枝垂林の実力

 ゲートを通り危険地域に入った。単衣は車窓から外の景色を見る。


(うわあ)


 見渡す限りに広がる草原に単衣は感嘆した。遠くに山脈が見えた。車を停めて二人は降りる。


 単衣は思い切り深呼吸をした。空気が美味しいと感じたのは初めての感覚だった。


「私には目が見えないので、ここの景色の素晴らしさを理解出来ないのですが」


 林はとても清々しい表情で語る。


「風の気持ち良さと、草木の匂いが気に入っています」


 林の言う通り、草木の匂いが混じった薫風はとても爽快だった。


「林、凄い、凄いよ!」


 単衣は楽しくて仕方がなかった。


「ふふ。そうですか、そうですか」


 林も楽しそうに頷く。


「草原なんて初めて見た。こんなに広いんだ!」

「ほら、鳥も飛んでいますよ」


 林が向いている方を見てみると、確かに鳥が数羽飛んでいた。そしてようやく鳴き声が響いていることに気が付く。


「ほら、そこには蝶」


 そこには色鮮やかな花とその花に群がる蝶が数匹。林が屈んでそっと指を差し出すと、その指に一匹の蝶がとまった。


「ふふ」


 林が笑う。白髪の少女と鮮やかな蝶。とても絵になる光景だった。


「どうでも良くなってくるでしょう」


 林が言う。


「うん」


 単衣は頷いた。


「実際、どうでも良いんですよ」

「うん」


 風が吹き抜けた。悪いものが全部吹き飛んだように単衣は感じた。


「だから、楽に行きなさい」

「うん」


 重すぎて押しつぶされそうなくらいの肩の荷が、ようやくおりた気がした。


「さて」


 林は立ち上がった。白髪が風に揺れた。指先にとまっていた蝶はまた花の方へ飛んで行った。


「あちらを見てください」


 林が指さす。単衣はその方を見たが、何もないように見えた。


「もっと遠くです。はるか遠くを見てください」


 言われた通り、可能な限り遠くを見た。すると約10キロメートル先に四足歩行の獣が一匹。毛並みは青くて、鋭い牙をむき出しにしていた。


「魔獣だ……」


 単衣はそう呟くと、恐怖にたじろぐ。


「おや、本当に見えましたか。動体視力だけではなくて、純粋に視力も良いんですね」


 林は関心したように言った。


「安心してください。相手は気付いていませんし、車でも10分くらい掛かる距離です」


 そんなことを言いながら、専用車に乗り込む林。単衣はとりあえず林の後に続いて車に乗った。


「さて、倒しますよ。北へ10キロメートル直進」

――北へ10キロメートル直進、了解。発進します。


 車は魔獣の元へ直進する。


「単衣、私の動きをじっくり見ていてください」


 そう言うと林は腰に携えた刀の柄に手を掛けた。林の愛刀、桜。A部隊所属の林はかなりの有名で、単衣は彼女の得物も当然把握していた。


 愛刀、桜の鞘は純白。鍔は黒く柄は桃色。刀身は乱刃という波模様がある。


――やあ、林の恋人さん。ええと、八意 単衣君だっけ。


 突如鳴り響く女性の声に単衣はびっくりした。どうやら林が通話をスピーカーに変えた様だ。


――急にごめんなさい。友達の恋人と聞いたから、挨拶だけでもと思って。あ、私は神原 奈々です。A部隊のオペレーター担当です。


 安全な場所からリアルタイムに情報を収集し、各部隊に行動の支持を出すのがオペレーターの役割である。


「奈々、魔獣は私が倒します。後始末はよろしく」


――了解。じゃあ八意君、機会があればお茶でも。


 そして通話は一方的に途切れた。


「さて、そろそろでしょう。止めてください」

――了解。停止します。


 魔獣まで約100メートルといったところで車を停車した。やはり草原のど真ん中で、遮蔽物は一切ない。その為魔獣もすぐにこちらに気付き、警戒の素振りを見せていた。


 林と単衣は車から降り、歩いて魔獣に近づく。50メートルといったところで、魔獣は威嚇のために吠えた。吠えた際に、腹部に黄色い玉が埋め込まれているが見えた。あれは核と呼ばれる部分で、魔獣の急所だ。


 とても狂暴な叫び。単衣は途端に怖くなる。しかし一方で林はとても冷静だった。


「単衣。私の流派は枝垂流。父と母が編み出したものを私が流派としてまとめたものです」


 林はそう言いながら柄を握り、とても自然に構えた。


「そして単衣、あなたがこれから身に着ける流派です。しかと見なさい」


 またしても魔獣は吠えた。そして口をこちらに大きく開いたと思えば、その口から光の矢が吐き出された。青白く光るその矢は真っすぐ林に目掛け高速で飛んでいく。


(危ない!)


 単衣は目では捉えていたものの、あまりにも早く飛んでいくものだから、咄嗟に林の身を案じた。しかしそれは杞憂に終わる。


 光の矢がもう少しで林の顔面に直撃するだろうところで、突如矢の軌道が大きく逸れて地面にぶつかり、消滅した。


「枝垂流・柳」


 林の刀、桜は鞘に収まったままだった。しかし単衣はしっかりと林の動きを捉えていた。


 林は光の矢が剣の間合いに入った瞬間に抜刀。その勢いで、光の矢の先を切っ先でそっとなぞり、さらにその勢いを維持したまま納刀した。すると光の矢は軌道を反らした。


「さて」


 そんなことを呟いたかと思えば、次の瞬間には魔獣の懐で急所となる核を斬りつけていた。やはり刀は鞘に収まっていた。あまりの速さに、単衣は目を見張る。


「枝垂流・柊」


 悲鳴のような咆哮。やがて魔獣は切り裂かれた核から大量の光を迸らせ、消滅した。

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