枝垂林について

 無機質な廊下を進んでいく。やがて一つの扉に差し掛かる。涼がその扉の前に立つと、認証がされて扉が開いた。


 その部屋は薄暗かった。部屋の奥に設置してあるモニターの光が青白く部屋全体を照らしていた。そのモニターの手前にデスクが設置されていて、そこに弟切が腰掛けていた。


「ああ、暗いよね」


 弟切がそう言ったかと思えば、途端に部屋の照明が入って明るくなった。涼はあたりを見回す。デスクの近くに簡単な棚が設置されているだけで、他には何も無い。


「アンドロイドの身体に慣れると、自分にとって不必要なことを、ついうっかりしちゃうんだ」


 朗らかに弟切は言った。


「弟切さん。さっそく本題の件を」


 と涼。


「はは、君はせっかちだなあ」


 弟切は笑った。涼は弟切を見る。戦闘時ではない為、黒いヘルメットは着用していない。彼の素顔は、さながら映画の俳優のような男前の顔だ。しかし彼はアンドロイド。その顔も作られたものである。


「話す前に条件がある。荒木君。君に対テロ部隊に入隊してもらいたい」


 そんなことを、やはら朗らかに弟切は言う。


「条件があるなんて、聞いていませんよ」

「有って無いようなものじゃないか。荒木君、君の目標は何だったかな」


 涼の目標はまさに対テロ部隊への入隊だった。だからこの条件は涼にとって願っても無いことのはずである。


「俺よりも、単衣の方が適任でしょう」


 納得出来ていない涼の口から出た言葉に、弟切は楽しそうに笑った。


「今、いない人の話をしてどうするの?」


 弟切のその言葉に、涼は顔を伏せた。


「それに言われなくとも、君より強い人たちには全員声を掛けている」


 にっこりと笑顔で弟切はこう続けた。


「というか、声を掛けた中では君が一番、ずば抜けて弱い。承知の上さ」


 涼は怪訝な表情をした。


「じゃあ、何故俺を?」


 当然の疑問だった。


「結論から言うと、シリエル・ロローを抑える為」


 弟切は説明を始めた。


「彼女を抑えるには八意君が必要だ」

「はあ? 何故」

「それは言えない。君が入隊するなら教えてあげるけど」


 ふふん、と弟切は鼻を鳴らした。


「で、肝心の八意君がいない訳だ」


 弟切の言う通り、単衣は現在、行方不明である。林に斬られて致命傷を負った単衣は病院で療養中だったが、ある日突然病室から姿を消したのだった。


「そこで荒木君。君を対テロ部隊に入隊させることが、失踪した八意君に対するアプローチなんだ。まだ君をどう

利用するかは未定なんだけどね」


 涼は押し黙る。結局は単衣の為。頭の良い涼がそれに気付かない訳がなかった。


「悪い話じゃないはずだ。入隊すれば君は隊員。隊員になら必要な情報をしっかり提供できる。君の目標も叶う。あとは君が納得出来るかどうかだ」


 弟切の言葉に、涼は目を瞑った。


(俺の答えは決まってる。あとは覚悟するだけ)


 そして涼はぐっと手を強く握りしめた。


「わかりました。入隊します」


 涼がそう伝えると、弟切は息を一つ吐いた。


「良かった。歓迎するよ。それにこれで、心おきなく話せる」


 弟切は言った。


「その前に、これから話すことは他言無用。いいね」


 にこやかな弟切の表情は、真剣になった。


「はい」


 涼の返事に、弟切は満足げに頷いた。


「ではまず、枝垂のことから説明しよう」


 そんな切り出しで、枝垂の説明が始まった。


「まず、彼女はなぜ盲目なのか。理由は、魔獣の意思。いや魂というべきか。そのようなものが彼女の目に封印されている。その副作用で目が見えない」

「何故、彼女にそんなものが封印されているのですか」

「それにより絶大な力が期待出来たからだよ。事実、彼女は対人において最強と言っていい程強かった。さて、封印にはリスクがあった。時間経過によって徐々に身体が封印に慣れてしまうことで、封印の力が弱まってしまう。それを抑える薬を、彼女に定期的に投与していた」


 その説明を聞いた涼は、三校対抗大会の時の林を思い出した。決して正気ではなく、あろうことか最愛の人を斬って殺そうとしていた時の、林を。


「枝垂があの時暴走した理由については、もうはっきりしている。東京スタースピアが消失した日。あの時、八意君は本部のとある部屋でシリエル・ロローに会っている。恐らくその時に、枝垂に投与する薬の量を操作されたんだ」


 弟切は一息ついた。


「さて、次に現在の情勢について。結論から言ってかなり悪い。彼らは幾度のテストによって転送魔法、召喚魔法を会得してしまった。今後、恐らくはそれらの魔法を駆使した戦術的な攻撃をしてくるだろうし、我々はそれを阻止することが難しい」

「東京スタースピアの消失は、最終テストだったのか」

「その通り。しかし守るのが難しいからといって、攻めるのが良いという訳でもない。何せ向こうには枝垂がいる」

「なるほど。だから守りにおいて脅威であるシリエル・ロローを抑えたくて、その為に単衣が必要だと」

「その通り。シリエル・ロローを抑えた方が楽だからね。理解が早くて助かるよ」

「それで、なぜ単衣がいれば彼女を抑えられると?」

「それは、まあ」


 弟切はこほんと咳払いを一つ。


「シリエル・ロローは八意君のことが好きだからね」

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