天空ラブロマンス

「単衣!」


 林は叫んだ。空中に放り投げだされた林は、他の車や木々同様に浮上していく。しかし林はそれらを足場としてジャンプし、遠くから聞こえる単衣の脈拍に近寄っていった。


「単衣!」

「林!」


 二人がお互いを捉えた。林が足場を思い切り蹴って、単衣の方に飛んだ。


「単衣、手を伸ばして!」


 単衣は言われたとおりに、真っ直ぐ手を伸ばした。そしてスロー再生のように、すべてがゆっくりと動き出す。これは二人の速度域の世界。一瞬の世界が、とてもゆっくりと動いている。


「単衣、私はあなたがどこに行ったって、絶対に見つけ出します」


 手を伸ばしながら林が叫ぶ。その声は浮上して天に溶けていく。


「あなたが誰とどこにいようと、絶対に捕まえてみせます」


 その言葉は単衣に深く突き刺さった。


「シリエルは言った。僕の見た目も含めて、全部愛せると」


 単衣は語る。


「でも僕は林に愛されたい! 林を愛したい! 僕と林の愛は今確かに」


 一段と息を吸い込んだ。互いを求めて伸ばしたその手と手が触れて、そして強く握られた。


「ここにある!」


 単衣の叫び。そして二人はその繋がれた手と手でお互いを引き寄せ、思い切り抱きしめた。ようやく再開した二人。


「単衣、行きますよ!」

「うん!」


 林が近くまで浮上して来た車を思い切り蹴った。その勢いで進んだ先にはさらに車があって、今度はそれを足場に蹴って進んでいく。


「林、もうすぐだ」


 単衣は魔法陣の範囲の境目を視認した。


「しかし、転送ももうすぐのようです」


 輝きがさらに強くなる。林は最後の足場を蹴った。


 二人は魔法陣の範囲に出た。意識が切り替わり、スロー再生のようにゆっくりだったその全てが急速に動き出す。転送魔法が発動され、浮上していったものが次々と消失した。


「やった。助かった!」


 単衣が叫んだと同時に、二人は徐々に落下していく。勢いは増していき、やがて空気を追い越すほどの速度となる。


「単衣のばぁかぁああああ!」


 林が力いっぱいそう叫ぶと、単衣の胸に思いっきり顔を埋めた。


「ばか、ばかばかばかぁああああ!」


 落下していく二人に、林からこぼれた雫がおいていかれる。林は号泣していた。


「単衣の、ばかぁあああああああ!」

「林、落ち着いて……んっ!」


 単衣の声は遮られた。林がキスしたのだ。


「お仕置きするって、言ったでしょう!」


 林はそう言って顔を向けた。目の周りを真っ赤にして、頬も真っ赤にして、その真っ赤な頬は涙でびしょびしょだった。


「シリエルとのやりとり、全部聞こえていたんですから!」


 林はさらに涙を流す。


「あんな女のキスぐらい、避けないでどうするんですかあ!」

「林、ごめ……んっ」


 再度、林がキスをした。高速で落下していく、二人とその愛。


「はあ、林……」

「単衣、まだ許しませんよ。シリエルの唇を忘れるくらい、キスしてやりますから」


 そして言い終えると、すかさずキス。一度離れて、さらにキス。さらに、さらに。さらにキス。キス、キス、キス。キスの連打。キスをするたび、二人は気持ちが昂ぶっていく。


「好きだ。林」

「聞こえません」


 耳の良い林が聞こえていないはずがなかった。いまだに涙をたっぷりと浮かべていて、その顔でにこりと笑う。朝露のような笑顔。


「林、好きだ!」

「聞こえませんってば」


 先程より大きな声で言ったはずだが、林は認めない。


「林」


 そして単衣はありったけの空気を肺に取り込んだ。


「だいすきだあぁぁあああああ!」


 天を仰いで魂の叫び。そこらじゅうに散らばったその愛は、振動となって空間をつんざく。振動は世界中を駆け抜けて、人々の心臓をわずかに揺らした。


「単衣ぇ!」


 林が感極まって思い切り抱きしめた。


「私も好きです。好きなんですぅ!」


 林の涙がきらりと光って地上を鋭く照らす。


「好き。好きです。大好きです。もっと抱きしめて。もっと。もっと強く。単衣。単衣ぇ!」


 林の言葉のままに、単衣は強く抱きしめた。ただぎゅっと。お互いの感触をたっぷりと味わうかのように。


 林の愛は飽和した。溢れ出た言葉によって紡がれたその愛と共に落下していく。フォーリンラブ。

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