ハゼスによる人員引き抜き
林は自分の車に乗って車窓から外を眺めていた。目が見えない林にとって眺めるということは、車窓を開けて外の音を聞くという行為だった。
自宅から15分程車で走れば、街並みもがらりと変わる。大きなビルが立ち並び、空中や道路には広告が表示されていた。そして様々な人々が集まるこの街では、沢山の自動車が行き交う。
自動操縦により信号がなくなったこの時代では、自動車は目的地に着くまでノンストップで走り続ける。騒音も魔法という概念が突如加わって以来、劇的に改善されて現在ではほぼ無音で走ることを可能にしていた。
ほぼ無音というのはつまり、車が駆動するモーターの音がわずかに響いていて、林は確かにその音を聞き取っていた。
車は一つのビルの車庫に入れられた。林は車から降りると、すぐ側にあるエレベーターのボタンを押す。エレベーターはすぐにやってきて林はそれに乗り込むと、階数のボタンを押下した。
エレベーターが止まって林は降りた。無機質な廊下を進んでいくとドアがあった。そのドアの近くにはカメラが仕込まれていて、林を認証するとドアが開いた。
「あ、待ってたよ。林」
会議室のような部屋だった。部屋の中央に設置されたテーブルと椅子が設置されていて、メガネを掛けた女性がその一つに腰掛けていた。
「奈々。至急の呼び出しって、いったいどうしたんですか?」
林は言った。林は昨日の魔獣の件で呼ばれた訳ではなかった。危険エリアに立ち入ったA部隊の隊員が魔獣に遭遇して戦うことなんて日常茶飯事で、事後処理や報告などは通信で済ますのが普通だった。
「ハゼスが動いたの」
そう言った奈々の茶髪の髪の毛が揺れた。彼女の表情はしわ一つないスーツ姿も相まって緊張感があった。
「ハゼスが?ではまた」
そう言った林の表情は険しかった。近年で問題となっている、対特殊部隊の隊員がテロリストとして反乱を起こす事件。彼らは決まってハゼスと名乗る集団の一員となっていた。元々対魔獣部隊しかなかった対特殊部隊だったが、ハゼスによる人員の引き抜きと、その引き抜いた人員を利用したテロ行為の対策として立ち上げられたのが対テロ部隊、通称A部隊だった。
「A部隊の隊員二人が引き抜かれたわ」
奈々は言った。
「なんですって!?」
林は声を荒げた。ハゼスに引き抜かれるのはほとんどB部隊の人間だった。A部隊の被害はこれで四人。過去にも二人A部隊の人間が引き抜かれていた。A部隊の隊員はB部隊よりも個々の戦力がかなり高く、彼らが引き抜かれたということはハゼスの戦力が跳ね上がったことを意味していた。
「
奈々が引き抜かれたA部隊の隊員の名を言った。林は二人のことを良く知っていて、少しばかりショックを受けた。
「でもまあ、二人は特に気に食わなかったので、躊躇なく斬れそうです」
林は鷲田や奥寺に日々聞かされてきた嫌味の数々を思い出していた。A部隊最年少となる林は、特に二人に嫌味を聞かされていた。
「別に強がらなくて良いのよ。林だって少しは信頼していたじゃない」
奈々は林に気を使っていた。林にとって二人はずっと仕事をしてきた仲間だった。仕事以外で絡むことはなかったが、同じ仲間として何か思うことがあるはずだった。
「関係ありません。敵となったら斬るのみです」
「まあ、さすがプロと言ったところかしら」
奈々はそう言って笑った。
「まあそういうこと。まだハゼスによる引き抜きがあるかもしれないから、林も気をつけて。あと一応洗脳がされてないかのチェックを行います。契約書にサインをして検査を受けて帰ってね」
ハゼスは洗脳によって引き抜いている線が濃厚だった。
「わかりました」
奈々が契約書を差し出したので、林はそれを受け取った。
――不法侵入者です。
突如林の脳内にけたたましいアラートが響いた。そして脳内に現場の映像が映りだす。
「単衣!」
その映像には、武装した男達数人に運ばれる単衣の姿。単衣は気絶しているようで、ただ為す術もなく運ばれていた。
「どうしたの、林!」
奈々が慌てて聞く。
「自宅に侵入されて、単衣が攫われました。奈々、これはハゼスに関係する者の仕業の可能性があります。バックアップを頼みます」
「了解!」
奈々の視界から林は消えた。自慢の素早さを活かし、廊下を駆け抜け、階段を降りて最速で車まで向かう。
――林、あなたの自宅のセキュリティが付けたマーキングから、位置がわかったわ。あなたの車にデータを送っておいたから
――奈々、ありがとう。了解。
林は車に乗り込む。
「緊急。データの場所へ」
――了解。発進します。
車が緊急モードで発信した。林の車は特別に至急されたもので、緊急モードになると他の車よりも優先して進行することが出来る。
(単衣、必ず助けますから)
車はビルを出て、道路を猛スピードで駆け抜けた。
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