いスーツを着て、頭は黒いヘルメットを着用していた。
「それで、詳細は」
涼が言った。
――詳細は私が。
アナウンスの声は、聞きなれた女性の声だった。
――改めまして。あなた方のオペレーターを務めます。神原奈々です。以後、私、弟切、草薙、荒木の四名をチームアルカと命名します。チャンネルを送信したので、荒木君、今すぐ登録してね。
涼はすぐイヤホン型スマートフォンのモニターを立ち上げて、操作をした。
「登録しました」
――では、今からプライベートチャンネルに移行します。あー、あー、聞こえますか。
「聞こえます」
――オッケーです。では詳細を。不審車両、計10台を確認しました。EMPレーザーの破壊工作員とAIが推測した為、ただちに対処に向かってください。
「了解です」
涼は返事をすると、目を閉じた。
「緊張するかい?」
と弟切。
「いいえ。集中の為に、目を閉じただけです」
涼の言葉に、弟切はふふっと笑った。
「荒木君、目つき悪いけど意外に真面目だよね」
「たしかになあ。未成年だからと、バーに入るのも躊躇っていたし」
弟切の言葉に草薙が笑って同調した。
「やめてくださいよ」
涼は自分が真面目だと思われることが、何となく嫌だった。
*
――間もなく、目標車両付近です。
高速道路を30分ほど走った頃、奈々が言った。
「神原さん。車両の特徴は」
――奈々とお呼びください。言葉も選ばなくて結構です。
「……了解。奈々、車両の特徴を」
涼が不慣れに奈々と呼ぶと、奈々はとても嬉しそうに鼻を鳴らす。
――車両の情報を含め、資料を送信します。
すると助手席側のフロントガラスに、車両の写真と位置データが表示された。
「GPSを反映させるね」
「ええ、お願い」
弟切が操作をした。するとフロントガラス越しに映る外の景色に、ナビ情報が補足される。3D座標系のグリッド線が引かれて、見える建物にはポップアップで名称が表示されている。そして目標の車両と思われる赤く強調された輪郭線が、遠くの方に表示されていた。
「あれね」
と草薙。アクセルを強く踏んで、車を加速させた。
「さて荒木君。敵を捉えたら私達の出番だ。敵の攻撃は私が食い止める。荒木君は敵の車両のタイヤを撃って車を止める。いいね」
「了解」
弟切の指示に、涼が返事をした。
「行くよ!」
草薙がそう言うと、アクセルを限界まで踏み込んだ。途端に加速する車。
「奈々。まだ自動運転のジャックはしなくて良い。勘付かれることは避けたい」
と弟切。一般車両の自動運転は、緊急時にジャックして止めることが出来る。
敵の車両と涼が乗る車両が直線状に並んだ。涼と弟切が窓から身を乗り出して、それぞれが装備している銃を構えた。
「3、2、1。撃て!」
発砲。銃弾が前方の車両に向かって突き進む。しかし、不可思議な水しぶきが何度か上がった後、突如出現した魔法陣によって銃弾が弾かれた。
「どうやら、敵もガチな奴が乗っているみたいだ。奈々、ジャックしろ」
と弟切。すると近くを走る車が次々と減速し、路側帯に逸れていく。
――やはり、敵車両は自動運転ではないようです。
「そりゃそうだろうね。荒木君。銃と魔法で車から援護を」
弟切はそう言うと、車のドアを開けて、ボンネットの上に立った。
すると敵の車両からも一人、ドアを開けてボンネットの上に立つ。
「はぁー、やだやだ」
ぼさぼさの黒髪に、無精髭を生やした中年男性だった。
「いやあ。まさかA部隊のトップが相手とは思わなかった。聞いてねえわ、マジ」
黒いくたびれたスーツが靡いていた。錆と傷だらけの銀色の腕時計の盤面を覆うガラスが、太陽の光をぴかぴかと反射させている。
「面倒くさいんだったら、投降しなよ。私だって面倒なんだから」
と弟切。
「はあ? 馬鹿言ってんじゃねえよ。こちとら、ここまで来るまでもっと面倒なことしてんだよ。今更引き下がれるかっての」
身なりが汚ければ、口も汚い人物だった。
「じゃあ覚悟してね」
弟切は、やはり朗らかに言った。
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