対小坂友里

「両者、前へ」


 秋田が厳かに言った。すると両端に設置された入場ゲートから選手が登場する。


 東側のゲートから入場したのは女性。黒くて長い髪。それがシュシュで一つにまとめられ、左肩に掛けられている。表情はとても硬くて、その真剣な眼差しは真っすぐ西側ゲートの選手を見据えていた。


 その西側のゲートから入場したのは男性。白い鞘を腰に携えて、この世のものとは思えないほどの醜い顔面が星葉学園全生徒にさらけ出された。


「うわ、なんだあれ」

「ひっどーい。あんなのが枝垂さんと付き合っているわけ?」


 客席からの声が響く。ライトアップされた二人の姿や俯瞰した映像が空中に投影されていた。


 やがて所定の位置についた二人。距離は50メートル。その間に秋田が立った。


「これより小坂友里対八意単衣のBブロック予選決勝を行う。勝者は決勝トーナメント出場権を得る。では互いに、礼」


 その指示に、二人は軽く頭を下げた。先程の外野のざわめきは無かった。なにせこれから始まるのは真剣勝負なのだ。


「単衣、強くなったね」


 声を掛けたのは友里。


「私に庇われていた頃が嘘みたい」

「もっと前は僕らが庇ってたじゃん」

「そうだっけ」


 友里は寂しそうに笑ってとぼけた。


「友里には感謝している」


 そう言う単衣の表情は、友里と違って穏やかだった。


「でもごめん。決めたんだ。この大会、林よりも良い成績を収めるって」


 単衣のその言葉に、友里は怪訝な顔を浮かべた。


「出来るの?」


 出来ないでしょ。という意味だった。


「わからない」


 即答。


「でも出来たら、きっと林の隣に立てる」


 そう言うと単衣は微笑む。


「いつか林の隣に立つために」


 単衣は手を鞘に添えた。単衣の、真剣な構え。


「僕は今を全力で勝つ!」


 それは単衣にとって友里への別れの言葉。それを聞き届けた友里は表情を変えた。それは笑っている様な、怒っている様な表情。真剣に戦いを楽しむときに向けるような表情だ。


「わかったよ、単衣。もう守ってあげない! 全力でぶっ倒してやるんだから!」


 そう言い放つと、友里も構えた。


「両者、準備」


 秋田の合図。二人はより一層集中した。そして沈黙。静まり返る会場。いよいよ始まる、二人の戦い。


「始め!」


 その瞬間、二人は動いた。単衣は距離を詰める為に高速で移動した。単衣の速度はもはや視認するのが難しい程に速くなっていた。急速に距離を縮める単衣。しかし友里は魔法を放っていた。


 バチィンッと激しく電流が迸ったような音が響いた。その通り、友里から放たれた強力な電撃が単衣目掛けて走ったのだ。


 銃弾よりも速く進む電撃を、単衣は身を捩ることで間一髪避けることが出来た。しかし無理な体制を取ったせいで転んでしまう。電撃を避けることは本来難しい。


 友里は転んだ単衣に容赦なく電撃を放った。単衣は態勢を整えることなく、飛ぶように跳ねてその電撃を避ける。


(もう、目は慣れた)


 単衣は完全に見切っていた。電撃が走る前に、その軌道上に魔力が集まっている。つまりそれを見れば予めどこに避ければ良いのかがわかる。


 友里が再度電撃を放った。単衣は避けようとしない。愛刀、椿に手を添える。


 瞬間。電撃が走った。その電撃は単衣に届くことなく途切れた。


「枝垂流・藤」


 単衣は電撃が走る前、一瞬集まる魔力を斬ったのだ。その魔力に沿って走る電撃は、単衣の前で魔力が途切れたので、同様に電撃も単衣の前で途切れる。


 会場はどよめいた。ほとんどが単衣のしたことがわからなかった。


「い、一体何を」


 そう言った友里は狼狽えていた。自分の魔法を刀で斬られるとは思ってもみなかったからだ。


 友里の攻撃の手が止まった。単衣はすかさず距離を縮める為に地面を蹴った。急速に距離を縮める単衣。やがて刀の間合いとなって、単衣は斬る準備に掛かる。


「枝垂流……!!」

「エレクトロヴァリア!」


 瞬間、友里の辺り一帯に電流が迸る。単衣は直前で刀を振ることすらできず、直撃してしまった。


 パリンッとガラスが割れるような音。会場である星葉学園の体育館設備により、選手が防ぐことが出来なかった攻撃を自動的に防御する機能がある。本大会のルールはそれを利用して、自動防御システムにより三度防御された方が敗け、というものである。


 つまり単衣は友里に一本取られてしまったのだ。


「まだまだ!」


 一本取られたからといって試合は中断されない。単衣と友里の距離はいまだ近い。単衣は攻撃に移る。


 間合いを詰める単衣。瞬間、バチィンッと電流が走った音が響いたと思えば、単衣は途端に身体が痺れる。


「罠……!」


 単衣は、友里が隙をついて設置した罠に引っ掛かったのだ。自動防御システムは致死量のダメージのみ防ぐため、このような体力を奪う攻撃は防がれない。


 しかし、身体が痺れてしまった単衣は隙だらけだった。友里が電撃を放って自動防御システムが発動。さらに立て続けに友里が電撃を放つが、もう後がない単衣は苦し紛れに飛び退くことによって、間一髪避けることが出来た。


「単衣、もう後がないよ」


 友里の挑発。


「わかってる」


 単衣は目を閉じた。


(本当は取っておきたかったんだけど……)


 単衣は意を決して地面を蹴った。

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