元A部隊隊員との激突

 単衣は目を覚ました。車に乗っていて、座席の両隣にはサングラスを掛けたスーツの男が一人ずつ座っていた。前の席にも同じ格好の男が二人座っている。


 単衣は自身が誘拐されたことを思い出した。単衣は途端に怖くなる。声を出そうとしたが出なかった。口封じの魔法が掛けられていた。


(どこに向かっているのだろう)


 単衣は車窓から外を見た。すっかり日が暮れていて、ビル街特有の光り輝く夜景が美しかった。


「お、目を覚ましたか」


 男が単衣に話しかけた。


「大人しくしてろ。命までは取らねえから」


 単衣は両手両足を拘束の魔法で拘束されていて、言われなくとも大人しくしている他なかった。


「しかしお前も気の毒だな。枝垂と仲良くなければ、人質に取られずに済んだのに」


 その言葉に、単衣は男達の狙いが林にあることを悟った。林はあまりにも強いから、人質を取ったのだ。


「いいえ」


 聞き覚えのある声が外から響いた。


「単衣は私が幸せにしてみせます」


 どうやらその声は前方から聞こえるようで、単衣はフロントガラスの方を見た。


「おい、枝垂だ。枝垂がいる!」


 車のボンネットに林が立っていた。林は高速でフロントガラスを切り抜き、前の座席の二人の喉元を斬りつけた。途端に血が吹き出して、二人は絶命する。


「動くな!」


 単衣の隣に座っていた男の一人が単衣に銃を突き付けていた。


「ふふ、馬鹿な人達です」


 そう言うと林は消えた。車の屋根に移動した林を男は完全に見失い、単衣を撃つかどうか判断に困った。


 突如、単衣に銃を突き刺していた男の上から刀が突き刺され、そのまま男の脳天を貫通した。林が車の屋根から刀を突き刺したのだ。すぐに刀は引き抜かれ、もう一人も悲鳴をあげることなく同じ要領で殺された。


「さて。大丈夫ですか、単衣」


 再びボンネットに移動した林は単衣に優しく微笑み掛けた。間もなく車はレインボーブリッジに入った。夜景も相まって林がとても美しく見えた。


 突如、バスケットボール程の火の玉が林に向かって飛んできた。しかしその火の玉は林に届く前に消失する。


「枝垂流・藤」


 単衣は林の動きを捉えていた。刀の間合いに入った火の玉を、林は剣先で何度も何度も消失するまで斬ったのだ。


「単衣、あなたを開放するのはちょっと待ってください。ちょうど良いので、私の戦いをじっくり見ておくと良いでしょう」


 銃声が鳴った。林は抜刀して銃弾をなぞり軌道を反らした後に納刀した。


「枝垂流・柳」


 単衣と林が乗るこの車は完全に囲まれていた。一方で林は足場がこの車のみ。しかも走行中で不安定だ。林は完全に不利だった。


 一瞬だった。林が焦ったような表情をして、剣を振った。先程の銃弾を弾いたような音が響いた。


「鷲田ですか。厄介ですね」


 林はそう言ってはるか遠くに建つスカイツリーを見た。たしかにそこにはスナイパーライフルを構えた元A部隊の鷲田 郷がいた。レインボーブリッジの途中で視界が開けているこの場所を走る車は、まさにスナイパーの恰好の的だった。


「さっさと片付けましょうか!」


 林が消えた。後方の車に飛び移ったのだ。


「撃て!」


 林に向かって銃弾と魔法が飛んでくる。しかし林はそれらが自身に到達する前に車に乗っている男どもを皆殺しにし、他の車に乗り移った。


 同じ要領の繰り返しで敵を殲滅する林。鷲田の狙撃だけが林を正確に攻撃していた。しかし鷲田の狙撃では銃弾が複数飛んでくることはない。林にとっていなすことは簡単だった。


「相変わらず化物だな。子供のくせに」


 子供のくせに、という言葉に既視感を覚える林。前方を走る車を見ると、その車の屋根に見知った男が立っていた。


「奥寺!」


 林はその男を知っていた。元A部隊隊員、奥寺 俊だった。


「よう枝垂。お前彼氏作ったんだってな。ほら、守ってみろよ」


 奥寺は正面の単衣の乗る車を両手で持つアサルトライフルで乱射した。


「そうはさせません」


 林は一瞬で単衣が乗る車のボンネットに立つ。


「枝垂流・柳」


 そして銃弾の雨を抜刀して高速で振り続け、軌道を反らし続ける。


(す、すごい)


 真後ろでそれを見届ける単衣。乱射された銃弾を正確に切っ先で弾いているのを単衣は見た。まさにそれは神業だった。


(ふん、私を狙うのではなく、単衣を狙うことで間接的に私に攻撃を当てる。やはり嫌らしい人ですね)


 だからこそ林は奥寺を敵にまわしたくないと、常々思っていた。


「これで私を拘束したつもりなら、検討違いですよ」


 林はボンネットを蹴って、奥寺に差し迫る。銃弾を弾きながら接近しているため、普段よりもかなり速度は落ちているが、それでもかなりの速さを誇っていた。


「馬鹿が」


 奥寺がにやりと笑う。その表情に林は嫌な予感を感じた。


「フルオート!」


 銃の乱射が今までと比べ物にならないほど激しくなった。林は何とか弾ききるも、途端に苦しくなる。


「でも、届く!」


 奥寺が林の刀の間合いに入った。至近距離での射撃はさらに銃弾が速くなっているはずだが、それでも弾ききる林。あとはこのまま斬るだけ。


(……っ!)


 ぞくりと林は悪寒が走る。確かに銃声があのスカイツリーから鳴った。


(鷲田の狙撃。もう避けられない。それなら)


 ぶしゅっと鈍い音がした。林の右腕が鷲田の狙撃で吹き飛んだのだ。


「はぁ!ざまあねえぜ!」


 奥寺が笑って射撃を止めた。ちょうど弾切れで都合が良かった。


「甘い!」


 林は自分の腕を口でキャッチし、左腕で飛んだ刀を掴んだ。まるで自分の腕がこの方向に飛んで、刀がこの方向に飛ぶのがわかっているかのような動きだった。


「な、まさか!」


 奥寺は驚愕の表情をした。


「枝垂流・楓」


 左腕に持った愛刀、桜で奥寺を斬りつけた。その瞬間、スカイツリーの方でまた銃声が響く。


(二発目が早すぎる!)


 奥寺を斬った瞬間に鷲田が撃った銃弾が飛んできた。魔法によって装填を早めた、鷲田の隠し玉だ。左腕で奥寺を斬りつけた直後で隙が大きく、林は防ぐ手段がない。


(まずい、死ぬ!)


 銃弾が林の頭に直撃する瞬間だった。ガラスが割れたような音が響いたと思えば、魔法陣がばらばらになって崩れ落ちた。


「遅くなりました、林!」


 単衣が乗る車に、A部隊隊員である篠田 優しのだ ゆうが乗っていた。単衣の拘束は既に解かれている。


「優!」


 林は先程の魔法陣が優の仕業であることを確信した。つまり増援が来たのだ。


「奈々、鷲田の方は」

――今A部隊の弟切おとぎりが向かっているわ。でも多分逃げられちゃうだろうけど。


 林にとってそれは二の次だった。今は単衣が無事に保護されただけで充分だった。

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