対荒木涼
先手必勝。単衣は開幕と同時に身体強化。高速で距離を詰める。大規模な魔法を使わせない為の、単衣の常套手段だ。
「枝垂流・柊」
しかし単衣は愛刀椿を振り抜くことが出来なかった。涼は炎に包まれたその腕で完全に防いだのだ。
単衣が驚いて一瞬止まった。涼はその隙をついて椿の刃を、炎を纏った手で握る。
「捕まえたぜ」
涼はにたりと笑う。そして逃げることが出来なくなった単衣の、鳩尾辺りを思い切り蹴り飛ばした。
「がはっ!」
鈍痛により唾を吐いた単衣。致死量に満たない攻撃は、自動防衛システムによって防御されない。
(動きを読まれて、逆手に取られた)
その通り。単衣のこれまでの開幕の動きは、一貫して先手必勝。当然涼は把握していて、対策も取られていた。
左薙ぎ、つまり左側から右側に向かって水平に単衣は振り抜いた。涼はその刀の軌道まで読み、刀の進行方向に炎を纏った腕を立てて止めたのだ。
枝垂流の基本は切っ先で斬ること。故に立ち止まったままガードしても刀は止まらない。涼はそのことを見越して、一歩踏み込んでガードした。すると切っ先の間合いはさらに縮まって、刀の腹部分で涼は受けることが出来、しっかりと刀を止めることができる。
「おら、こっち来いよ」
涼は魔力を込めた。すると単衣は得体の知れない力によって、涼の元に強引に引き寄せられる。これは林と戦った時に見せた魔法の鎖。単衣の鳩尾辺りから、涼の手まで鎖が伸びていた。
ワンパターンなんて舐めた真似をして、勝てる相手ではない。その甘えた行動によってここまで形勢が不利になる。涼はそれほどの強敵である。
かなり強い力で引っ張られた為、単衣は態勢を崩した。涼はその隙を見逃さず、魔法の鎖を利用して距離を詰める。
単衣は後退する為に魔法の鎖を斬った。しかし涼は距離を詰めつつ、次の魔法に移っていた。
「フレア・ボール」
至近距離に突然現れた、巨大な火の玉。高密度に圧縮された炎が、ごうごうと轟きながら単衣に襲い掛かる。
(大きい。けど、行ける)
単衣は鞘に手を添えた。
「枝垂流・藤」
瞬間、全てがスローとなった。これは単衣の速度域の世界。単衣以外の何もかもが遅く、あるいは止まっている。
単衣はその眼前にある巨大な火の玉を何度も何度も斬った。斬って斬って、そして削る。やがてほとんど火の玉が無くなったところで、単衣の意識は切り替わった。全てのあらゆるものが、急速に動き出す。
風と、火の粉と、煙が単衣を通り過ぎて行った。そして、単衣は気付く。涼が目の前にいない。
「おらっ!」
鈍痛。フレアボールに対処している間に、涼は単衣の懐まで潜り込んでいた。そして、鳩尾あたりをまたも蹴り飛ばす。
「がはっ!」
唾を吐きながら、単衣は倒れてしまう。鳩尾を二度も、もろに蹴られてしまった単衣。もはや動くことすら辛いほど、体力が削られてしまっていた。
これは涼の戦略。単衣の僅かな隙を、一本取ることではなく体力を削ることに優先する。その結果、涼の目の前には隙だらけな単衣が、息を切らして横たわっていた。
「まずは一本」
涼はハンドガンを取りだして、発砲した。しかし、単衣に直撃することは無かった。
「まだまだ!」
単衣は飛び退いて銃弾を避けていた。そして鞘に手を掛けて、構える。しかし、攻撃に転ずることは無かった。
(甘い行動は、出来ない)
単衣が攻撃できなかったのは、涼が万全の態勢で構えていたからだ。開幕時の甘い行動によって、涼にここまでされてしまったのが利いている。
「何だ、攻めないのかよ」
涼が言った。じりじりとにらみ合う両者。お互い、隙を見せることはできない。体力が削られているとはいえ、スピードの速い単衣。故に涼は気を許すことができない。単衣にとっても、自分が見せた隙に対して、涼がどんな手段を使ってくるのかが怖かった。
「涼が意外と真面目だったってこと、忘れてたよ」
単衣がそう言って笑った。この笑顔は友達と談笑するような顔ではない。戦いを楽しむような顔。
「だから多分、涼が言っている約束とかも、本当なんだろうね」
単衣の言葉に、涼は眉をひそめた。
「はっ! 本当に忘れたってのか」
涼は吐き捨てるように言う。
「涼、僕はかつてハゼスに誘拐されているんだ」
「なに?」
それは涼にとって初耳だった。
「だから僕は、その日辺りの数日間の記憶を操作されている」
「それで、約束とか全部忘れちまったってことか?」
「ああ」
沈黙。
「じゃあこうしてやるよ」
涼が口を開いた。
「約束の内容はこうだ。勝負をして、勝った方が友里に告白する。だから、その勝負を今ここでつけてやる。つまり」
涼は一呼吸おいて、単衣を見た。
「てめえがこの勝負に勝ったら、全部辻褄が合う」
それを聞いた単衣は、やはり笑った。
「涼らしいな。わかったよ」
単衣にとってそんな涼が、友達として好きだった。
「その為にも、僕は今を全力で勝つ!」
それは単衣にとっての謝罪。そして償い。感謝でもあった。
「そうすることにした」
単衣はそして構えた。白い鞘にそっと手を添える。削られた体力は少し回復していた。しかしそれ以上に、身体がとても軽かった。何か重い荷が下りたような、それくらいに心も体も軽かった。
「おう、俺が全部納得できるように、掛かってこい!」
そして涼も構えた。
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