枝垂宅での昼ご飯

 危険地域から離れて、単衣と林は車で林の自宅に向かった。さほど遠くなく、10分程で辿り着いた。


「ここが林の家」


 単衣は唖然とした。無理もない。歴史の教科書でみたような昔ながらの日本家屋が、かなりの敷地を使用して建っていたのだ。


「ええ、まあ」


 林は車から降りる。単衣も降りた。


 林は家の玄関の前に立つ。玄関というよりは門だった。やはりカメラが仕掛けてあって、林を認証すると鍵が開いた音がした。見た目が古臭くても、中身は今どきの技術を使っているらしい。だとすれば家を囲む塀も、よじ登ればサイレンでもなるのかも知れない。


 門を通り抜けると庭があった。門のすぐ脇に庭園灯があった。池があって、その池を跨ぐように橋があった。その池の辺りを彩るように松の木などの庭木が植えられていた。耳を澄ませば、ししおどしのことん、という音が聞こえる。


 池の橋を渡ると屋内の入り口、まさしく玄関があった。やはり林が経つと錠が開いて、林は横開きの玄関を開けた。


「さあ、どうぞ」


 靴を脱いで廊下を歩き、案内された先は8畳の和室だった。部屋の中央にテーブルが設置されていて、そのすぐそばに座布団が敷かれていた。


「ここで待っていてください」

「え、林は?」

「私は昼ご飯の用意をしてきます。30分くらい待ってください」


 そう言って林は部屋を出て行った。


(昼ご飯の用意?)


 おかしなことを言うなと単衣は思った。料理なんてメニューから選択すればすぐじゃないか。30分も何をするのだろう。


(あれ)


 しかし一向にテーブルにメニューが表示されない。


(まさか、自分で作ってる?)


 単衣にとってそれは衝撃だった。今はテーブルに魔法と機械を仕込んだ、テーブル一体型料理機が普及していて、ほぼ全ての人間が食事をそれで済ませているはずだった。


 やがて30分程経って、林が2人前の料理を運んできた。


「お待たせしました」


 林はテーブルに料理を置く。メニューは単衣が今朝食べたものと全く同じ。白米と鮭と漬物と味噌汁。


「これ、林が作ったの」

「ええ。口に合うと良いのですが」


 そう言った林の頬は少し紅くて、少し嬉しそうだった。林は自分の手料理を食べてもらえるのが嬉しいのだ。


 単衣は林が運んだ料理を見た。ご飯は白くて美味しそうだ。鮭は少し焦げ目が目立っていた。味噌汁はなんだか色が薄い。


 テーブル一体型料理機と比べるのは駄目だろうと、単衣は自粛した。だって勝てるわけがないのだから。


「それでは、頂きましょう」

「うん、頂きます」


 二人は手を合わせて、林は鮭を、単衣は味噌汁を口に運んだ。


(え!?)


 単衣は目を見開く。


「美味しい……」


 思わず単衣はそんな言葉を零す。見た目とは裏腹に、間違いなく単衣が今まで飲んだ味噌汁の中で、一番美味しかった。


「ふふ、良かったです」


 林が満足そうに笑う。


「ほら、鮭も食べてみてください」


 言われるままに単衣は鮭を口に運んだ。今朝食べた鮭とは別格の美味しさだった。


「美味しい。美味しいよ林!」


 単衣は興奮して感動を訴える。


「ふふ。そうですか、そうですか」


 林は頷きながら、ご飯を一口。


「うん、美味しい」


 そう言って、林は単衣ににっこりと微笑んだ。


 その笑顔を見て、単衣はどきりとした。それは恐らく恋に落ちた音だった。しかしもしかしたら、美味しいご飯を味わったことによる興奮を勘違いしただけかも知れなかった。単衣は慌てて言葉を探した。


「なんで、こんなにも美味しいのだろう」


 単衣は疑問を呟いた。


「やっぱり、食べてもらう人を想って作ったからでしょうか」


 林は少し恥ずかしそうだった。


「林……」


 あまりにも嬉しいことをいってくれるものだから、単衣は林のことをじっと見つめた。


「さ、さあ!ご飯冷めちゃいますよ!」


 単衣は慌てて食事を再開する。林は一つ息を吐いて落ち着いた。


(少し、ドキドキしてしまいました)


 林は箸を置いて胸に手を置く。


(でも、良いものですね)


 林は箸を持って食事を再開した。


「さて、食べながらで結構ですので聞いてください」


 林は真面目な表情に切り替えて言った。庭のししおどしの音がことんと響いた。


「単衣がこれから習う、枝垂流についてです」


 単衣の顔が引き締まった。


「枝垂流は、元の示現流じげんりゅうと呼ばれる剣術をアレンジしたものになります」

「示現流?」

「示現流は、一撃必殺のみに重視した過去の剣術です。その為に先手必勝、素早く斬ることだけに特化した剣術です」


 単衣はううんと首を捻る。


「あまり現実的じゃないね」

「そう、その通り。これが通用するのは太古の昔、魔法も科学もなかった時代の話です。科学と魔法がある現在、銃よりも早く攻撃することは不可能ですし、魔法防御によって一撃必殺も難しい。なにより」


 林は味噌汁をずずずと飲んだ。


「示現流は、一人でも多く斬って死ね。つまり捨て身の考えが強く影響されています。このご時世ではあまりにも無謀な考えです」

「僕も、死ぬ前提の武術は嫌だなあ」


 ですよねえ、と二人は笑う。


「そこで枝垂流は、示現流の良い部分のみを吸収し、この時代において必要なものを付加したものになります」

「具体的には?」

「示現流の、速く斬る考えと技術。そして示現流にない、防御の概念です」

「防御……」


 先程林が魔獣と戦った時の技、枝垂流・柳を単衣は思い出していた。居合で相手の攻撃の軌道をずらす、凄い技だった。


「枝垂流では斬った後の隙のことも考えた斬り方になります。まあ詳しくは明日の修行で説明しますので」


 林は残った漬物をぱくりと一口食べて、箸を置いた。


「ごちそうさま」


 そう言って手を合わせる林。単衣も鮭とご飯を平らげて箸を置いた。


「ごちそうさま。凄く美味しかった」

「ふふ。良かったです」


 林は食器をキッチンに運んで行った。

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