第四夜
真っ暗な廊下にぽつりと在ったのは、歪んで錆びた、鉄の扉だった。
この部屋のことはよく知っている。
私は、何度も、何度も、ここに訪れている。
(イヤだ)
この部屋に入ってはいけない。今すぐに引き返すべきだ。そう思っても既に右手は冷たい取っ手を掴んでいて、ギギギ、と固い音を立てながらその扉を開けてしまう。中は窓も生活に伴う家具も無く、況してや明かりのひとつもない。廊下と同じ、真っ暗な空間だった。そう、真っ暗な筈なのに、私にはその部屋の端々まで見通せる。
だから、部屋の中央にひとつだけ、寂しげに置いてあるベルベット張りの椅子に座っているのが “私” ということも私は知っていた。
「どうして……?」
そう呟いたのは、私か、それとも “私” なのだろうか。椅子に座って見上げてくるその瞳は赤く泣き腫らしているようで、自分の顔にも関わらず、見ていて反吐が出るほど醜い。醜悪で醜怪で、何故このような人物が存在しているのだろうと脅迫的に思う。
「……あなたなんて嫌いよ」
居なくなってしまえばいい。
どうしてなんて分からない。そんなの『私』が教えて欲しい。答えなんて見つからないまま、大きく右手を振り下ろす。
ぐちゃり。
何度も、何度も、何度も、その顔が見えなくなるまで、その
それでも、私は、手を止めない。ぐちゃり、ぐちゃりと水音が響く。腕を伝うそれは生暖かくて、やわらかい肉を貫き、硬い骨にぶつかり、時に何かが頬にはねる。ぐちゃり。むせ返るような “甘い” 香りが辺りにたちこめる。
そうしてもう何者かも分からぬほどに顔が潰れた頃、ようやく肉塊が椅子から崩れ落ちて、その様に私は息を呑んだ。
一体、何度繰り返せば良いのだろう。
止まらない嗚咽に気分は最悪だった。目の前の空いた椅子にどうにか座って、口に手を当て大きく息を吸う。頭の中は酸欠のために何もかもが綯い交ぜで、物を考えるという責務を完全に放棄してしまっていた。分かるのは、悲しくて寂しくて死んでしまいそうだという事だけだ。
赤のベルベットが鮮やかな、この椅子はこんなにも変わらず美しいというのに。
…………、
……ギギギ。
どのくらい時間が経ったのかは分からない。私が席に着いてすぐかも知れないし、何日も過ぎた後かも知れない。
ひとりぼっちで居た真っ暗な部屋に、突如冷たく固い音が響く。ぼんやりと顔を上げると来た時に入ってきた扉が、今、まさに口を開けるところだった。
「どうして……?」
あぁ、誰か教えてはくれないだろうか。
一体、何度繰り返せば良いのだろう。
そこに立っていたのは醜悪で醜怪な、土気色の顔をした “私” だった。
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