決着

 単衣は地面を蹴った。高速で距離を詰める。その速度は先ほどよりも速かった。しかし、先ほどとは違い馬鹿正直に直進している訳ではない。ジグザグに、時にフェイントも入れて涼に捉えられないように移動する。


 そして切っ先の間合いに入った。単衣は涼を見る。その目はしっかりと単衣を捉えていた。単衣のスピードについてきている。


(このまま斬ったら対処される。なら)


 単衣は鞘に手を添えた。そしてさらに間合いを詰める為に一歩踏み出す。その踏み出した足で、力強く地面を蹴って飛んだ。そのまま身を捩りながら涼の懐に飛び込むように入った。


「なに!」


 涼が驚いたような声をあげた。単衣が目の前から急に消えたように見えたからだ。


 そしてパリンとガラスが割れる音が響いた。単衣の攻撃が通った瞬間である。


「枝垂流・杉」


 単衣は納刀していた。しかし、ずさっと地面に転んでしまった。枝垂流・杉を単衣は完全に会得していなかった。転んでしまった為、これは明らかな失敗である。


 転んで隙だらけな単衣に攻撃しない涼ではない。すかさずハンドガンで発砲した。


 パリンと割れる音。これで一対一。単衣はすぐに立ち上がるが、涼はさらにもう一発発砲する。


 それを愛刀、椿で弾く単衣。そしてすぐに態勢を整えて、距離を詰める。今度は直進。小細工なしに、真っすぐ突き進む。涼はそれを待ち構える。そして、切っ先の間合いに入った。


(多分、涼は軌道を読んで防ごうとする。それを利用してやる!)


 単衣は抜刀した。その勢いのまま、涼に刀が届かないように振る。フェイントだ。先ほど涼に一歩踏み出して刀を止められた為、それでも届かないように刀を振ったのだ。


(え?)


 しかし、涼は何もしなかった。何やら内ポケットに手を入れていたのを単衣は見た。ともかく、単衣は予定していた二回目の攻撃を行う。


 単衣は腰に携えていた鞘を左手で抜いた。そしてその勢いのまま涼を叩いた。それはそのまま涼に直撃した。パリンとガラスが割れるような音が響く。


「枝垂流・桐」


 枝垂流・桐は初撃として抜刀からの切り上げ、つまり左下から右上に斬る。その後すかさず二撃目として鞘で攻撃する技である。


「これで終わりだ」


 その声の主は涼だった。単衣は咄嗟に涼を見た。涼はハンドガンを二丁持っていた。それはつまり、一発目を発砲後、すぐに二発目を発砲できるということ。単衣は防がなければ、勝負は決する。


 技を放った直後の一瞬の隙を付くために、涼はあえて防御を捨てたのだった。


 破裂音が響いた。涼が一発目を発砲したのだ。その瞬間、全てがスローとなった。これは単衣の速度域の世界。ありとあらゆるものが、遅く、停滞する。


 そしてその速度域の最中で単衣は考える。そして涼の誤算に気付く。


 一つ目。自動防衛システムは、1秒間の攻撃を一回の攻撃として防ぐ。つまり涼がハンドガンを二丁持ったところで、二発目は必ず1秒掛かる。1秒あれば単衣はなんとか対処できる。


 そして二つ目。枝垂流は攻撃後を考えた流派である。枝垂流・桐も当然、例外ではない。


 単衣は振りぬいた鞘を、そのままの勢いで、同じく振り上げた刀に収めた。鞘に収まった刀を、掲げている様な態勢である。そしてその態勢は、次の技を繋げる為に好都合だった。


 単衣はその態勢から抜刀、斬り下ろす。


「枝垂流・青桐」


 パリンとガラスが割れる音がした。それは単衣と涼の自動防御システムが働いた音だった。


 単衣は涼と同じく防御を捨てたのだ。そして相打ち。涼の一発目の発砲が単衣に直撃し、一方で単衣の攻撃が涼に直撃したのだ。


「そこまで。勝者、八意単衣」


 主審がそう宣言することによって、試合が終了した。


「は、はは……」


 気が抜けた涼は、がくりと膝をついた。


「嘘だろ。俺が単衣に負けるなんて」


 そんなことを言って、涼は再び乾いたように笑う。


「信じられねえ。負けたっていうのに」


 そして涼は胸を押さえた。その先を涼が言うことは無い。


(俺は、嬉しいのか?)


 そんなことを涼は思う。そして自分に問いかける。


(過去のいざこざが晴れたのが嬉しいのか)


 ずっと胸につかえていた。それをずっと抱えていくと思っていた。


(落ちこぼれちまったライバルが復活して、俺を打倒したのが嬉しいのか)


 信頼した相手が落ちぶれてしまったのは、涼にとってショックだった。


(こいつになら敗けても良いって奴に、敗けたから嬉しいのか)


 かつて涼にとって単衣は親友だった。だからこそ、あの約束を交わしたのだ。


「涼」


 気が付くと、単衣が傍まで寄っていた。そして単衣は、手を差し出す。涼は素直に、その手を握った。


 その瞬間、さっと風が流れた。そして涼は自分の気持ちについて、全て理解した。


(全部だ)


 そう、涼は全て嬉しかった。過去のいざこざが晴れて、落ちこぼれていた単衣が復活して、そして涼を打ち破った。涼は敗けても良いと思える奴と戦って、敗けた。それらが全部嬉しかったのだ。


「単衣」


 単衣の手を握って立ち上がった涼が言った。


「もう、落ちこぼれるんじゃねえぞ」

「おう!」


 単衣はそう返事をして、はにかんだ。

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