枝垂流の修行開始

 自分の名を呼ぶ声がすると、単衣は夢うつつの中ぼんやりとそう思った。


 単衣は目を開ける。視界はぼやけていた。目に映るのは自宅の天井の筈だ。しかし移っているのは白い髪をだらりと垂らした女の子だった。その顔は凄く整っていて、眉とまつ毛も白く人形のようだった。


「林」


 単衣はうつろげにその人物の名を呟いた。


「おはようございます。単衣」

「おはよう。林」


 単衣は身体を起こすと、部屋を見渡した。畳6畳の和室。畳が敷かれていて、襖があった。単衣はその部屋に敷かれた布団で寝ていた。芳しい、いぐさの香り。ししおどしの音も聞こえた。


 次に林を見た。すでに着替えが終わっていた。昨日と同じ、巫女装束の裾や袖をバッサリ切ったような服装だった。


「修行の時間となったので、起こしにきました」


 林の言葉で単衣は思い出した。これから夏休みの間毎日二人で修行をするので、単衣は林の自宅に同居することにしたのだ。


「ほら、顔を洗って歯を磨いて。着替えてください」


 そう言って単衣を急かす林は、どこか楽しそうだった。


 単衣は着替え終わった後に中庭に出た。修行するには十分なスペースがあって、地面には砂利がしいてある。


「来ましたね」


 中庭に面している縁側に座っていた林が立ち上がった。


「よろしくお願いします」


 単衣はそう言ってお辞儀を一つ。


「では、まず初めに説明を。枝垂流には刀をふる際の基本動作というものがあります。それが、抜刀で始まり、納刀に終わる、というものです」


 林は単衣に少し距離を取ったあと、ゆっくりとその動きをやって見せた。単衣はしっかりとその動きを見る。林は腰に携えた愛刀、桜をゆっくりと引き抜き、そのまま虚空を斬り、さらにその勢いを維持したまま鞘に納めた。とても動きが洗練されていて、滑らかな動作だった。


「昨日説明したとおり、枝垂流は示現流と違い一撃必殺を重視していませんので、次の行動に移しやすくするために納刀しています。それと、昨日見せた枝垂流・柳を覚えてますか」


 単衣は記憶を掘り起こす。魔獣が放った光の矢を先ほどの要領で抜刀し、矢を斬って軌道を反らし、納刀していた。


「そうだ。確か切っ先でなぞるように斬っていた」

「ええ、その通りです。本当に良く見ていますね」


 単衣の回答を聞いた林はとても満足そうだった。


「単衣。これを見てください」


 林は人差し指をぴんと立たせた。白くてとても綺麗な指だった。爪はしっかり手入れされていた。つややかに光っているのは、ベースコートという爪を保護するものを塗っているからだろう。


「この指を90度曲げます。人差し指の先と第一関節の筋をよく見て置いてください」


 そして林はくねっと指を曲げた。


「人差し指の先の方が、第一関節よりも移動量が多いのがわかりますか?」

「ほんとだ」

「これを枝垂れ流で活用します。これが刀の場合、少量の力で目標位置に一早く到達するのは刀の切っ先です。つまり、速さを重視する枝垂流は基本的に切っ先で斬ることになります」


 ここで林は息を一つ吐いた。


「さて、じゃあ素振りから始めましょう。木人形、一体」


 すると魔法陣が浮かび上がって、木人形が一体召喚された。


「この木刀を」


 林は鞘に収まった木刀を単衣に渡した。単衣はそれを受け取ると腰に掛けた。


「先程の、抜刀に始まり納刀で終わる。一連の動きをやってみてください。慣れてきたところで、木人形相手に斬る練習に移ります。その際には、切っ先で斬ることを意識してください」


 単衣は目を閉じて、先程の林の手本を思い浮かべた。


(抜刀で始まり……)


 単衣は林の動きをなぞるようにゆっくりと刀を抜いた。そのままゆっくりと斬りつける動作をする。


(納刀で終わる……)


 斬りつける動作によって開ききった腕と肘をたたむように刀を鞘に近づけ、そして納刀した。


「そう、そんな感じです。徐々に速くして行きましょう」


 林が言った。


「私はちょっと出かけます」

「どこに行くの?」

「奈々に呼び出されていまして」


 オペレーターの神原 奈々に呼び出されたということは、A部隊の仕事に関することだろうと単衣は思った。


「昼には帰ります。また料理作るので、楽しみにしていてくださいね」


 林はそう言うと去っていった。


(林の手料理……)


 昨日、昼食後は他愛もない話で夕飯の時間まで暇が潰れた。やはり夕飯も林が作ってくれて、その料理も格別だったと単衣は思い出す。夕飯はご飯と肉じゃがと味噌汁と漬物。やはりどれもテーブル一体型料理機の料理に比べ見た目の出来は悪かったものの、味はそれの比にならない程の絶品だった。


(今日のお昼ご飯は何だろうなあ)


 単衣は想像すると、楽しみで仕方がなかった。昼食のためにも、修行を頑張ろうと思えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る