草薙志乃との出会い

 東京タワー、東京スカイツリーが大阪に落下してから一か月が経った。大阪全土が壊滅という、想像を絶する被害に国中で混乱状態が続いていた。


 そんな状態の為、星葉学園は無期限の休校である。しかしA部隊の訓練はいつも通りあって、涼はその帰りだった。


 涼は男子寮付近の街の歩道橋を歩いていた。涼は立ち止まって、ビルの隙間から見える空を見た。暗い。星なんて見えなかった。


 ビルに設置された電光板から、または歩道橋に設置されている電光板から、様々な場所から例の事件のニュースが流れていた。


(うるせえな)


 ここ一か月ずっと同じようなニュースを聞かされていて、涼はうんざりしていた。きっとそれは涼だけではなかった。


 歩道橋の階段部分はエスカレータになっていて、涼はそれに乗って降りる。


(ん、あれは)


 エスカレータに乗っている最中、二人組の男女がいた。そのうち一人が見知った顔だったので、涼はエスカレータを降りてその二人組に駆け寄った。


「弟切さん」


 涼はその名を呼んだ。弟切はもう一人の女性に肩を借りて、その女性に何とか運んでもらっている最中だった。


「んあ、ああ。荒木くん。おひさー」


 弟切は間抜けに返事をしながら、涼の方へ向いた。涼はその弟切の顔を見て眉をひそめた。


「アンドロイドでも、泥酔できるんですね」


 弟切の真っ赤になった顔を見て、涼が言った。アンドロイドといっても、今の弟切は完全に人間の身なりをしていた。普通の身体に、服を着ている。


「そらあ、もひろん。じゃないと酒なんて飲みませんよーだ」


 なんて様だと、涼はおでこに手を当てた。


「今のこいつに何を言っても無駄だぞ。完全に出来上がってしまってな」


 付き添いの女性が言った。涼はその女性を見た。あまりにも整った顔。髪の毛は紺色だった。瞳の色は水色で、肌の色は白く、傷やしみ一つ無い。人間とは思えない程の美貌である。身体も全体的に引き締まっていて、胸や尻は程ほどに大きい。抜群のスタイルだった。当然そんな人間なんてそうはいない。彼女もアンドロイドなのは明らかだった。


「くさなぎぃ、なにをいっとるんだあ。私は決して、けっしてぇ、出来上がってなど、なーい!」


 草薙と呼ばれたその女性は、呆れたようにため息を一つ。


「私は草薙 志乃くさなぎ しの。あなたは?」


 涼は草薙という女性の名に聞き覚えがあった。弟切と接点があって草薙という名の人物といえば、A部隊のスリートップとして名高い、あの草薙だろう。


「俺は荒木涼。そこの酔いどれに誘われて、一ヶ月ほど前にA部隊に入隊しました」


 涼が言うと、草薙はああ、と思い出したかのような反応を示した。


「君が荒木君か。八意の息子の友だちの」


 草薙の言葉に、単衣の両親がA部隊に所属していたことを涼は思い出した。


「彼は私が誘ったんだけどねえ。もう意味無くなっちゃったあー! あはは!」


 弟切のその言葉に、涼は怪訝な表情を浮かべた。


「は? 意味なくなったって?」


 その言葉に反応を示したのは、弟切ではなく草薙だった。彼女はまた一つ大きなため息をついて、口を開く


「荒木君。そのことに関しては私が説明しよう。この後、時間良いか」

「ええ、もちろん」





 弟切を抱えながら草薙に案内された場所は、彼女の行きつけのバーだった。薄暗い照明に、お洒落なBGMが流れていた。ほのかに果実の香りがして、とても落ち着く場所だ。


 酔い潰れて寝てしまった弟切を、店に備えられたソファに寝かせると、草薙と涼はカウンターの席に着いた。


 席に着いた草薙を、涼は横目で見た。完璧な容姿も相まって、こういったお店によく似あっている。


(そういえば、この人って……)


 涼はこの人がインタビューで語っていた、アンドロイドになった経緯を思い出した。彼女は任務中に大怪我を負って、その所為で子供が産めなくなってしまった。


 女性の本懐とも言えるそれが出来なくなってしまった彼女は、恋愛を捨ててアンドロイドとなった。アンドロイドとして生きるデメリットの一つが、子供が作れなくなるということだ。まさに恋愛を捨てる決意をした彼女にとって、おあつらえ向きだったという訳である。


(恋愛を捨てた草薙さんは、枝垂と単衣のことをどう思っていたのだろう)


 涼はそんなことを思いつつ、じっと草薙を見つめた。


「うん、どうした」


 涼の視線に気付いた草薙が言った。


「草薙さん。俺未成年ですけど、こういう店って入っても良いものなんですか」


 真面目な涼は、そういうことを細かく気にする質だ。


「ああ。酒さえ飲まなければ問題ない。ウーロン茶でも飲んでいれば良いさ」


 草薙はそう言うと、カウンター中央を陣取るマスターに声をかけた。


「ミスティ。あとこの子にウーロン茶」


 草薙は注文を済ませると、さて、と話を切り出した。


「結論からいうと、対特殊部隊は解散となった。そして今後は魔獣、テロの両方をアメリカの特殊部隊、WOLFが担当する」

「なんですって!?」

「ハゼスの問題はもはや国内の問題ではない。彼らは世界中でテロ行為を行っている。今回の一件で、我々は致命的な損失を被った。もはや諸外国の力を借りないことには、どうすることも出来ない状況まで追い込まれている」


 涼は絶句した。その間にマスターがミスティとウーロン茶をテーブルに置いた。金色に輝く液体を、草薙は一口飲んだ。


「ひいては、元対特殊部隊隊員はWOLF傘下となる。弟切も私も、そして荒木君もね」

「だから、弟切さんは意味が無いと」

「そうね。彼は指揮権を剥奪されたわ。クビにならないのは、それでも彼の能力が惜しいから。今はあんなゴミみたいな状態だけど」


 草薙は後ろのソファでだらしなく寝ている弟切を見ながら言った。彼女は気が強く毒舌な人物だった。


「でも部隊はともかく。あの日、敵のドローンを壊滅させても、魔法陣が完成してしまいました」

「あれは解明したわ。無数のドローンは相手の囮。本命はステルス機能を備えたドローンだったの」


 ステルスとは、レーダーに発見されない機能である。近年では光学迷彩と組み合わせて、肉眼でも視認できないようにし、完全に発見不可能にすることが可能だ。


「レーダーのアップグレードによって、ステルスドローンは対応できるわ。問題は、そのことを彼らも承知していること。別の手段を取ってくる可能性が高い」

「まだ東京スタースピアが残っていますけど、それを転送魔法で落としてくる可能性は低いってことですか?」

「いいえ。間違いなく落としてくる。彼らが一撃で都市を壊滅させる手段は、転送魔法以外にないもの」

「なら別の手段って?」

「EMPレーザーの破壊。それが今のところ最も可能性が高いと、我々は考えているわ」


 なるほど、と涼は思った。ステルス機で攻撃は回避出来たものの、EMPレーザーは大量のドローンに対して絶大な効果を発揮した。敵がそれを狙う可能性は充分に考えられた。


「とりあえず、明日通達が来る。それを読めば大方把握出来るさ」

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