最後の言葉

 瀬戸 光也せと みつや。A部隊でも名高い彼は、特にその機動力が評価されている。彼の装備するジェットウィングは、装備すれば空中をかなり速く移動することができる。しかしかなりの操作難易度があり、A部隊では今のところ彼のみしか扱うことができない。


 東京本部に待機していた彼は、報告を受けてから奥寺と篠田の元に向かい、間一髪で篠田を救うことに成功したのだった。


――よっと。


 瀬戸が着地して篠田を降ろした。


――ふむ。三人を相手となると、少々きついか。


 動揺や焦りを一切見せず、ハオが言った。


――いやしかし、ようやく彼女が動いたようだ。


 ハオが言った瞬間、大量の鳥の群れが高層ビルの下から一斉に現れた。それは鳥ではなく、全てドローンだった。大量だ。多過ぎて黒い塊のようだった。セキュリティーのドローンがすぐにやってきて、少しずつ撃ち落としてはいるものの、数が違い過ぎてすぐに撃墜されていた。


「やはりきたか。さて、我々が用意した対策は果たして」


 弟切が言った。映像が4つ立ち上がる。やはり高層ビルの屋上の様子だ。屋上の中央に巨大なパラボラアンテナのようなものが設置されている。


――こちら大阪支部。これよりEMPレーザーの使用を開始する。


 スピーカーから響く声。


「こちら東京本部。了解」


 弟切が短く答えた。


「EMPレーザー?」

「その名の通りEMPと同じように電子機器を破壊するビームを発射する装置だよ。大量のドローンで巨大な魔法陣を描くことは予想していたからね。これで一網打尽という算段さ」


 それは画期的な策だと涼は思った。大量なドローンを一機ずつ破壊するのは不可能だし、かといって都市全体にEMPを使用すれば都市中の電子機器が壊れて被害が出る。その点、EMPレーザーならば必要な範囲にだけビームを放てば良いので、都市全体の電子機器に影響は少なく済む。


「照射するようです」


 オペレータが言った。各高層ビルの屋上に設置されたEMPレーザーの発射口が青白く光輝く。いかにもエネルギーをため込んでいるかのように、光がパラボラの中心に集まっていく。


――アレク・ゲイル!


 ハオが魔法を放った。かなり強力な魔法だ。鋭利な風が屋上の床を砕きながら、向こう側にあるEMPレーザーに向かって直進していく。


 バリンと音がしてその魔法は塞き止められた。篠田の魔法陣がハオの魔法を完全に止めたのだ。


 そして、EMPレーザーからビームが発射された。直径200メートル程の巨大なビームが一直線にドローンの群れを貫く。直撃したドローンはバチバチと電気を迸らせながら墜落していく。そしてそのビームは、発射装置であるレーザーの照準を傾かせると、それに追従してビームも移動する。その軌道上にいたドローンがやはり不能となって墜落していった。


「効果絶大だね」


 弟切が嬉しそうに言った。次々とドローンが墜落していく。やがて無数にいたドローンの群れは跡形もなく壊滅した。


「ひとまずは安心かな」


 弟切は安堵した様子で、いつもの調子に戻った。


――どうやら、こちらの作戦勝ちのようだな。


 ハオの声がスピーカーから響いた。その瞬間、上空に巨大な魔法陣が二つも浮かび上がった。


 バンッと弟切はデスクを叩いた。


「馬鹿な。ドローンは殲滅したのに!」


 涼が初めて見る、弟切の狼狽えた声。


「総員、撤退! 瀬戸、二人を連れて出来るだけ遠くに逃げろ!」


 弟切が叫ぶように言った。


――言われなくても、そのつもりだっての!


 瀬戸はそう言うと、近くにいた篠田を再度抱き抱えて飛んだ。


――っておい! これでどうやったら奥寺を連れてくんだ!


 そんなことを言いながらも、瀬戸は奥寺の側まで寄った。奥寺はすぐにジャンプして瀬戸の両足を両手で掴む。


――おっも!


 瀬戸は渋い顔をしたが、奥寺が掴んだのを確認するとすぐに上昇した。


――逃がさん!


 ハオが駆け寄って、瀬戸に向かってジャンプした。分厚い鎧を着ているにも関わらず、上昇中の瀬戸たちに届きそうな勢いだった。そしてハオは一定の距離になると剣を振った。


――ぬおっ!


 奥寺はそんな声を出して、だらりとぶら下がっていた両足を急いで畳んだ。ハオの振るった剣は、その畳んだ足のつま先を掠めていった。そのままハオは落下していく。


――リロ・ゲイル!


 ハオが苦し紛れに魔法を放った。鋭利な風が瀬戸たちに襲い掛かる。


――この、面倒くさいなっ!


 瀬戸が回避態勢に入った。その時だった。


 何かが粉々に砕け散るかのような、そんな音が響いた。映像を見ていた涼や弟切、その他オペレーターが驚愕の表情を浮かべた。


 瀬戸のジェットウィングが急に破壊されたのだ。


 途端に落下する三人。そしてハオの魔法は奥寺に直撃した。地面に叩きつけられる直前、唯一無傷だった篠田が魔法陣を展開して衝撃から守った。


「何が起きた!」


 弟切が叫ぶ。


「狙撃です。およそ、20キロメートル」


 それを聞いた弟切が、悔しそうに表情を歪めた。


「鷲田の狙撃か」


 弟切が言った。


「三人とも。逃げる手段は無くなった。あとはあの巨大な魔法陣から、せめてマシなものが現れるよう、祈るのみだ」


 そしてオペレーター室の全員が、その上空にある魔法陣に注目した。


 やがて、轟音がモニター越しに響き渡る。空気の揺れによって、撮影しているドローンがぶれてしまい、映像もぶれてしまう。そして強烈な光が魔法陣から漏れる。やがて映像は真っ白になった。


「なっ!」


 涼は思わずそんな声を漏らした。光が収まって映像に映っていたのは、なんと東京タワーと東京スカイツリーだった。それらが上空に逆さの状態で出現し、勢いよく地上に落下していく。


「……今すぐ落下までの時間と、落下した時の被害を計算しろ」


 弟切が静かに言った。


「出ました。落下まで残り5分。落下時の衝撃波による被害は、落下地点からおよそ半径50キロメートルになります」


 オペレーター室に漂う絶望感。モニターに映る三人の命はもちろん、沢山の人々が死ぬ。大阪の都市機能も完全に不能になるはずだ。


――私は、諦めない!


 篠田の言葉が響いた。涼はじっとモニターに映る彼女を見る。涼は篠田を覚えていた。既婚者で、まだ幼い子供がいる。そういえば奥寺も既婚者だったなと、涼は思い出した。


 篠田が両手を突き出して、目を閉じ、言葉を紡ぐ。詠唱だ。


――其の光を真に。其の闇を偽に。傷つけるもの全てを拒め。愛すべきもの全てを守れ。定められし宿命をただ、果たす為に。


 詠唱を終えた篠田は、かっと目を見開いた。


――インシュレーション・ウォール!


 上空に浮かぶ魔法陣よりは小さいが、それでもかなり巨大な魔法陣が東京タワーの落下位置に出現した。すぐに東京タワーとの衝突が起こる。


 より一層、強烈な轟音がスピーカー越しに響く。魔法陣と東京タワーの先端が接触し、そこから東京タワーが崩れていく。バチバチと火花や電流が弾ける。あまりの衝撃に魔法陣が軋んでいた。


――くっ、くうぅぅ!


 篠田が悶絶する。魔力の消費があまりにも激しいのだ。しかし、魔法陣は耐えていた。


「……そうだ、篠田に魔力供給ドローンを」


 弟切がそう言った時だった。東京タワーを押さえていた魔法陣が粉々に砕け散った。篠田がガクリと膝を折って、そして倒れた。魔力切れの前に起こる、気絶。


――ロロー、転送しろ。


 ハオの足元が輝きだす。


――はは。てめえらはしっかり逃げる算段を付けていたってか。


 奥寺が皮肉交じりに言った。


――当り前だ。


 とハオ。


――言っておくけどよ。俺は愛を知っているぜ。てめえらが何とかしなくとも、俺ら家族はその愛で充分満足していたんだ。てめえらはそれを邪魔している。てめえが考える本当の愛を語りたいなら、ネット掲示板にでも書いていろよ!


 奥寺が言った。とても奥寺らしい、啖呵だった。


――俺に言うな。俺は雇われの身だ。だが……ノウンには伝えておいてやる。


 ハオが淡々と言った。


――なら俺は、鷲田に最後のプレゼントだ。


 瀬戸は右腕を突き出す。アンドロイドの腕。手のひらをしっかりと開く。その手のひらの中心には銃口があった。


 ズドンと、重い銃声が轟く。銃弾が発射されたのだ。ジャイロ回転で空を切りながら銃弾が突き進む。


 やがて20キロメートル先の高層ビルの屋上にいた鷲田の、その脳天を銃弾が貫いた。


「鷲田、死亡確認」


 オペレーターが言った。


――へっ! 師匠をなめるな!


 瀬戸が言った。瀬戸の真価は狙撃である。上空からの狙撃で、完全に相手の無意識下で狙撃を行う。もちろん、屋内以外に安全な場所などない。


 そして鷲田はその瀬戸の弟子だった。


――では、さらばだ。


 ハオがそう言い残して、消えた。


「間もなく、衝突します」


 とオペレーター。東京タワーとスカイツリーがビルを破壊しながら、地面に激突した。衝撃波が辺り一帯の建物を、爆発を起こしながら吹き飛ばしていく。


 撮影用のドローンが上空に避難しようと上昇するが、高速で駆け巡る衝撃波に巻き込まれ、映像は途絶えた。


――じゃあな、皆。俺の家族によろしく。


 と奥寺。


――あーあ。俺も恋人、欲しかったなあ。


 と瀬戸。


 二人が最後の言葉を残すと、通信が途絶えた。


「瀬戸、奥寺、篠田。死亡しました」


 オペレーターの声が、響いた。

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