第33話 くじらのゆめ➀
むかーしむかしの、そのむかし。
空よりも宇宙よりも遠い、
くじらは揺りかごに見守られながら、エリダヌスと呼ばれる川の中を気持ちよさそうにゆっくりのんびりと漂っておりました。
でも、くじらには一つの大きな悩みがありました。
彼は、眠ることが出来なかったのです。
くじらが冷たい川の中を眠い目をぱしぱしと瞬かせながら漂っていると、一匹の牡牛が川のほとりから話しかけました。
「やあ、くじら君。きょうも眠れなかったのかい?」
「ああ、牡牛くん。そうなんだよ、僕は今日も眠れなかった」
「眠らないと、体に悪いよ? いい加減に寝たらどうなんだい?」
「いいや、だめなんだ。僕が眠ると、そこら中が酷い事になるんだから」
そう言いながら、重くなる瞼を必死に開けるくじらを牡牛は心配そうに見守ります。
実は、くじらが眠らないのには訳がありました。
くじらは眠ると、それは大きな大きないびきをかくのです。その煩さといったら、揺りかごの中の動物たちが耳を塞いでも聞こえてくるほど。
それだけではありません。くじらは時々大きな潮を吹きます。そのうえ、川の中でぐるりと寝返りをうつたびに川が氾濫して辺り一面水浸しになってしまうのです。
もちろん、牡牛もその事は十分に知っていたのですが、長年友達でいるくじらが心配でたまりませんでした。
「うーん、どうしたものか。……そうだ、天上の神様に相談してみよう」
くじらと別れてから、彼が眠れる方法を一人で考えていた牡牛は思い切って、天上にいらっしゃる神様に会いに行くことにしました。
「神様、牡牛です。今日は、くじら君の事で相談に来ました」
「おお、ずいぶん大きくなったのう。して、くじら君とは君の友達のことかな?」
「はい。実は――」
牡牛はこれまでの事を、神様に話しました。くじらが眠れない事、眠ると周りに迷惑が掛かる事、くじらがそれに罪悪感を感じている事。そして、くじらが本当は寝たくてたまらない事を。
牡牛から全てを聴いた天上の神様は、長い顎鬚を撫でながらじっと目を瞑って何事かを考えていました。やがて考えがまとまったのか、神様は優しい目をして牡牛に微笑みます。
「うむ、あい分かった。くじら君が眠れるよう、私も協力しよう」
「本当ですか!?」
「本当だとも。さて、ひつじや。そこに居るかい?」
友達を想って鼻息を荒くする牡牛の角を優しくなでながら、神様は揺りかごの中で寝ていた羊を呼びました。
「はーい、神様。何か御用ですか?」
「羊や。君はこれから川に行って、くじらを寝かせてくるのだ」
「はーい」
いつも揺りかごの中で眠ってばかりの羊は、角に引っかけている三角形のトライアングルを使ってどんな動物でも眠らせることが出来るのです。どうもうな狼やおおぐまも、いびきも寝言も出ないくらいにぐっすり眠ってしまうのですから、彼の実力は折り紙付きという訳です。
そして、羊はいつも元気いっぱいのカストルとポルックスを寝かせる役目を神様から与えられていましたから、大人しいくじらを寝かせるなんて朝飯前なのです。
「でも、神様。くじらの潮や、溢れる川はどうするのですか?」
牡牛は心配になって神様に尋ねました。すると、神様は笑ってこう言いました。
「それも心配いらないよ。これ、お前たち。話は聞いていたね」
そう。神様が呼び寄せたのは、羊だけではありませんでした。牡牛の前に、荘厳な服を着た四人の男女が現れました。彼らは揺りかごので生まれた神様で、天上の神様は彼らの親がわりとして大切に大切に育てていたのです。
それぞれカシオペア、アンドロメダ、オリオン、ペルセウスと名乗る彼らもまた、くじらの事は良く耳にしていましたので助けたいと常々思っていたのです。
神様はまず、二人の男神に次のように言いました。
「オリオンにペルセウス。この際だから、エリダヌスを広く深くしてしまいなさい」
「はい、神様」
「ご命令とあらば、今すぐにでも。さあ、羊君に牡牛君。僕の馬があるから、一緒に行こう」
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