対ハオ・ユー

 弟切に案内された場所は、かつて課外授業で本部を見学した際に見たオペレーター室に似ていた。


 涼が入室すると、オペレーターの一人と思われる女性が寄ってきた。


「お久しぶりです。荒木君」


 気さくに話しかけてきたその女性は、神原 奈々かんばら なな。林の専属オペレーターであり、課外授業の時には本部の案内役を務めた。


「よく覚えてますね」


 涼は驚いて言った。


「金髪で目立ってましたから」


 そう言って奈々は笑った。


「今後、神原が荒木君の専属オペレーターを務める。よろしくしておいてね」


 弟切が言った。


「よろしく、荒木君」


 奈々は手を差し出した。


「はい、よろしくお願いします」


 そう言って、差し出された手を握る涼。


――おいおい、こっちが当たりかよ。


 聞き覚えのある声が、スピーカーから流れた。


「奥寺、篠田。接敵しました」


 オペレーターが言った。一気に室内が緊迫感で満ちた。


「あらら、どうやら読みは外れてしまったようだ」


 そんな緊迫感の中、弟切が飄々とした態度で言う。


「読み、ですか」

「ああ。私はてっきりここの本部を襲うと思っていたんだけどね。だから私と、草薙、瀬戸を待機させていたのだが。どうやら大阪支部を攻めてきたみたいだ」


 弟切はやれやれといった様子で頭をかいた。


「じゃあ、手筈通り。奥寺、篠田。死ぬ覚悟だけはしっかりしておくように」


 抜け抜けとそんなことを言う弟切。涼は自分の耳を疑った。


――たくっ、納得いかないぜ。

――全くです。しかし……。


 スピーカーから奥寺と篠田の声が響く。


――了解。


 二人の揃った声。


「何故、こうもあっさり」


 信じられない、といった様子で涼は言った。


「予め言っておいたことだからね。ここで、ぐだぐだ言われても迷惑な話さ」


 なんて冷たい人だと、涼は思った。


「映像、入ります」


 オペレーターの一人が言った。そして部屋の奥の方の壁に映像が投影される。その映像には奥寺と篠田。そしてその向かいに立っているのは、ハオ・ユーだ。


「おや、彼一人か。これならもしかすると、いけるかもね」


 嬉しそうに弟切は言った。


 三人はとある高層ビルの屋上で向かい合っていた。高所特有の強い風が吹く。今にも戦いが始まろうとしている。


 先に動いたのは奥寺。懐から素早く何かを取り出したかと思えば、それをハオに投げつけた。


 そしてそれに合わせて、篠田が魔法陣を展開する。三つの展開された魔法陣は、ハオを囲むような位置に停滞した。


 そしてハオは投げつけられたそれを剣で叩き斬った。斬られたそれから勢いよく煙が噴出される。


(スモークグレネードか)


 スモークグレネードは、その名の通り大量の煙を噴出させるグレネードである。主に敵の視界を封じたり、斜線を見えなくする用途に使われる。


 ハオはそのスモークグレネードから噴出された煙に包まれた。これでハオの視界は封じられた。


(でもこれじゃあ、こちらも敵の位置がわからないんじゃ)


 涼はそんな疑問を抱いた。


――ヴェルベッタ。


 奥寺の声が響いて、涼は映像に注目した。奥寺の目の前に、ガトリングガンが組みあがっていく。


 そして奥寺はサーモゴーグルを装着した。それは熱を視ることができるゴーグルである。これならば、たとえ煙で視界が遮られていても、ハオ自身が発する熱で位置を知ることが出来る。


「しかし、何故煙が晴れないんだ」


 涼がそんな疑問を呟く。風が強い高所では、スモークグレネードの効果は薄いはずだった。


「篠田の魔法だよ。篠田がハオの周りに結界を張っているんだ。だから煙が逃げない」


 弟切が言った。


「なるほど。これで相手からは見えず、こちらは見える状態。一方的になった。流石ですね」


 涼が関心したように言った。


「まあ、これで済む相手なら良いけどね」


 弟切がぼそっと呟いた。そして、奥寺の射撃が始まる。


――おらあっ!


 奥寺の叫び。それと同時に、ガトリングガンの乱射が始まった。七つの銃身から無数に発射される30ミリの弾丸が、爆音を発しながらハオに向かって突進していく。


――おいおい、まだ熱源反応あるぞ。


 数秒間撃った後、奥寺が困ったように言った。オペレーター室の映像でも熱源を捉えている。ハオは間違いなく存命だった。


 やがて、パリンとガラスが割れる音が響く。


――奥寺、来ますよ!


 篠田の声。


――わかってるよっ!


 奥寺がそう返事したと同時に、煙の向こうからハオが猛スピードで距離を詰めてきた。


――枝垂よりは全然おせえ!


 奥寺はそう言いながら、射撃を再開した。するとハオはその剣の刀身を立てるように構えると、何とその刀身がガシャリと幅が広がり、まるで盾のような形状となった。


 ハオはその盾の形状になった剣で、自身をガトリングガンの銃弾から守る。しかし、やはり防ぐことは出来ても威力を弱めることは難しいらしい。足は完全に止まる。それどころか、あまりの威力にずりずりと押されていた。


「いやいや。何故、彼は立てているんだろうね。普通30ミリの弾丸の雨なんて、人が受けきれるはずないのだけれど。いや、私もやったことは無いから定かではないね。もしかしたら案外出来るのかな」


 楽しそうに弟切は言う。


「まあ、なんてね。からくりはわかった。奥寺。風魔法で勢いが緩和されている。はやく別のアプローチを取れ」


 涼は初めて、弟切のリーダーとしての資質を垣間見た気がした。涼は風魔法を使われていることに気付くことが出来なかった。


――なるほどな。篠田。ちょっかい掛けろよ。

――了解。


 奥寺の後ろにいた篠田は、ハンドガンを取り出すとハオの横を取るように移動を始めた。


「これ、まずいのでは」


 涼が言った。涼も対人との戦闘経験がある。その経験からの勘が働いたのだ。


「多分、大丈夫だと思うよ」


 弟切の答えを聞いて、涼は固唾を呑んで様子を見守る。


 篠田がハオの横にもうすぐ着くというところで、ハオが彼女をちらりと見た。


 ハオはその盾のような剣を床に突き刺すと、その場を飛び退く。途端に剣は銃弾によって吹き飛ばされる。しかしその代わり、ハオは銃弾の雨から解放された。


 ハオは一直線で篠田に詰め寄った。そして彼の手元が光ったかと思えば、吹き飛んだ剣が手元に吸い寄せられるように戻った。


 奥寺のガトリングガンは、重量があって左右に照準を合わせるには時間が掛かる。ハオの動きはかなり速く、奥寺は照準を合わせることが出来ない。


 ハオは間合いに入った。握っていた剣は、通常の状態、つまり剣の状態に戻っていた。その剣を思い切り篠田に向けて振り下ろす。走った勢いが乗った、重い一撃。


(まずい……)


 涼は勘が当たってしまったと思った。しかし、篠田は咄嗟に魔法陣を展開。ハオの剣を完全に止めた。


「うーん、流石。彼女こそ最強の魔法陣の使い手だね」


 弟切が言う。魔法陣は物理攻撃に弱い。魔法陣の強度はその込められた魔力量と技術に比例する。ハオのその剣を止めるにはかなりの技量と魔力が必要なはずだった。


 篠田はハンドガンを構えた。そして奥寺もガトリングガンの照準がハオを捉えた。


「決まりましたね」


 涼はほっとしたように言った。


「いや、まずいかな」


 弟切の声はいつになく緊張感があった。


 そして奥寺と篠田は発砲した。ハオは奥寺のガトリングガンの銃弾を、剣を盾の形状に変化させて対応。そして篠田のハンドガンによる銃弾は、左手の小手によって防いだ。


――ネブル・ゲイル!


 ハオの声が響く。その瞬間、篠田の足元から激しく鋭利な風が吹き荒れた。あまりにも強風で、モニターからでは何が起きているかがわからない。


「ま、まじかよ……」


 涼は言葉を失った。二人が圧倒的に有利のはずだった。しかしそこから二人の攻撃を完全に防ぎ、正面の強固な魔法陣を掻い潜るために、足元から発生する魔法によって無理やり攻撃を押し通したのだ。


「二人はどうなった」


 弟切が言った。


――二人とも無事だぜ。


 その声を、涼は初めて聞いた。


 そして映像は、高層ビルの屋上よりはるか上空を映した。そこには背中にジェットウィングを搭載して、そのジェット噴射によって空中を停滞している、弟切と同じタイプのアンドロイドがいた。そのアンドロイドは篠田をしっかりと抱えている。


「よくやった。瀬戸」


 弟切が安堵したように言った。

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