失明剣士の敗北編

黒歴史に発狂

「なんですか。何なんですかっ!」


 早歩きで廊下を歩く林と単衣。二人の顔はとても紅かった。


――単衣、私はあなたがどこに行ったって、絶対に見つけ出します


 廊下の窓に投影されているのは一昨日のニュース。テロップには『枝垂林、熱愛発覚!?』と書かれていた。


――あなたが誰とどこにいようと、絶対に捕まえてみせます


 廊下中に響き渡るのは、一昨日言い放った林の言葉。


「いやぁああああ! 死ぬぅ! 恥ずかしくて死んじゃいますぅうう!」


 発狂して顔を手で覆う林。耳を紅くして、うう、ううと唸りながら手で覆った顔を左右に振る。


――でも僕は林に愛されたい!


 次に流れたのは単衣の言葉。映像は林をぎゅっと抱きしめている単衣が映し出される。画面との境で目から上が途切れており、画面効果で影を表示することによって、その醜い面が巧妙に隠されていた。


――林を愛したい!


 単衣も恥ずかしくなって、顔を俯かせて真っ赤な頬を必死に隠した。


「なんでこんな放送ばかりなんですか! もっと他に放送するべきものがあるでしょう!」


 林が言った。東京スタースピアが消失したその日、周辺の点数が急上昇していた為入場が制限されていた。それが功を奏して、被害者は奇跡的に出なかった。その為、電波塔消失という暗いニュースよりも明るいニュースを、というマスコミの計らいによるものだった。


――単衣のばぁかぁああああ!


 一段と大きい音量でその言葉が廊下中に響き渡る。


「いやぁあああああああ!」


 林の生の悲鳴が次いで響き渡った。


(あ、やばい!)


 単衣は次に流れる映像を察して、ぞっとした。


「林、この後って……」

「え? ぁぁぁああああああ!」


 単衣の言葉に、林も同じく悟った。そして、誰かに脅されているかのような怯えた声が漏れた。


「そ、そうだ。奈々!」

――どうかした? 林

「報道規制です! 今すぐ報道規制を!」

――ああ、あれね。ラブラブじゃない二人とも。じゃあ。


 奈々は一方的に通信を切った。


「奈々ぁぁぁあああああ!」


 林と単衣は絶望した。そして単衣は恐る恐る映像を見る。


――単衣の、ばかぁあああああああ!

――林、落ち着いて……んっ!


 その音声と共に、二人のキスシーンが表示された。


「ひ、ひ、単衣ぇぇえええ! ま、まさか、流れちゃってますか!?」

「……」

「単衣! 返事をしてください。単衣っ!」


 単衣は絶句して立ち竦んだ。林はそんな単衣の胸倉を掴んでゆさゆさと揺らしていた。


――単衣、まだ許しませんよ。シリエルの唇を忘れるくらい、キスしてやりますから


 そしてさらにキスシーンが流れる。


「はは、林。積極的だなあ」


 単衣が気力を無くしたように、投げやりに言った。


「ひ、単衣! 気を確かに!」

「林、すごいキスしてる。はは、こんな風なんだなあ。はは」

「す、すごい、キスしてる……」


 その言葉に、林は絶望した。あの時の全てがありのまま放送されていることを、確信してしまった。


「ふふ、ふふ。もう、お終いですね。ふふ、ふふ」


 林は壊れた。


――だいすきだあぁぁあああああ!


 単衣の魂の叫びが大音量で流れた。


「なんだ、あれ」


 通りかかった涼が、一緒にいた友里に聞いた。


「ああ、あれね」


 友里が苦笑いを浮かべた。


「ほら、例のニュースよ」

「ああ」


 ひどくどうでも良いように、二人はその場を後にした。





「三校対抗大会の予選を行う」


 ボサボサな黒髪を掻きながら、秋田 智は言った。相変わらずくたびれたスーツでだらしない教官だなと単衣は思った。


「なお、枝垂は予選免除。残り二枠をトーナメント形式で決める」


 と秋田。林が予選免除であることに反対する者はいなかった。現役のA部隊隊員であり、その実力の一端を知る生徒達なので当然だった。


「予選は再来週の月曜。また後日ルールが提示されるので、それまで各々精進するように。以上」


 ホームルームが終わって、生徒達がそれぞれ下校していく。


「予選免除かあ。すごいなあ、林は」


 単衣が林に話しかけた。


「まあ、私はその為にこの学校に入学したのですから」


 林は特に表情を変えずに言った。


「え、そうなの?」


 単衣にとってそれは初耳だった。


「ええ。星葉学園が対特殊部隊に出資する代わりに、優秀な人材を派遣して三校対抗大会の優勝の手助けをする、という大人の事情で、私に指令が下ったのです」

「へえ。なんか、本末転倒だよね」


 単衣が言った。星葉学園含む三校は、生徒達を対特殊部隊に入隊させることが主な目的で、大会はその生徒のアピールの場というのが本来の目的だった。


「仕方がありませんよ。お金が絡んでいるんです。優勝すれば、その学園が優秀だと一つの根拠になります。そうなれば新入生が増えて利益が増える。利益が増えればより良い環境を用意できて、より良い隊員が誕生する。そんなところです」


 林が説明するが、単衣は納得していなかった。


「でも、林がそういうのに応じるのは意外だね」

「そもそも、私にとって星葉学園入学は都合が良かったんですよ。上がそれを踏まえて了承したのです」

「都合が良かった?」

「だって、単衣に会えるじゃないですか」


 そう言った林は少し照れていた。


「そういえば、僕の事を前から知っていたんだっけ」

「ええ。単衣を見守る。そして単衣の助けになる。それがハゼスに引き抜かれた単衣のご両親の頼みでした」


 そっか、と単衣は林に微笑んだ。徐々につじつまが合っていく、林との出会い。単衣はなんだかそれが心地よく感じていた。


「ずっと見守ってくれていたんだね。ありがとう、林」


 単衣が言うと、林は優しく笑った。

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