因縁の対決

 公園のベンチの下に黒猫がいた。ぷるぷる身体を震わせていた。それでも表情を険しくして、他者を威嚇している。


「この子には指一本触れさせないんだからあ!」


 その猫の前に立ち、両手を広げて言った少女。小坂友里。対するは3人の少年。一人は帽子をかぶっていて、一人は子どもながらも巨漢。そして一人は丸坊主だった。


「どけよ。俺たちはその猫に用があるだからよお」


 そう言って凄む巨漢の少年。かんかんと照らす日差しに汗が光った。


「友里に手を出すなぁぁああ!」


 蝉の声をかき消すほどの大きな声。それと同時に巨漢の少年が倒れた。飛び出した単衣が、勢いに任せて巨漢の少年に飛び蹴りをしたのだ。


「おらぁぁあああ!」


 続いて子どもながらも中々ドスの効いた声が響いた。涼も勢いよく飛び出して、そのまま丸坊主の少年をぶん殴る。丸坊主の少年はドサッと倒れて、少し土煙りが舞った。


「おい、お前! まだやるのか!」


 単衣がそう言って脅すと、残りの一人、帽子をかぶった少年は悲鳴を上げて帰っていった。


「やったな!」

「おう!」


 ハイタッチをする単衣と涼。


「涼! 単衣!」


 友里は二人に飛びついて、ぎゅっと抱き寄せた。





 急に雨が降った。3人は公園の屋根付きのベンチで雨宿り。


「うわあ。土砂降りだあ」


 外を見ながら友里が言った。勢いよく雨が屋根を殴りつけ、かたかたと喧しい音が鳴っていた。


「なあ単衣」


 ベンチに座っていた涼がそっと声をかけた。


「友里のこと、好きか」


 友達として、という意味でないことは明らかだった。


「……うん」


 そっと単衣は頷く。


「俺もだ」


 単衣は驚いて涼を見た。涼の目は真剣だった。


「明日、勝負しよう。勝った方が先に気持ちを伝えるんだ」

「わかった」


 返事を聞いた涼は、ふふんと鼻を鳴らして笑った。


「約束だぞ」

「おう」


 二人の様子に友里が気付いた。


「なあに。何話していたの?」


 楽しそうに友里が言った。


「内緒だよ。なあ単衣」

「そうそう、男同士の秘密」

「なによそれー」


 はぐらかされても、やはり楽しそうに友里は笑った。





 歓声。そして向かい合う二人。金髪で整った顔立ちの青年と、とても醜い面をした青年。


「涼」

「喚くな」


 涼は単衣の言葉を遮った。


「てめえがあの日来なかったことも、勝手に友里に告ったことも、その後枝垂とすぐに付き合ったことも、全部気に食わねえ」


 おでこを押さえながら涼は言った。


「涼、何度も言うけど」


 単衣が宥めるように言った。


「僕は涼の言っていること、まったく分からない。あの日来なかったって、いったい」


 単衣ははっきりと言い放つ。


「何のこと」


 さっと風が吹き抜けて、沈黙。涼は顔を伏せた。


「その、肝心なことを忘れちまっているところが一番」


 伏せた顔を上げた。にたりと獰猛で凶暴で不気味な笑顔。涼が最も頭にきている時の表情だ。


「気に食わねえ!」


 感情のままに、思い切り涼は叫んだ。


「両者、構え」


 主審の合図。


「この前みたいにボロ雑巾にしてやるよ。顔で床拭くの好きだろ? だからそんな面なんだもんなあ!」

「言っていれば良いさ。もう僕は涼なんて眼中にない」


 単衣の言葉に、涼は絶句した。落ちこぼれだった単衣に、格下だった単衣に、眼中にないと言われる日が来るなんて。涼は思いもしなかった。


「いつか林の隣に立つ為に、僕は今を全力で勝つ!」


 それは単衣にとっての生意気で強がりな挑発。腹いせでもある。


「ただ、それだけだ」


 そして涼を鋭く睨んだ。


「はっ、おもしれぇ」


 単衣のその鋭い眼光をその目で受け取った涼は、より一層獰猛な表情をして言った。


「その生意気な口、塞いでやるよ。ぶん殴ってなあ!」


 思う存分言い合った後、二人は構えた。すると空気が変わる。漂う緊張感に、静まりかえる会場。誰かが唾を呑み込む音が響く。


「始め!」


 開戦の合図。

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