弱点

 単衣は倒れる直前に、目の前が歪んでいることに気付く。バチバチと電気が迸っている。人型に歪んだそれを、光学迷彩だと理解した。


「私たちの愛を邪魔しないでください、リーダー」


 林が言った。


(A部隊所属のリーダーといえば)


 意識もままならぬ状態でも、単衣は必至に思考を巡らせる。単衣はA部隊のリーダーの名前を知っていた。


 光学迷彩の機能が失って、目の前の人物が姿を現した。黒いヘルメットのような頭に、黒い特殊素材の身体。彼の名は弟切 順おとぎり じゅん。対テロ部隊リーダーにして、アンドロイドである。


「単衣君。久しぶりだね。いや、初めましてと言った方が良いかな。シリエルの弱点を見抜いたのは、お見事だったよ」


 単衣は朗らかに言う彼を見た。彼の左腕が肩からばっさり失っている。


「説明をするとだね。枝垂は自動防衛システムが間に合わない程の速度で君を斬った。君は即死するはずだったけど、私の左腕が犠牲になったことで、それは免れた」


 やはり朗らかに彼は言った。


「枝垂の状況を説明するとだね。彼女には、とある理由により魔獣の意思が封印されていた。完全な安全を取ってのことだったが、何者かの介入によりそれが暴走してしまっている」


 弟切の口調は、あまりにも緊張感が無かった。


「そして何故A部隊リーダーの私がいるかというとだね。それは……」

「それは、私が答えよう」


 それは聞き覚えのある、不気味な声。単衣は声のした観客席を見た。


 最前列に、不気味なデザインのアンドロイドがいた。ノウンだ。そして傍にいるのは金髪の少女と、剣と持ち真っ黒な鎧を纏った男。金髪の少女はシリエルで、男の方はハオだ。


「その男、弟切は我々ハゼスの襲来に備えて待機していたのだ」


 ノウンが言った。ハゼスの三人の足元から魔法陣が光る。すると三人は観客席から消え、そして林が入場したゲートに再度現れた。


「そう、その通り。ハゼスが来ると聞いていたから、私が来たんだ」


 ハゼス達を見つめながら、弟切が言った。ハゼス達がこちらに歩いてくる。やがて20メートル程の距離になったところで、彼らは立ち止まった。


「希薄な愛によって育てられた者共。ごきげんよう」


 ノウンが言った。単衣はノウンを見た。以前に会った時と姿が違う。前は人間の名残があった。今は完全にロボットのような、すぐ近くにいる弟切に近い姿をしていた。


「どいつもこいつも、私と単衣の邪魔をする」


 林がとてもいらいらした様子で言った。


「枝垂。私が直々に相手をしてやろう」


 ノウンがそう言って前に出る。弟切は黙って様子を見ていた。懸命だと単衣は思った。今の林を相手にするのはまずい。問題因子同士をぶつけてしまえば、効率が良い。


(林の心配もあるけど、でも)


 林が負けるはずがないと、単衣は思っていた。


「私に勝てるとでも」

「無論だ」

「ふふ。良い度胸ですよ。わかりました。では」


 林がそう言った瞬間、消えた。やはり単衣は捉えることが出来なかった。いつの間にか林はノウンの後ろに立っていて、既に納刀していた。


「な……!」


 林の驚いた声が響いた。


「枝垂。これが貴様の弱点の一つだ」


 ありえないことに、ノウンは無傷だった。斬られた形跡は、一切無い。


「では、詠唱を始めるとしよう」


 そしてノウンは片膝をつき、両手を組んで、まるで神にでも祈るかのように詠唱を始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る