第三夜
今宵は星が綺麗ですね。
そう話しかけてきたのは、窓際の小さなスズランだった。
外を見ると月明かりは一筋も無く、満天の星空が広がっている。きらきらと瞬く様は宝石に例えても不充分だ。この狭い六畳間にも差し込まんと落ちてきそうな程に美しい。
ベッドサイドに置いてある、青の目覚まし時計の隣には小さな鉢植えのスズランを飾っている。以前誰かから貰ったものであったがまさか喋るとは知らなかった。
お嬢さん、とその白い花弁を震わせてスズランは再度声を掛けてくる。
「この美しい星々に興が乗りました。ひとつ、願いを叶えて差し上げましょう」
「願い?」
「えぇ、なんでも構いません」
過去も未来も厭わずに、この全力をもってその願いを叶えてご覧にいれましょう。
スズランは自慢げにその小さな体を震わすと、ぼんやりとその身を発光し始めた。寝る前に明かりを消した暗い室内でそれは暖かい色を灯している。
願い、と寝ぼけた頭でぼんやりと考えた。そりゃあ私だって年頃の女の子だ。欲しい物は沢山ある。やりたいことも沢山ある。あの時ああすれば良かったと、やり直してしまいたいことだって人並みにあるのだ。叶えられる願いはひとつだけ。だから、本当は吟味しなければならないのだろうけれど。
「いいえ、必要ありません」
私はその申し出を断った。
当然何か願いを告げられると思っていたであろうスズランは動揺に葉を揺らす。なぜ、どうして、と必死に私に問い詰めるが、その答えはただ一つしかない。
「過去も、今も、これからも。私が為したことが、私をカタチつくるからです。欲が無いわけではありませんが……、失敗も成功も、全ての選択が私そのものだから、それを歪めてはいけないのです」
祖母の教えなんですけどね、と困りながら返す。そうして、ごめんなさいと頭を下げれば、スズランは嬉しそうに声を震わせた。
「なるほど。ではこれこそが、あなたの選択なのですね!」
「そう、なりますね」
「ならば慎み深いあなたには祝福を!」
スズランの声に合わせて自ずと開いた窓の向こうでは、先程まで頭上に輝いていた幾つもの星がきらりきらりと流れ落ちていった。何個も何個もそれはとめどなく溢れるように流れていく。
そうしてそれは、遂には夜空から星が無くなるその時まで、長く長く続いたのであった。
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